031 - お前と一緒がいい
丸一日を薬草園の整備とノックスリリィの量産に費やした、その翌日。ちょうど講義がなかったので、珍しく早朝からのログインだ。
ログインした途端、俺を襲ったのは膨大な振り込み通知だった。
「うおっ……すっげえ売れてる……」
運営から全プレイヤーに通知されたものだから当然かもしれないが……俺が何度もスタミナ切れを起こしながら大量生産した数万束のノックスリリィはあっという間に売り切れ、すべての売り上げが俺の元に振り込まれている。
「おはようトビくん。すごいことになってるね〜」
「ウーリ……他プレイヤーの反応はどんな感じだ?」
メニーナによってすっかり掃除された塔の上階から降りてくるウーリ。俺の質問に、呆れたように答える。
「なんだ、知らないの? 買い占めやら転売やら相次いで、とんでもない状態だよ」
「うわあ……」
「今日もまた大量に作って大量に放出するわけだから、転売狙いのやつらはバカを見るだけだけどね〜」
ニコニコと嬉しそうに微笑むウーリ。
ほら、食料仕入れておいたよ──と俺のインベントリに大量の食料素材や強壮剤が譲渡される。確認のためにウィンドウを動かすが……
「……スクロールが終わらねえ。どんだけ買い込んだんだ」
「そりゃあ人脈を駆使しましたよ。リスナーにも声かけた! 目指せ転売ヤー撲滅!」
「どうりで……」
どこまでスクロールしても底が見えないインベントリ。
昨日は結局、全員の手持ち食料がすべて尽きたところで打ち止めになってしまったが、今日はそのリベンジである。
ちなみに新スキル〈食事術〉は取得済み。
狙い通り、メンデルによるエネルギー吸収は「食事」として扱われるようで、それはもうすさまじい効率でスタミナを回復することができるようになっている。
「それじゃ、行ってくる」
「いってらっしゃ〜い」
地下室に降りると、そこは真っ暗闇。湿った黒土の上にはノックスリリィのツルと葉が無数に這い、すでに花を咲かせているものもいくつか。
最奥の壁面に埋め込まれた炉は、俺とメニーナの手持ち素材をすべて使いきって作ってもらった夜魔力生成機だ。場所を動かせない代わりに炎を長く持続させ、MPを消費すればクールタイムの免除できる優れもの。
「ノームたち、収穫の仕事だ」
俺が声をかけると、暗闇の奥からもぞもぞと彼らはやってくる。手のひらサイズの小さな影である。
それはイヴの寄越した技術職NPC──小人妖精のノームたち。
大きな三角帽子を肩までかぶっているため表情までは分からないが、まぁ意外と感情豊かなやつらで、花や土と戯れることを何より好む。
生産系の仕事なら何でも言うことを聞くので、今は薬草園の手入れ、ブルームリングの量産、そして収穫の手伝いをさせている。
ノックスリリィの量産自体は、スタートダッシュこそ俺が担当しているが……明日以降は、こっちもノームに丸投げするつもりだ。
ノームたちは、今咲いている花をぱぱっと摘んで回収すると、わらわらとやってきて俺の傍に控える。
「さあ、メンデル。はじめますか」
インベントリから食料を放出しながら、地面の下にメンデルのツルを這わせていく。ウーリが大量に買い込んでくれた食料は……昨日の50倍はあるか? 100万束は量産できそうだ。
目指せ、転売ヤー撲滅!
