030 - グレゴール薬師商会
クランのことをふたりに相談すると……
「トビくんと同じクラン! やったー! やります!」
「わ、私がオーナー……が、頑張ります……!」
……ということで、快諾である。
メニーナはクランオーナーの方は嫌がるかと思いきや、この薬草園を拠点にできるとなると、こちらも乗り気であった。
まぁオーナーと言っても、申請諸々の代表者というだけだ。他に特別な仕事もないし、大丈夫だろう。
「申請っていうのはどうやるんですか……?」
「メインウィンドウからこの場で申請できるはずだよ。えっとねえ……」
「あ、ありました。ええと、メンバーはウーリさん、フルルちゃん、トビくん、メンデルちゃん……」
ウーリのレクチャーを受けながら、この場でクランの立ち上げ申請をするメニーナ。しっかりメンデルをカウントしてくれているあたり、メニーナ先生を感じます。
「く、クランの名前はどうしますか……?」
「ああ、そういえば。どうしようか、トビくん」
なぜ真っ先に俺に聞く。
「…… "薬草園" とか "ノックスリリィ販売所" とかでいいんじゃないか?」
「え〜、もうちょっとひねろうよ。フルルちゃん、ひねって」
うわあ。年下に無茶振りしてる。
フルルは5秒ほど考えて、さっと答えた。
「じゃあ〈グレゴール薬師商会〉とかでどうですか?」
「えーっ! カッコイイ!」
「グレゴールはどっから出てきた……?」
「遺伝学の祖、メンデルの修道名ですね。たしかフルネームはグレゴール・ヨハン・メンデルでしたっけ?」
こいつ、なんでこんなに博識なんだよ。
そんなキャラじゃないだろ!
「じゃあ、それで登録しますね……サブオーナーはトビくんでいいですか……?」
「うん、いいよ」
ウーリが代わりに答える。
一方俺の方も、例のノックスリリィ生産販売の件について、改めて承諾のメッセージをイヴ宛てに送っておく。
「あ、そういえば……」
返事のついでに、もうひとつ気になったことを質問しておくことにした。
「メンデル経由とはいえ、プレイヤーが夜の魔力を使えちゃってる件については、大丈夫なんですか……っと」
メッセージを送ると、返事は一瞬だ。
さすがAI。
『正直に申し上げますと、大丈夫ではありません。夜の魔力については本来プレイヤーによる使用を想定しておらず、一部の例外においても極めて厳しい取得条件を設定しておりました。とはいえ、トビ様が不正のないやり方で手段を確立させたことも事実ですので、ナーフや修正などを行う予定はありません』
おお、なんて寛大。
しかしメッセージの文面は「ただし」と続く。
『ただし、夜の魔力を扱うことによって生じる一部データの齟齬やデメリットなどについても、著しくゲーム性を損なう場合を除いてこちらでは対応しかねますので、ご理解頂きたく存じます』
「……まぁ、これは当たり前かな」
つまり「思っていた結果と違うのでデータを巻き戻してください」とか「デメリットがこんなに重いなんて知らなかった! 何とかしてください!」とか、そういうクレームは受け付けませんよ、という話だ。
いずれにしても、イヴとの交渉は成立。
ノックスリリィの栽培体制が整い次第、専門のNPCたちが送られてくる手筈だ。
……と、そんなことをしているうちに、今度は地下室からビルマーが上がってきて、ウーリが声をかける。
「ビルマー、地下どうだった?」
「水道や換気などは問題なしです。ただ、外部から魔力を集めるための魔法陣がダメになっちゃってますね。トビさんのおっしゃっていた通り、夜の魔力を生産する機構を組み上げたほうが早そうです」
「あんまり畑を圧迫しないサイズでお願い」
「承りました」
ウーリは相変わらず人使いに手馴れている。
クランと薬草園の諸々は、あっという間に決まっていった。
*****
その後は、各々がそれぞれのことをしている。
ビルマーは拠点に帰り、メニーナは塔の中の掃除。
フルルはついさっき買い出しから戻ってきたところで、ウーリと俺は薬草園の手入れだ。
俺もいよいよ、生産系スキルを使うときが来た。
〈園芸〉は基本的な庭いじり・植物栽培のスキル。"庭" として登録した土地の植物の成長スピードを高め、育てた植物を所有物とすることができる。土壌のコントロール、栄養の過不足や収穫予定時期の調整なども、専用ウィンドウから一括で制御可能。
