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FLOWER POT MAN 〜ただ植物を愛でていただけの俺が、なぜか魔王と呼ばれています〜  作者: 卵座
第3章 - The Evening Duties

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028 - 甘くてデカい同居人


 その日の午後は、件の薬草園を見に行く予定だった。


 とはいえ午前中にはいつも通りの授業がある。

 ノートを開き、ペンを動かしながらも集中はあまり続かず、最後のほうはタブレットを膝に乗せて、ゲームの最新情報を集めていた。


 悩みはスキルだ。

 スタミナ問題の解消に、どのスキルを取るか。

 経験値を使用すれば無条件で取得できる基本的なものを見ていく。


「〈持久力強化(パワード:スタミナ)〉〈軽功(フェザーフット)〉……」


 〈持久力強化(パワード:スタミナ)〉の効果はシンプルなスタミナゲージ最大値の増加。

 〈軽功(フェザーフット)〉の方は、ジャンプ・ダッシュ・回避のスタミナ消費量が軽減される。


 どちらもかなり使い勝手の良さそうなスキルだが、使い勝手が良いということは効果も低めに設定されているような気はする。俺とメンデルのバカみたいなスタミナ消費量に対してどこまで働けるかが問題だ。


 やがて終業のチャイムが鳴って教室を出るも、片手には相変わらずタブレット。情報を漁りながら階段を下り、玄関口を抜ける。


「ああ、これもいいな……」


 目についたのは〈食事術(テーブルマナー)〉というスキル。

 食事によるスタミナ回復量をアップ。ただしポーション類の使用は食事としては扱われない。シンプルな効果ながら、戦闘中の適用を想定していないためか、他のスキルと比べて回復量の補正値が高く設定されているようだ。

 メンデルのエネルギー吸収が「食事」として扱われるなら、さらに効率が良い。


 

 ……などと調べ物をしながら歩いていると、校門の前がなんとなくざわついていることに気付いた。

 顔を上げると、門の向こう、ちょうど歩道に差し掛かる位置にバイクが停まっている。


「なぁ、あの人……めっちゃ美人!」

「見ろよ、すっげえ派手なバイク」

「っていうかあれ、日ノ宮ウリじゃない?」

 

「……なにやってんだ、アイツ」


 たしかに見覚えのあるバイクだった。

 アバターの髪色と同じ、夕陽のように鮮やかな朱色の車体。その上でヘルメットを膝に抱えているのは、どう見てもウリだ。


 人混みをかき分けておそるおそる近付いていけば、俺を見つけたウリは「よう」と軽く片手を上げ──次の瞬間、ヘルメットをひょいと放って寄越した。


「やっほートビくん。迎えに来たよん」

「目立ち過ぎだバカ」

 

 案の定、背後でギャラリーがざわめいている。


「誰?」

「彼氏じゃね?」

「え、ウチの大学に!?」

「だとしたら地味すぎじゃない?」


 ……最後のは余計なお世話だ。

 ヘルメットを反射で受け取った俺に向かって、彼女は短く顎をしゃくる。乗れ、ということらしい。


 俺は仕方なく、ウリの後ろに飛び乗った。

 ギャラリーが歓声を上げる。うるせえ。


「……で、なんでわざわざ?」

「早い方がいいじゃん。たくさん遊びたいし」


 小学生か。

 そんなに変わらないだろ、大学の帰り道なんて。


 視線を集めたまま、バイクは滑るように校門を離れる。


 十分ほどの走行ののち、到着したのは俺の自宅だ。

 鍵を差し込もうとポケットを探ったが、その前にウリが玄関のドアを開けた。


 嫌な予感がしながら中へ入ると、案の定、リビングから香ばしい匂いがしている。

 テーブルの上にはラップのかけられた、少し冷めてぬるくなった焼きそばが一皿。


「…………」


 準備良すぎるだろ。

 どれだけ楽しみだったんだ。

 

「なんだよ〜、なんか言えよ〜。せっかく作ってやったのに」

「うん、ありがとう。でも家には勝手に入るな」

「合鍵渡した女にそんなこと言うなって」


 ダルすぎる。ウリはどこ吹く風だ。

 俺が何か言う前に、彼女は俺を食卓の椅子に押し込み、「それじゃ!」と手を上げた。


「食べ終わったらログインしておいで〜」


 そう言い残して、ウリはバタバタと家を出て行く。玄関が閉まる音に、次いでバイクのエンジンを吹かす音。本当に早くログインさせるためだけに来たらしい。


「……まぁいいか。いただきます」


 俺は箸を手に取り、ぬるい焼きそばをすすった。

 うん、普通に美味しい。



 食事を終えたらログインだ。




 *****



 昨日はメニーナたちと会食をして、あとはビルマーのところにボスの素材をすべて預けたくらいですぐにログアウトをしてしまった。

 なのでログイン地点は、昨日ログアウトをしたビルマー工房近くのファストトラベルポイント……となるはずだったのだが。



 しかしログイン直後、俺の目の前に広がったのは、ただ白いだけの空間だった。


 

