003 - 美少女ストリーマーは足癖が悪い
例のゲームが正式リリースされてから1週間。
大学から帰った俺を待ち構えていたのは、友人の説教だった。
「さて、トビくん。1週間も経って1度もログインなしってどういうことだぁ?」
「はい、申し訳ないです。なんかダラダラしちゃって」
俺の部屋、俺のベッドに腰掛け、こちらを見下ろす友人──
日ノ宮ウリの目の前で、とりあえず俺は正座をした。
「せっかく買ってあげたのにさ〜……ログインどころか連絡ひとつもくれないしさ〜……」
「れ、連絡してくれたら良かったのに」
「お前からしろよ。待ってんだよこっちは」
「はい、ホントそうですよね。すみません……」
俺の額をぐりぐりとなじる素足の踵に、身体がぐらぐら揺すられる。
どうにもやる気が出なかった、というのが本音だ。
ゲームが嫌とかじゃない。ただあのイベントで、俺は12時間もぶっ通しでゲームにのめり込んだ。
あんなにも熱中したのは久々で、疲労が来たというかなんというか。
もちろん感謝はしている。これも本当。
本人の言葉通り、俺にあのゲームを買ってきてくれたのはウリだ。
ハードウェアとソフトウェア、その他にも必要なガジェット合わせて50万円弱……ふたり合わせて100万くらいかかってるのか?
「お前本当に俺と同い年だよな? 見事に金銭感覚が狂っちまって……」
「いいんだよ、どう使おうが。私が自分で稼いだ金なんだから」
「カッコイイ! カッコイイけど余計に怖い」
「トビくんだって、移籍でもして続けていれば……同じくらい稼げたのに」
ウリは、ぼそりとしかめっ面で言う。
少し沈黙。耐えかねて俺は応える。
「……わかった、遊ぼう! 今夜20時からでいい?」
「いいよ」
まぁ、色々と事情はあれど……
とにかく1週間ぶりに、俺はゲームの世界に舞い戻ることになった。
*****
舞い戻ると言っても、実は正式リリース版に触るのは今回がはじめてだ。
初期設定やら何やらのため、約束より1時間前にダイブする。
決めることはなんだっけ。
アバターに名前、種族、スキル構成、諸々……
「アバターと名前はそのままでいいか」
イベントのアバターをそのまま流用する。
黒いボサボサ髪に平均日本人顔……リアルの自分をスキャンしたままなので、ぱっとしない。
「…………」
髪と目の色だけ変えておくか。
やる気がないと思われたら、ウリにまた怒られる。
ぱっとしない黒髪の中に、金色の束をいくつか潜ませる。
瞳の色も同じ金色に。
これで少しはファンタジーっぽくなったはずだ。
名前はトビ。
最初に呼び出したのはウリだが、本名由来。
次は種族、種族か……。
「人族でいいよな」
リストを見ると、他には獣人族やらエルフやらドワーフやら。
特に獣人族にはとんでもなく種類があるようで、詳細を読む時間はなさそうだ。
なので可も不可もないであろう人族に決める。
どうせあとから転生とか出来るだろう。
最後にスキル。
このゲームにはレベルやステータスの概念がない。
ただし経験値の概念は存在する。経験値を払って新たにスキルを取得したり、スキルを変化させたりすることで、アバターの性能を拡張していくわけだ。
ということで、ここは超重要だ。
「ああ、なるほど……引き継ぎってこういうことか」
イベントで使ったスキルは、すでに手に入った状態になっていた。
ついでに〈魔花使い〉という知らないスキルも追加されていた。
詳細を確認すれば「テイムモンスター:プレデター・グリーン」とある。あの寄生植物の名前だろうか。
……ということは、あれバグじゃなくて仕様なの?