〈庭師〉はもう少し専門的というか、外見的な調整スキル。"庭" 内部で植物の位置を入れ替えたり、植物の形を変えたり、水路や小路のデザインをしたりといった芸術的な観点での機能が大きい。
ただし、どちらのスキルも "穀物" は育てられない。それは庭ではなく農業の分野だ、ということなのだと思う。逆に農業系スキルでは薬草類を育てられないらしいので、おあいこである。
「まぁやっていきますか」
ひとまずはこのまま育てる薬草たちとそうでないものを仕分けて、死んでしまっているものはウーリが燃やして肥料にする。
それと新しく育てる植物……フルルが買ってきた基本的なポーションの材料にくわえて、俺が湿地帯で集めてきたものもある。
「あっ、これいいですね。たしか解熱鎮痛剤の材料だったと思うので、プレイヤーだけじゃなくてNPCからも需要あると思いますよ」
並べた植物の苗を確認してくれるのはフルルだ。
「へえ。ポーションに加工できるのか?」
「どちらかというと、粉薬や湿布薬ですかね」
「はあ。お年寄りには良さそうだ」
そのうちメニーナに持たせて、ヴァローク婆さんに届けてあげるか。
「この青い花はどう? 綺麗だから育てたいんだけど」
「毒薬の材料ですから、需要あると思います! でも育てられますか? 水生植物ですよね」
「水生系も〈庭師〉で池を作ればいけると思う」
一通りチェックしてもらって、ひとまず植えてみることに。
「収穫までには結構かかるんですか?」
「普通はな。でも、俺の場合は裏技が使えるから」
「裏技?」
首を傾げるフルルの前で、俺はメンデルのツルを四方に伸ばしていく。
地面の中にツルを這わせ、植えた薬草たちの根に触れ合う。そして〈滋養強壮〉と園芸系スキルたちをフル稼働させれば──
「うわあ! 育った! ちょっとキモいです!」
──もぞもぞ、むくむく、ぶわり。
膨らみ、咲き乱れるように、すべての薬草たちが背高く育っていく。
これはいつもやっている接ぎ木の応用だ。メンデルの寄生種としての性質を応用し、メンデルと他種植物を半一体化させることで成長をコントロールする。
ついでに一通りの植物特徴をメンデルに接いでみるが……HP、MP、スタミナの回復量がそれぞれほんのわずかにアップするくらいの成果だろうか? ポーション素材とはいえ、調合前の薬草の状態では分かりやすい新能力の獲得はなさそうだ。それでも常在バフとしては十分に強力だけど。
「トビくん、一応ノックスリリィも試してみれば?」
「ああ、そうだな。日があるうちに、そっちも試してみるか」
ウーリの口出しに「たしかに」と頷く。
ノックスリリィはおそらく陽の光を必要としない植物だが、では陽の光を当てて育てたらどうなるか、という実験はまだしていなかった。
俺はインベントリからノックスリリィの苗をいくつか取り出す。これは交渉成立後、イヴから特別に送られてきた育成用の苗だ。
メンデルから株分けをしてもよかったのだが……あれはすでにノックスリリィから遠く変異した植物になってしまっているので、相談の結果、こういう形に。
「よし、やるぞメンデル」
スタミナ補充用の食料の量もシャレにならないので、毎回こんなことをしているわけにはいかないが……スタートダッシュを決めるくらいはいいだろう。さっきと同じように栄養を流し込み、さらにランタンの火を灯して育ててみる。
結果、いくつか花は咲きこそしたものの、その様子はどこかくたびれて見えた。
Item:ノックスリリィ
Rarity:オリジナル
夜に棲みながら、夜を喰らう花。
夜の魔力への耐性・吸収性を有する。極めて低品質。
「やっぱり質は落ちるか。っていうか、レアリティがオリジナル?」
「そりゃあね。だってスキルのアシストを無視して育てたでしょ?」
ああ、そうか。
基本的に、生産スキルのガイドを無視して作ったものはすべてオリジナル扱いになるのか。
ともあれ「極めて低品質」とまで言われてしまっては失敗だろう。売り物にするなら、ノックスリリィは地下室で育てたほうがよさそうだ。
「このお花、ひとつもらっていいですか? ポーションの試作に使ってみたいです」
と、フルル。
たしかに試作段階なら低品質なもので十分かもしれない。頷いて渡せば、ぱたぱたと調合室へ駆け込んでいく。
「俺も何か試作してみようかな」
「おっ。いいねえ。何作るの?」
「ああ。前から考えてはいたんだけど……」
俺が使える整形スキルは〈庭師〉だけなので、これでノックスリリィの形を整えてアイテムを作成。