*****
土の下を這うメンデルの触腕、ひとつひとつに意識を張り巡らせ、栄養を注ぎ込んでいく。
ぱっと咲いてはノームたちに収穫されていく花。
空いたスペースには途端にツルが伸び、また花を咲かせる。この繰り返し。
普通にやっていれば一瞬で飢え死にするやり方だが、ウーリが人脈を駆使してかき集めた食料は膨大だ。
ノームたちのインベントリの内部は、主人である俺の方から確認可能。収穫されたノックスリリィの数は、すでに数万束に達する。
「よく考えたら、変身のたびに100は咲いてるもんなぁ……俺の顔面に」
それをこれだけ長時間、この広い面積で続けていれば、1万、2万、10万、50万と増えていくこの収穫ペースも納得である。
まぁとはいえ、かかる食費もまたとんでもないことになってはいるが。俺が持っている最前線の素材をすべて売り払っても足りないんじゃないか……? ウーリの財力と人脈があっての上で、ようやく成り立つスタートダッシュだ。
そんなことを、どれだけ繰り返していただろうか。
いよいよインベントリ内の食料も底が見えてきたという頃合い、けたたましいアラートが耳元に鳴り響く。
『──連続ログイン時間が6時間を超過しました。休息を強く推奨します』
「うわあ! 警告来た!」
集中しすぎて全然気付いてなかった。
朝6時頃からはじめたから……もう12時になるのか。たしかにリアルの昼食を挟んでもいい頃合いかもしれない。俺はひとまず手を止める。
「収穫数は……200万!? 初期プレイヤー数超えちゃったよ……」
ウーリ、お前ちょっと頑張りすぎ。どれだけ食料集めたんだ。
まぁ実際には、最前線攻略を目指してるやつら──つまりノックスリリィ不足を死活問題にするプレイヤーなんて全体の5%にも満たないわけなので、十分以上に行き渡る。ひとまず買い占め屋を倒せる程度の供給はできそうかな。
半数はブルームリングにしてNPCにも配ろう。
「まぁ本当は、ここまでしてやる必要もないんだけど……」
運営側も、すべてNPCに任せきりにしてくれて良いとは言ってくれているし……とはいえこれは、シナリオを壊してしまった俺たちから他プレイヤーへの償いのようなもの。俺とウーリがやりたくてやっていることだ。
なんて考えてウィンドウを開いていると──ふと気付く。
「ん? スキル進化メニュー……?」
メインウィンドウに見慣れぬ通知。
確認すると、経験点を使用したスキルスロット追加やスキル取得メニューの並びに、そんな項目が追加されている。
『スキル熟練度が規定値を超過しました』
『〈園芸〉および〈庭師〉を統合進化させることができます』
『〈食事術〉を進化させることができます』
「……そういや、ウーリがそんなこと言ってたなぁ」
スキルには熟練度があるとかどうとか……だが、まさか戦闘スキルより先に生産スキルがここに到達するとは。〈食事術〉なんて取得したばっかりなのに。
……まぁ、こんな裏技じみたやり方で万単位の植物を育てていたら、そうもなるか。
統合進化の方は、派生や選択肢がなかったので即決。
進化したスキルを手に入れる。
〈箱庭支配〉
育成した植物を中心に構成される「庭」において、環境調整やデザインを管理するための高位統合スキル。
既存の機能に加えて、植物の成長速度がさらに向上し、土壌・水質・大気状態の調整幅も広がる。
内容はこれまでの機能を底上げした感じだろうか。
今の状況で、植物成長速度の向上はかなり役に立つ。スキル統合によって実質的にスロットがひとつ節約できるのも大きい。
一方、〈食事術〉の方は進化先に選択肢が提示された。
〈高等食事術〉
食事によるスタミナ回復量強化に加えて、わずかなHP・MP回復効果が発生する。
〈悪食家〉
食事によるスタミナ回復量強化に加えて、食事によるデメリット効果(状態異常や能力低下など)を大きく軽減する。
〈捕食者〉
食事によるスタミナ回復量強化に加えて、捕食攻撃時のスタミナ回復量・与えるダメージをさらに強化する。
真っ直ぐな進化ルートは〈高等食事術〉だろうか? どれもかなり使い勝手は良さそうだ。まぁ、とはいえ……
「お前と一緒がいいな、メンデル」
俺はそんな直感だけで〈捕食者〉を取得した。
Name:トビ
Race:人族
Slot:6
Skill:〈★魔花使い〉〈★箱庭支配〉〈★滋養強壮〉〈★休息〉〈★捕食者〉〈★異常耐性〉〈支配耐性〉〈軽業〉〈蹴術使い〉
ほぼ名前だけで選んだようなものだが、メンデルの捕食吸収とこのスキルの噛み合いはかなり良いし、無駄になることはない。
他の派生先も欲しくなったら、また〈食事術〉から取り直したっていいのだ。
「よし、一旦ログアウトするか。そのあとは……」
気分転換に、マップにでも出てみよう。
それに──昨日ビルマーから受け取った、新しい武器と防具も試さなければ。
*****
昼休憩を挟んで、再ログインする午後。