 なんだここは? 何もない場所だ。

 自分の足元さえ不確かな、影さえ映らない白い地面だ。

 

 立ち上がろうとすれば、それもできない。

 俺は何か、背後から柔らかく温かいものに包まれている──抱きつかれているような感覚とともに拘束されていた。


 だがそのとき、目の前に突如、女性が現れる。

 

『お待ちしておりました、〈アバターネーム:トビ〉様』

「……!」


 まさにファンタジー世界らしい、金色の髪と尖った耳、いわゆるエルフのような造形の女性。だがその美しいデザインはどこか無機質で、人形のようでもある。

 こちらへの呼びかけ方も踏まえて考えると──運営側の人間、だろうか。


『驚かれるのも無理はありません。わたくしは当ゲームシステムを管轄するAIの一柱、シナリオ調整およびクエストリーディングを担当しております──イヴと申します』


 運営どころではなかった。AIか。

 そういえば、このゲームはAIの裁量で色んなことが決まるのだった。


「ええと、イヴさん」

『はい』

「あなたがゲーム管理者側のAIであることは分かったんですけど……その、後ろの(・・・)は?」


 俺の身体を拘束する、この柔らかな感触。

 最初は何かと思ったが、よくよく確かめれば心当たりがある。これはヒトの身体(・・・・・)ヒトの体温(・・・・・)だ。


 俺よりも一回りサイズの大きい、誰か。

 それは俺の身体を膝の上に乗せ、すらりとした細長い両腕を腰に回して拘束し、頬にはくすぐったく灰色の髪が触れている。どこか甘ったるい芳香と、そして背後から俺の首筋にうずめられた誰かの顔──おそらく女性。


 巨大な女性は、俺の首筋に唇を這わせ、甘噛みし、何かを啜っている(・・・・・)


『そちらの彼女(・・)もわたくしと同じAIです。ただしイレギュラー化によってわたくし共の領分を離れてしまった自律個体といいますか……』

「はあ……」

『本当ならこの場にはトビ様、あなただけを招待する予定だったのですが……彼女はトビ様のアバターデータに完全に癒着してしまっているため、切り離すことができませんでした』

「……それって」


 俺のアバターに癒着したイレギュラーデータ。

 心当たりはひとつだけだ。背後に感じるやわらかな女の気配は、ぎゅうと俺を抱く力を強くし、俺の首筋を甘く噛む。とろりと生温かい粘液の感触。


『ええ、旧プレデター・グリーン。今は〈メンデル〉という名を与えられたのでしたか。大切にしていただけているようで何よりです』


 ……マジか。

 つまりはメンデルに内蔵された自律型AIが、運営側のデータバンク上ではこのような姿かたちで保存されているということ。


 まぁ、俺の視点からは顔も見えないわけですが。


『メンデルは貴重なサンプルデータです。今後トビ様と同じ状況下で、同じようにプレデター・グリーンをテイムしたユーザーが現れた場合、メンデルの成長ログを参照することでトビ様と同じ成長ルートを提示できます。ゲームは常に均等な機会をユーザーに提供しなければなりませんので』

「それには同意です。俺だけ特別扱いってのは納得できないので、ぜひそうしてください」

『ご理解頂けたようで何よりです。では本題ですが』


 これ本題じゃないんだ……。

 俺、一体何をやらかしたのだろう。不本意ながら、心当たりは結構多い。


『今回トビ様をここにお呼び立てしたのは〈炭守りドレ=ヴァローク〉の撃破に関するお話です。正直にお話しますと、トビ様による件のボス撃破は、わたくし共が全く想定していないものでした』

「ボス撃破が……? でも、クエストはメニーナが正規ルートで受けたものだと思いますけど……」

『ええ、その通りです。想定していなかったのはボス撃破それ自体ではなく、やり方です』


 ……やり方?

