021 - 仲直りは早いうちに
思い立ったが吉日。
スキルのことについて聞くために、俺はウーリに通話をかけた。フレンドシステムを介したゲーム内の通信機能だ。
『何? スキルスロットの増やし方?』
「ああ。それにスキルの新規取得の方法も知りたい」
さすがはゲーム廃人というべきか、ウーリはいつ見てもログインしているし、いつ通話をかけてもワンコールである。こういうときは頼もしい。
『どっちも経験値を消費すれば出来るよ〜? スロット増やすには規定のボス討伐数が必要なんだけど、そっちもトビくんは条件満たしてるはず』
「え、そうなの? どのメニュー?」
『普通のウィンドウメニューから飛べるはずだけど……ない?』
「ない」
ためしにウィンドウを開いて見ても、やはり見当たらない。ウーリは「ん〜」と少し悩み……
『じゃあトビくん、経験値がないのかもね』
と、言った。
「は? 経験値がない?」
『うん、たまにあるらしいんだよ。AI判断でスキルが生成・取得された場合、そのスキルを取るために本来必要だった経験値が借金状態になるんだって』
AI判断でスキルが生成・取得された場合……心当たりしかない。ひょっとしなくても〈魔花使い〉のことだ。
「それってどうしたら良いんだ……?」
『経験値を稼げばいいんだよ。トビくんの経験値は今マイナスだから、それをプラスにすれば良い! もうボス3体も倒してるんだから、すぐだと思うよ?』
「はぁ、なるほど……霊獣トロートでも周回するか……?」
『ん〜、どうだろ。ボスって2周目からは獲得経験値がすっごく落ちるんだよね。せっかくなら新しいボスを狙いにいくといいよ』
「せっかくならって……簡単に言うなよ」
もう王都を抜けちゃったんだから、ここは攻略最前線だぞ。
『トビくんならできるでしょ。ドレ=ヴァローク戦よりラクだと思うけどな』
まぁ……。
それはまぁ……そうなんだけど。
『……っていうか、なんか後ろがうるさくない? トビくん、今なにしてんの?』
「ああ、今は──戦ってる」
そう答えながら、俺は振り下ろされたカニのハサミを足先でガンッ! と弾き、隙を見せた顔面にツルの槍を突き刺した。
現在、戦闘中。
またも現れたカニの大群に、今度はヤツメウナギにも似た巨大な魚類型モンスターまでついてきている。
ぬめりのある蛇のような黒影に、口の中にびっしりと並ぶ環状の歯はなかなかにグロテスク。泥をまき散らしながら向かってくる、もう何度目かの突進を──網状に展開したツルのネットで受け止め、その顔面に殴打を叩き込む。
うん、良い手応え。
『トビくん……』
「なんだよ」
『お前、やっぱりちゃんとイカれてるよ』
…………。
ウーリの相変わらずの言葉遣いはスルーして、俺は敵を叩き潰して回った。
*****
まぁ結果として、ウーリの提案にはなんの反論も思い浮かばず。
「よし、仕方ないのでボス戦いきますか」
知らないうちにマイナスだったらしい経験値をプラスにするために、見事に言いくるめられた俺は「沈めの三叉洲」の封鎖ボスエリアを探すことにした。
幸い、このあたりの立地は俺にとっては都合が良い。
足場はあちこち浸水しているが、代わりに何本もの足を突き立てるようにして水上に浮かぶ木々──マングローブのような樹木があちこちにある。ツルを引っ掛け、木々を伝うように空中を高速で渡っていけば、陸を走るよりずっと速い。
こうしていれば大抵の敵はスルーできるが、中には──
「キシャアアアッ!」
「出たな、厄介ものめ」
──たとえば巨大ガニ。
何度か相手にしたカニの大群の親玉が、沼の中から顔を出す。
その口から勢いよく飛び出たのは水鉄砲だ。強烈な水圧をかけられ直線上に射出される水魔法が、恐ろしい命中精度で空中を狙う。これの対処は──
「──蓮の傘」
俺は、丸いスイレンの葉を盾のように展開し、水を弾いた。
これは接ぎ木によって取り込んだ「スイレン」の形態。腕にまとわせたメンデルのツルが、円盤状の巨大葉をいくつも展開する。
こいつは夜属性の装甲強化を灯せばそれなりの防御力になり、特に水属性を綺麗に弾くようだ。なかなか便利。
俺は先へと進む。
ツルを木の枝へと次々に引っ掛け、空中を駆けるように加速していく。親玉に倣うように無数の子ガニたちも顔を出すが、相手してやる必要もない。
西へ、西へ。
さらにマップの奥へ。
「くそっ! 何なんだよ次から次へと……!」
「足場が悪すぎるだろ!」
今度は、なにやらプレイヤーらしき話し声が聞こえてきた。
泥の爆ぜる音と金属音──戦闘中だ。音の方へと向かってみれば、少し先には巨大ヤツメウナギに苦戦しているプレイヤーたちの姿があった。
……あれ?