蕾の状態で成長を止めたノックスリリィを摘み、ツルを丸めるように、腕輪状のアクセサリーに整形していく。
Item:ノックスリリィ・ブルームリング
Rarity:オリジナル
Slot:アクセサリー/片腕
咲かぬまま摘まれた夜百合を簡単に結んだ逸品。
強い夜の魔力を感知すると、花を咲かせて知らせる。
「へえ、感知アイテム?」
「〈月詠みラナエル〉からの初見殺しは、これで防げそうだろ? あのボスの被害者、たくさんいるらしいんだよ」
プレイヤー・NPCを含めて100人以上、だったか。
ラナエルもボスである以上、何度だって復活して徘徊を続けるはずだ。これを身につけておけば、とりあえず背後からの不意打ちで即死……という展開は防げるだろう。
「特にNPCには身につけて欲しいよ。死んだらメニーナさんが悲しむ」
「そうだね。NPCは復活しないからね」
量産体勢が整い次第、NPC相手には無料で配って回る予定だ。イヴが寄越してくれるという販売員に任せてもいいし、金を払ってギルドに委託したっていい。やり方はいくらでもある。
そんなことをしていれば、フルルが小走りで戻ってくる。
「トビくん! ノックスリリィ製のポーションなんですけど、こんな感じでどうですか?」
「仕事早いなお前!」
30分もかからず試作品を仕上げてきたフルルに驚かされながらも、出来たものを受け取る。
Item:ナイトヴェール・エッセンス
Rarity:アンコモン
夜百合の精油が調合されたポーション。
低品質。強い芳香と酒精を含む。
服用することで夜属性への耐性をわずかに高める。
持続180秒/クールタイム60秒
Item:ナイトヴェール・エッセンス
Rarity:オリジナル
夜百合の精油が調合されたポーション。
低品質。強い芳香と酒精を含む。
服用することで夜属性への耐性を高めるが、効果が切れると酩酊を引き起こす。
持続300秒/クールタイム60秒
「2種類? 片方はオリジナルか」
「はい。そっちは効果が高い代わりに酩酊のペナルティがあります」
「ウーリ、酩酊ってどんなの?」
「10%確率で動作方向がランダム化する状態異常だね」
「なかなか致命的じゃねえか」
かなり事故るぞ、それ。
「どちらにしても、ノックスリリィの品質が上がればもう少し効果や持続時間も伸びると思います」
「なるほど……まぁ売り物にするならアンコモンでいいんじゃない? ああ、今更だけど、ポーションの売り上げ分はノックスリリィの原価分だけ差し引いてお前に入るから」
「やったー! ありがとうございます! ちょうど金欠でした!」
そりゃあなぁ。
このゲーム、PKでは一銭も入ってこないらしいので、そうなるのは当たり前だ。
「あ! あとこれ、スタミナ飴の方の試作です」
「本当に仕事早いなお前!」
要領の良さからエリートの血筋を感じます。
受け取ったアイテムを確認。
Item:死海露玉
Rarity:オリジナル
滋養の薬水と大量の塩を濃縮した飴玉。
舌に乗せれば、どういうわけか甘みを感じる。
舐めることでスタミナを回復するが、代わりに軽度の毒を受ける。
「トビくんは異常耐性スキルを持っていると聞いたので、毒状態のデメリットをつけることでクールタイムをなくしました」
「ほう」
「塩から武器を生成できるということだったので、食品タグおよび毒状態は過剰な塩分によって発生させています。ラッキーハーブという味覚混乱の香草をくわえているので、塩っ辛く感じることはありません」
「フルル、お前ちょっと優秀すぎる」
もう全部これでいいじゃん。
ここに〈食事術〉の効果まで乗せたら、スタミナ問題はかなり解消されそうだ。ついでに塩結晶の武器まで作れるようになる。
「……ご褒美なにがいい?」
「トビくんとえっちなことがしたいです! それか殺し合いがしたいです!」
「よし! 殺し合いをしよう!」
背後ではウーリがぶはっと吹き出し、笑い転げている。
俺はフルルとのPvPに何度か付き合うことで、この死海露玉とやらを量産してもらうことに決めた。
……その後、ビルマーが夜の魔力の生産機構を完成させたのは、それから4時間後のことである。
ノックスリリィの生産体制はあっという間に出来上がり、すぐに量産・販売が開始されることになった。
まったく、どいつもこいつも仕事が出来すぎる。
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