テイム──つまり敵モンスターを飼い慣らして仲間にしたという扱いだ。
〈異常耐性〉と〈支配耐性〉を二重で取得していたから成立したのだろうか……それにしても自由度が高すぎるだろうと思うけど。
閑話休題。
つまり俺は、すでにスキルを6つ取得しているということになる。
ただし、これをすべて実用できるわけではない。イベントと違って、本サービスからはスキルスロットというシステムがあるらしく……効果を発揮するのはスロットにセットしたスキルだけ。
「初期状態でのスロット数は5つ……」
つまり、俺が同時に使えるスキルは5つまで。
スキルの入れ替えはいつでもできるが、戦闘中にやろうとすると10秒ほどかかるらしい。戦いの最中の10秒となるとさすがに致命的な隙なので、ほとんどロックされているものと考えていいだろう。
「ええと、それじゃあ……」
引き継いだ6つのスキルの他に、ここで新規取得できる汎用的なスキルが3つ。
それも加味して、ひとまずセットしておくスキル5つをセレクトする。
「こうだな」
Name:トビ
Race:人族
Slot:5
Skill:〈★魔花使い〉〈★園芸〉〈★庭師〉〈★軽業〉〈★蹴術使い〉〈異常耐性〉〈支配耐性〉〈滋養強壮〉〈休息〉
星マークでチェックされているのが、現在スロットにセットしているスキル。
新たなスキルは〈軽業〉〈蹴術使い〉〈休息〉を選んだ。
〈軽業〉は空中での移動や行動を、〈蹴術使い〉は脚を使った攻撃モーションや威力をそれぞれ補正してくれる。
〈休息〉は静止状態または安全エリア内にいるときにHPとMP──つまり体力と魔力をゆっくりと回復するようになる。
これにてメイキング終了。
丁度良い時間だ。
*****
今回の転送先は街中だ。
イベントマップはさながら手付かずの無人島という有様だったが、本編のマップはとても文明的。
大都会というほどではないが、賑わう市場や住宅街。
こういう中規模な街がいくつかあって、初期の拠点となるようだ。
さっそくウーリと合流。
「クランの結成とか、土地の購入とか、そういうカスタム要素は王都が解放されてからなんだって」
共に街中をぶらつきながら、そんな話を聞く。
「解放って?」
「道がふさがってんだよ。道中に大ボスが何体かいて、そいつらを倒さないと先に進めない」
ウーリの簡潔な答えになるほどと頷く。
「ちなみに今の時点で2体が倒されて、あと1体。トビくん狙う?」
「狙わねえよ。俺はのんびりするって決めたの」
そもそも、そう簡単にボスを仕留められるとは思わない。そんなちょろいボスであれば、王都はとっくに解放されているはずだ。
それにしても……
「そうか、まだ土地は買えないのか……」
この〈園芸〉と〈庭師〉をどうしてくれようか。
ぼそりと呟けば、隣を歩いていたウーリがぐるんと身体の向きを変え、俺の前に仁王立つ。
ごつり、衝突する額と額。痛覚遮断のボーダーにはギリ引っ掛からないずきりとした痛みに、目を瞑る。
「痛い! なに!?」
じっとりとした視線。
「トビくん、スロットスキル5つ」
「〈魔花使い〉〈園芸〉〈庭師〉〈軽業〉〈蹴術使い〉」
反射で答える。
再び頭突き。俺は蹲った。
「なんで!?」
「こっちのセリフだよ。なんでこれから狩りに出るよ〜って言ってんのに〈園芸〉と〈庭師〉なんだよ」
「いいだろ! スローライフと言えばガーデニングだろ!?」
「先入観と偏見がすごい……別にそんなことないよ。とりあえず今は控えに回しときなさい、いい子だから」
「いい子の頭を踏むんじゃねえ」
蹲った俺の頭をねちねちと踏みつけるウーリの素足。
ちゃんと靴を脱いでからなじるあたりは弁えている……っていうか外でやるな。せめて家の中だけにしろ。
そんなとき。
「あれ、日ノ宮ウリじゃないか……?」
聞こえてきた話し声に、俺とウーリの肩がびくりと跳ねる。
「ほ、本当だ……ウリちゃんだ、俺いつも配信見てるよ!」
「リアルの顔そのままだなぁ……美人だよなぁ」
「どうする? 話しかけてみるか?」
「やめろよ、連れがいるみたいだし……」
「ていうかアイツは誰? 何?」
「さぁ、見ない顔だけど……でもなんでウリちゃんはアイツの頭を素足で踏んでいるんだ……?」
「どういうプレイ?」
「う、羨ましい……!」
ざわつきが伝播し始める雑踏とギャラリー。
俺とウーリは顔を見合せた。
「おい、どうする。目立ってるぞ有名人」
「逃げよう」
俺たちは頷き合い、同時に走り出した。ギャラリーの声を置き去りにする。
ついでに〈園芸〉と〈庭師〉を外した枠には〈異常耐性〉と〈休息〉をセットしておいた。仕方なし!
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