029 - 女三人寄れば姦しい
気がつけば、足元には見覚えのある石畳が広がっていた。
視界に広がるのは煉瓦造りの建物と小広場。ここは始まりの街エンリースの一角だ。俺が昨日ログアウトしたファストトラベルポイントで間違いない。
あの白い空間は幻だったのかと思うほど、何事もない視点の切り替わり──けれどメインウィンドウを開いてみれば、たしかにイヴ宛ての連絡窓口が追加されている。
「夢を見てたわけじゃない……ってことはつまり……」
最後に聞こえたのは……メンデルの声か?
まぁとにかく、念のため適当な食事をインベントリから取り出し、好きなものを与えておく。
それとメンデル、お前……メスだったんだな。
などと複雑な思いを巡らせていれば、ふと背後から声をかけられた。
「あれ、トビさん? 昨日ぶりですね」
「あっ。おはようございます、ビルマーさん」
振り返れば、特徴的な丸眼鏡にくくった長髪。鍛冶師ビルマー、昨日ボスのドロップ素材を一通り預けたばかりである。
まぁさすがに昨日の今日では、何の武器も防具も出来ていないだろうが──
「ああ、トビさん。ランタンの調整だけ済んでいるので、せっかくなので今よかったら……」
「マジですか」
──と思ったら、しっかり最低限の仕事をしていた。
ビルマーから調整を済ませたランタンを受け取り、強化内容を確認する。
Item:ドレ=ヴァロークの灯火
Rarity:オリジナル
ドレ=ヴァロークの炭を利用した携帯用ランタン。
彼の炭は決して燃え尽きず、燃料の補給も必要としない。
平時はオレンジ色の赤熱を呈するが、死者の名に命ずることで、暗き夜の炎を灯すこともできる。
点灯300秒/クールタイム180秒
「おお、2分も伸びてる……!」
「魔眼を〈メヌエラの偽神核〉に取り替えたら、かなり伸びましたよ。また良さそうな素材があればいつでも」
180秒から300秒への伸びはかなり大きい。まぁ変身モードとなると、スタミナの方が持たないと思うけど。
「そうだ、ビルマーさん。今から時間ありませんか? 王都でウーリたちと待ち合わせしてるんですけど、よかったらビルマーさんにも話しておきたいことがあって」
「今から、ですか? はあ、少しなら」
ぜひ、と俺はビルマーを薬草園の見学に誘った。
というのも、ノックスリリィを育てるのに「夜の魔力」が必要になる可能性がある。そうなったときにビルマーが作ったこのランタンのノウハウは活かせるはずだ。
まぁそのあたりも、主にメニーナと相談だけど。
そういうわけで、俺たちふたりは王都へとファストトラベルし、待ち合わせ場所へ。
イヴとの話がやや長引いたせいか、他のメンバーはすでに揃っていた。
「おーいトビくん、こっちこっち〜……って、なんでビルマーいるの?」
「ビルマー? 誰ですか?」
「あ、えっと、たしか……トビくんがお世話になってる鍛治職人の方、だったと思います……」
順にウーリ、フルル、メニーナ。
こう見ると見事に属性の異なる美人が揃ったものだ。ビルマーはぺこぺこと頭を下げて居心地悪そうにしている。ごめんね、すぐ説明するから。
そういうわけで、ひとまずメニーナの案内で移動をはじめながら、俺はイヴから聞いたことをそのまま全員に説明した。
「……ってことで、最終的にはメニーナさんに決めてもらいたいと思ってるんだけど、どう?」
「や、やりましょう……! まさか、私のせいで他のプレイヤーさんたちにそんなご迷惑をおかけしていたなんて……申し訳ない……!」
「いや、どっちかっていうとトビくんのせいだと思うよ」
俺も俺のせいだと思う。
まぁいずれにしても、メニーナは快諾だった。
「な、なんて大仕事……! トビさん、あなたに出会えてよかった! 到着次第、さっそく敷地内の設備確認をしましょう。基本的な機能はランタンと同じでいいんですよね?」
「はい、お願いします」
ビルマーもすっかり仕事モードだ。アナログな手帳を片手に、かりかりと必要項目をメモしている。心強い。
肥料やら水やらの感覚は、実際に栽培してみないと分からないが……夜の魔力に関しては、メンデルの様子を見る限りではあのランタンのやり方で問題ないと思う。
「あ! あれじゃないですか? 薬草園!」
フルルがぴんと指差しする先には、たしかにそれらしい敷地が見える。
外周にはいくつもの背の高い支柱と鳥除けのネットが張り巡らされ、その向こうには様々な品種の緑が入り交じっているのが確認できる。
また片隅に建つのは、レンガ造りの小屋。
縦に長く、円筒状の──小規模な塔くらいのサイズ感の不思議な建築で、赤い外壁にはびっしりと蔦が絡んでいる。
「……なんか、思ってたよりデカくないか?」
「いいことじゃん。あの大きさなら、ノックスリリィ以外も色々育てられるんじゃない?」
いや、まぁそうなんだけど……。
「あの家カワイイです! 誰が何階を使うかはジャンケンですか? PvPですか?」
「お前は住む気満々だな」
PvPはしません。メニーナが可哀想だろうが。
「まぁ、たしかにお年寄りがひとりで管理できる広さじゃないか……遠慮するのもいっそ失礼なのかもな」
「そ、そうですね……お婆ちゃんも、息子さんの土地を荒れ放題にはしたくないんだと思います」
今までは気軽なノリだったが、思えばなかなか責任重大だ。
やがて玄関に到着。預かった鍵を使ってメニーナが鉄門を開ける。中は見えた通りの、塔のような小屋と薬草園だ。
丸太を地面に打ち込んで作られた歩道と、その両脇には湿った黒土。
植えられた薬草群は、元気に生い茂っているものもあれば、干乾びたように地面に倒れ、腐ってしまっているものもある。
「土の匂いがしますねえ。あっ、アレなんですか? 洗濯物干すやつですか?」
「ほ、干し網かな? 洗濯物じゃなくて、薬草を乾燥させてたんじゃないかなぁ……」
「ねえトビくん、家の中見た? ポーション調合の設備まである!」
女性陣は相変わらず好き勝手しています。
「トビさん。水道管が錆びてしまっているようなので、こちらもついでに修理を手配しておきますね」
「あ、はい。お願いします」
ビルマーはさっそく設備の様子を見て回っている。仕事が早い。そもそもこの人、本来は武器職人じゃなかったっけ……なんでも出来るなぁ。
「や、薬草類は、どうしましょうか……残せるものは、できるだけ残したいんですけど……」
「ああ、元気そうなやつはそのまま育てよう。腐りかけてるやつは……」
「燃やせば肥料になるんじゃない?」
ウーリの言葉に頷く。
多分それで大丈夫だろう。
「おお、それHP回復ポーションの材料ですね。あっちのはMP。良さげな薬草が生き残ってるじゃないですか」
「えっ? ふ、フルルちゃん……そうなの……?」
……おや?