どこか見覚えのあるプレイヤーだ。
そう、たしか冒険者ギルドで絡んできた不良プレイヤーたち。プロ志望の生徒たちだとか、レッドバルーンが言ってたっけ。
すでに数人が泥に引きずり込まれ、残る者も水底からの奇襲に翻弄されている。
「仕方ない、助太刀しますか」
まぁ、そこまで迷惑かけられたわけでもないしな──とそっちへ向かう。
ツルを枝へ射出し、空中を滑空。そのまま角度を変え、ヤツメウナギの背後に着地すると同時に、撫で斬るように足先での蹴りを放つ。
「ブルルルルッ──!」
仰け反るようにして驚き、身体を震わせて咆哮するヤツメウナギ。
こいつの厄介なところは、表皮のぬめりが物理攻撃全般への強力な耐性になっている点だ。魔法を使えない俺の場合、夜の魔力を灯さなければまともなダメージが入らない。
と、そんなことを考えながら、前方で盾を構えるタンクと目が合う。
「な、なんだっ……誰だ!?」
「お前、たしかギルドで会った……?」
どうも。
手を振って応えながら、さて、そういうわけでこのウナギは全然油断できる相手ではないのだ。
反転してきた牙がこちらを狙う。
ツルの茨を樹皮に突き立て、それを収縮させて俺は横へと跳んだ。
グロテスクな吸盤牙が空を噛み──がら空きになった胴に、夜属性をまとわせた足先を叩き込む。
「ブルッ、ブルルルルッ──!?」
「すっ、すげえ……! あのデカブツに肉弾戦かよ……!」
「おい、ボケっとしてんな! 俺たちもやるぞ!」
おお、不良プレイヤーたちも意外とやる気。
「エンチャント・ウィンド! アンタも!」
「え? ああ、どうも!」
タンク、そしてその背後から複数名のアタッカーたちが突撃──武器には風魔力をまとっている。ついでに俺にも魔法をかけてくれたようで、足先の刃には風の渦が逆巻いた。
──武器の切断属性を強化する魔法か?
それに動きも軽くなったような気がする。移動速度へのバフだろうか。
「いいな、これは戦いやすい」
のたうち回るように反転して放たれるタックルをタンクが受け止め、その背後から突き刺さる剣に斧、そして後方からも火球が飛ぶ。
俺もまた、ツルの収縮を利用して高く飛び上がり、上空から斬りつけるようにして強化された暗器刃を脳天に叩き込んだ。
「ブルルルルッ──!」
「や、やべえ……! また泥の魔法が来る!」
今度はウナギの顎がぶくりと膨らんだかと思えば、なだれのように吐き出される泥の濁流。前方を押し流すと同時に足元を拘束する、性格の悪い魔法攻撃だ。
「大丈夫、俺が助ける」
俺はツルを走らせて前衛職たちの腰を巻き取り、引っ張るようにして寸前で救出。
同時に、口が大きく開いたならこれもチャンス──俺はプレイヤーたちと入れ替わるように跳び出て、泥を吐き出す口の前へ。杭のように変形・硬化させたツルを、さながらパイルバンカーのように口内へと叩き込んだ。
「ブビルルル゛ッ──!!??」
「ははっ、意味わかんねえ……! なんだよあの動き……!」
「なぁ、あの人ってひょっとして、例の隠しボスを倒したっていう──」
「ウナギ野郎が怯んでるぞ! いいから追撃だ!」
──プロ志望というだけあって、たしかに動きは良い。
怯んだ隙を見逃さず、背後からは剣士たちが斬りかかり、後方の魔法職は火球を浴びせる。
俺もまた、口内へと叩き込んだ杭を右腕から切り離し──杭をさらに深く撃ち込むように、その頭に思いっきり回し蹴りをキメる!
やがてヤツメウナギにの巨体は「びくんッ!」と大きく痙攣し、そしてぐらりと傾いた。
水面が大きく波を立て、泥の中へ沈んでいく。
決着である。
「さて、死体が消える前にスタミナ補給しないと……ああ、そうだ。プレイヤーさんたち、ボスエリアってどのへんにあるか、心当たりないですか?」
沈んでいく死体にツルを突き立てて栄養を吸い上げながら、俺は不良プレイヤーたちを見回した。彼らは肩をびくりと震わせながらも対応してくれる。
「え、このままボス行くんすか……!?」
「水の流れがやや南側に向かってるンで、俺らは西南西くらいの方向じゃねえかなって踏んでるっすけど……」
「ていうかそれ何してるんですか……? 怖っ……」
おお、なるほど。水の流れか。
そこまでしっかり見てなかったな。参考になる。
それと、ウーリやメニーナが自然と受け入れてくれてたから忘れていたが……やっぱり全身からツルを出して捕食吸収するこの絵、ちょっと怖いか。人前でやるときは気をつけよう。
まぁとにかく「ありがとう!」と俺は礼を言って、教えてもらった西南西の方向へと跳び出した。
「こ、こちらこそありがとうございました……!」
「お気をつけてーっ!」
そんな声を背後に送り出される。
不良プレイヤーたちは、思ったより気持ちの良いプレイヤーたちだったようだ。助太刀して良かった。
木々にツルを引っ掛けて、また空中を渡る旅。
最初はぱっと見で分からなかった水の流れが段々と速くなり、潮風の香りも強くなりつつある。
おそらく、すでに汽水域に差し掛かっているのだろう。木々が増え、深い森のような景色だが、足元は相変わらず暗い水面が広がる。
──そのとき、視界の奥に地形が開けた。
植物の密度が急に薄れ、代わりに重たい湿気が空気を満たし──俺は透明な帳を超えた。
ボスエリアだ。
俺はログを確認すると共に──音もなく水面から跳び出してきた巨体を躱す。
「──ぐぽぽッ! ぽぽッ!」
『封鎖型ボス〈雨降らしのメヌエラ〉が確認されました』
泥の底から現れたのは巨大な黒い軟体動物。
貝殻を持たない貝のような造形で、頭から生やした二本の触角が、うぞうぞと蠢いてあたりを探っている。
ナメクジ? ウミウシ?
いや、名前の通り──アメフラシだろうか。
〈雨降らしのメヌエラ〉が大口を開けて咆哮を上げたその瞬間──ボスエリアには雨が降りはじめた。