ゲーム内時刻では夕暮れ。俺がやってきたのは〈闇呼び隧道〉だった。クランに所属したものの、相変わらずソロ行動である。
目的は新たな装備品のお試しと、ついでのボス討伐。
かつてウーリ・メニーナと共に倒したあの隠しボスに、今度はソロで挑戦してみようという試みだ。
「さて……防具は、どの重量でいこうかな」
Item:夜接がれの黒装束
Rarity:オリジナル
Slot:防具/胴/腕/腰/足
レザーコート・ジーンズの形に仕立て直された、月詠みの黒装束。メヌエラの外套膜によって防御力と柔軟性を両立させている。
各所に無数の孔穴が整備されており、"ツル" を操る術者であれば外部パーツ "ヘイロウ-1/5000" による装甲カスタマイズ機能が利用できる。
Item:ヘイロウ-1/5000
Rarity:オリジナル
黒真珠鋼によって鍛えられた5000個の金属リング。
そのままでは何の意味もないアイテムだが、 "ツル" を通して組み上げることで様々な形状に姿を変える。夜属性触媒。
小さな軸穴の空いた金属棒を、さらに輪切りにしたような金属パーツ──計5000輪。これがビルマーの提案した装甲調整機能だ。
空いた孔穴にツルを通し、この〈ヘイロウ-1/5000〉を防具表面に縫い付けることで、防具の装甲を上乗せできる。
もちろん縫えば縫うだけ重量も増していくわけだが、そのときの戦況やスタミナ状態に合わせて、メンデルの筋力強化にどこまで頼るかを調整できる──というのがこのアイテムの肝である。
とりあえず、今は300輪としよう。
これだけで結構な重さ、結構な装甲だ。
闇呼び隧道──なんだか懐かしい気さえしてくるこの洞窟を、装備を整えながら駆けていく。
やがて岩陰から跳び出てくる小柄な影は、お馴染みレッドキャップの群れ。赤い帽子に長靴、右手にはピッケル。
それを受け止めるのは、俺の左腕だ。
「グガッ!?」
「よし、ちゃんと硬いな」
袖口に縫い合わされた数枚のヘイロウが、ピッケルによるダメージを完璧にカット。
腕を振るって弾くようにして隙を作り、そのままカウンターのように振り抜く足先が、レッドキャップの首を撫ぜる。そして──
「変形」
──瞬間、俺の足先から刃が伸びる。
折り畳むようにして靴底に隠されていた黒い金属刃。そのリーチは、驚くべきことに20cm以上。
それは驚異的な斬れ味だった。
レッドキャップの首をすっぱりと切断し、HPゲージを一撃で破壊する。まず1体。
Item:月人の処刑
Rarity:オリジナル
Slot:武器/防具/靴
月詠み巫女の双剣を暗器へと転用した仕組み靴。
標的の首を刎ねるために設計されたその刃は驚くべき斬れ味と刃渡りを有し、自在に展開可能。
一方、その過剰なリーチはあまりに取り回しが悪く、専用の歩法を修めたものでなければ十全には扱えない。
20cm近い刃を足先に伸ばしたまま──俺は、その2点の刃先で「つま先立ち」のように着地する。
そのまま跳ねるようにステップを踏み、縮地。2体目の首を切断。
最後の1体が振りかぶった手斧を再びヘイロウで弾き、カウンターで振り抜く刃が、肩から腰にかけてを斜めに撫で斬る。
「うん。まぁ "慣れ" だな」
この暗器靴……強力ながら、あまりにも歩きにくい。
特に刃を展開した状態ではまともに走ることもできないので、常に「つま先立ち」での移動を強いられる──という感じになりそうなんですが大丈夫ですか? というビルマーからの連絡に「大丈夫です」と答えた結果、出来上がった装備品がこれだ。
高校時代、ウーリにバレエの相手をさせられていた時期が少しだけあったので、そのときの記憶を思い出しながら慣らしていく。
「よし、さっさといこう」
2点の切っ先を使って洞窟内を駆け抜け、出会ったレッドキャップやケイブバッドを辻斬り、撫で斬り、吸い殺し──すれ違う他のプレイヤーからはたびたび奇怪な目で見られるが、まぁ良いだろう。
やがて辿り着いたのは、一際大きい石炭の採取ポイント──つまり、例のボス部屋に繋がる隠し道だ。
だがその前に、採取ポイントの石炭がゴロゴロと転がるように立ち上がる。
夜の魔力をまとった石炭ゴーレムたち。つい最近のことなのに、こいつらにも妙な懐かしさを感じる。
「お前らに刃物はよくないなぁ……ここからは鈍器だ」
足先の刃を折り畳んで収納。
俺はインベントリから無数のヘイロウを吐き出した。
手始めに700輪。
コートに縫い合わせた300輪と合わせて、合計1000輪がメンデルによる肉体強化なしでギリギリ扱える重量のライン。
宙にばらまかれた700の金属輪に一瞬でツルを通し、繋ぎ合わせる。
最後にツルをきゅっと縛るように収縮させ、身体から分離させれば──出来上がるのは、すらりと長い一本の棍であった。
「ヘイロウ第二形態──殺人彗星」
一夜漬けで勉強してきた、俺の棒術と勝負だ。
↓より☆評価を頂けると大変励みになります。どうぞよろしくお願いします。