意外なヤツが、意外なことを言い始めた。
「腐っちゃってるやつは……あ、その赤い実がついてるやつは毒煙の材料なので燃やさないほうがイイです。他は肥料行きでイイと思います」
「なにフルル、お前こういうの詳しいの?」
「まぁ、ある程度? 毒薬でも作れないかと思って、薬学系のスキルはいくつか座学しましたよ。あんまり使ってないですケド」
い、意外……!
なんて都合の良い人材なんだ、この女。
というか、さっきウーリが「ポーション調合の施設がある」とか言ってなかったっけ。フルルなら使えるんじゃないか?
「もしかしてフルル、スタミナ回復系のポーションにも心当たりある?」
「ありますよ?」
「やっぱり? うわあ、どうしよう。〈食事術〉を取る予定だったけど、たしかポーションは効果適用外なんだよな……」
こうなるとまたスキルに悩むことになる。
「なんですか?〈食事術〉って」
「いやあ、今後のスキル構成を考えてたんだけど……」
俺がスキルの効果を説明すると、フルルは少し考えたあと、ぱっと口を開く。
「じゃあポーションをさらに加工しちゃえばイイんじゃないですか? 飴玉とかの形なら、戦闘中も口に含めますよね」
「…………」
ふむ、なるほど。
なるほど……?
「フルル、お前……頭いいな」
「?」
なんて柔軟な思考をするガキだ。それ採用しましょう。
「スタミナ回復系に使う薬草はどれも枯れちゃってますね。あとでボクが苗を買っておきますか?」
「ああ、うん。お願いしますフルルさん」
「はあい」
ここは専門家に任せれば問題なさそうだ。
薬草園の方の視察をフルルに任せ、俺はウーリがいる塔の中へ。
「おお、たしかに調合室っぽい」
一階には雑多な棚と調合台、ガラス瓶や抽出用の器具が所狭しと並んでいた。床には淡く魔法陣のような紋様が描かれており、いわゆる「錬金術」を思わせる雰囲気がある。
「ようこそトビくん。どうだい中は」
「これはたしかにテンションが上がるな。上の階はどうだった?」
円柱状の壁に沿ったゆるやかな螺旋階段を降りて、塔の上階からやってくるウーリに尋ねる。
「上は私室と書斎って感じ。本は私じゃ読めなかった。メニーナが現地語の解読スキルを持ってるから、時間があるときにでも読んでおいてもらうよ」
「意図した結果じゃないが、見事に役割分担ができてるな……」
資料解読はメニーナ。調合はフルル。
植物の栽培は俺がスキルを持っていて、ウーリは情報網がとにかく広い。かなり盤石である。
「それと地下室もある。ほら、そこの」
「ん? ああ、本当だ」
たしかに、一部の床がハッチのように開けられるようになっている。
「中は見たのか?」
「うん。地下も畑だったよ。土が敷き詰められて、水道が引かれて……ひょっとしたら、ノックスリリィを育ててたのって、この地下室なんじゃないかって思って」
「ああ……ありそうだな」
そもそもあの〈闇呼び隧道〉自体、明かりひとつない真っ暗闇のマップだった。ノックスリリィの採取ポイントがあの隧道内に発生する予定だった──となると、むしろ太陽光は排除すべきなのかもしれない。
あとでビルマーを案内して、確認してもらおう。
「あと、これも重要。この薬草園、どうもクランハウスとして登録できる物件みたい」
「クランハウス?」
クランというシステムがあることは知ってるが、そういえば詳細は知らなかった。尋ねれば、ウーリはすらすらと答える。
「クラン専用の拠点。これがなかなか便利でね、クランメンバーであれば拠点にファストトラベルできるようになるし……あとはメンバー以外が無許可で立ち入りできなくなるって感じ。運営側から委託された仕事をするには丁度良い場所だと思うよ」
「丁度良いって……それ、俺たちでクランを立ち上げるってことか?」
「うん! だって、なかなか粒揃いなメンバーじゃない?」
まぁ、たしかに……不穏分子だったフルルも、今となってはその優秀さが明らかになってしまった。こうなっては否定しにくい。
「……じゃあ、オーナーはメニーナということで」
「よし、決まりだね」
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