 それはつまり、俺が〈ノックスリリィ〉を接ぎ木(・・・)してしまったことだろうか。


 そんな俺の思考を読んだように、イヴは頷く。


『本来であれば、あのボスの最も容易な倒し方は「ボスエリアに花を植えること」でした』

「花を植える……?」

『はい。陽炎に隠された祠の前に花を植えることでエリア全体の夜の魔力が弱まり、ボスの攻撃が弱体化……ボスを倒した際には莫大な魔力が振り撒かれることで花が成長・増殖し、隧道内の各所にノックスリリィを恒常的に入手できる採取ポイントが発生(・・・・・・・・・)する予定でした』

「ああ、なるほど……だから植木鉢か」


 お供えなら、切り花や花束のほうが自然だよなぁ──とは思っていたんだ。あれは地面に植える前提だったのか。

 ただ、それって……


「もしかして……俺のせいで、採取ポイントが発生しなくなった……?」

『はい。ノックスリリィを恒常的に入手するためのルートがひとつ損なわれました。導入役のNPC〈ヴァローク婆〉も初撃破以降のクエスト導入は致しませんので、大部分のユーザーがノックスリリィというアイテムの存在そのものに気付けない──という状況が発生しつつあります』

「…………」


 どうしよう。

 あのアイテムは、世界観的にもかなり貴重な夜属性への対抗手段だ。他プレイヤーに申し訳ない。


『そこでご提案なのですが』

「は、はい……!」

『まず運営側としては、ノックスリリィというアイテムの存在をユーザーの皆様に通知したいと考えております。その上でトビ様には、ノックスリリィの生産をお願いできませんでしょうか』

「えっ、生産……?」


 イヴはぴくりとも動かない表情で頷く。


『スキル構成から技術的に可能だろうと判断してのお願いになりますが、実際にはトビ様は生産責任者という形になります』

「どういうこと……?」

『もしそちらで土地・施設のご用意をして頂ければ、あとは運営側から技術職のサポートNPC・販売窓口となるNPCを派遣し、半自動的にノックスリリィを生産・販売できる体制を整えます。当然、その売り上げもトビ様に入ります』

「ああ、ええと……まぁ土地と施設については、ちょうどアテが出来たタイミングだったというか……」

『おや、左様でしたか』

「ただこの話、俺に有利すぎません?」


 土地さえ用意したら、あとはNPCが勝手にノックスリリィを栽培・販売までしてくれる。しかも売り上げは大部分が俺の元に入ってくる──なんて、よく考えればとんでもない不労所得である。


『はい。ですがこれは、ノックスリリィの存在という情報的優位をトビ様から奪ってしまうことへのお詫び・補填のようなものと考えていただければ』

「はあ、なるほど」


 たしかに「他プレイヤーと如何に差をつけるか」を重視するプレイヤーからすれば、せっかく独占している情報をばら撒かれるのは痛手か。

 まぁ俺には全く関係ない話だ。今回の件は、俺にとってメリットでしかない。とはいえ……


「返事は友達と相談してからで。土地のアテっていうのも、友達が持ってきてくれた話なので」

『もちろんです。ではメインウィンドウからわたくし宛てにメッセージを送信できるよう手配しておきますので、そこからお返事を頂ければと存じます』

「はい、よろしく」


 ひとまず、この話はそういうふうに決着した。

 イヴが『さて──』と続けようとしたそのとき、俺の背後でその気配が蠢く。


「……っ! ど、どうしたメンデル……?」


 ぎゅう──と背後から抱きしめられ、みちみちと締まる肉の感覚。首筋を甘噛みしていた柔らかな唇から、ふう、と芳香に満ちた甘い吐息が吐き出される。


『……この場は切り上げましょうか。苛立っているようです』

「なんで……?」

『まったく分かりません』


 運営に分からなかったら誰が分かるんだ。


 だがそのとき──白い空間に、無数のツルが走った。

 地面、壁、空、縦や横の境もなく、灰色のツルがあちこちを走り、埋め尽くし、やがて黒い花々を咲かせる。


『…………!』

「め、メンデルさん……?」


 イヴの身体がツルの群れの中に消えていく。

 俺の視界もまた呑まれる。


 暗闇の中、ただ温かいメンデルの体温だけが俺を抱きしめて──



『おなかすいた』



 ──そんな声が聞こえたかと思えば、俺の五感は掻き消えた。




 *****


 

 第3章 - The Evening Duties


 監視レベル:高

 監視担当AI:イヴ

 感情指数検出:やや不機嫌

 

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― 新着の感想 ―
メンデルとメルルを可愛いと感じている俺は異常性癖かもしれない。
>「ボスエリアに花を植えること」 その解法に行き着くにはヒントが足りなさすぎるw
食欲を理解するAIってなにげに凄くね……?
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