020 - ハイファットエンジン
門をくぐると、視界が一気に開けた。
王都はとにかくデカかった。たしかにこれなら、何万人というプレイヤーが集っても収容しきれるだろうという、広大な都だ。なにせ王都内だけで24箇所もファストトラベル用のポイントが配置されているくらいである。
石造りの街並みは左右に広がり、中央通りには露店がひしめき合っている。NPCにくわえ、すでにプレイヤーの姿もある。遠くには広場の鐘楼が見える。
舗装された石畳を踏みしめながら、まず目指したのは役場だった。庭いじりのために、土地の価格を見にいくのだ。しかし受付で土地の購入手続きを確認すると、その相場を見て唖然とする。
「おお、高い……!」
見たことのない桁数だ。
土地を買うのと借りるのとでも大きく値段が変わるが、借りるだけでも今の手持ちでは全く足りない。
というのも……俺には今、売却できる手持ちアイテムがほとんどないのだ。
入手する食材系のアイテムはすべてエネルギー補給のために消費してしまうし、ドレ=ヴァロークの素材も「火薬」として使い勝手が良い……となると換金できるものは限られてくる。
「全部売っても……足りないか」
狼の毛皮やコウモリの翼など、いらないアイテムの相場を一通り確認してみたがダメそうだった。
仕方ないので撤退。お金を稼ぐ手段を考える。
役場をあとにして広場を横断し、今度は中央通り沿いを北へと歩いた。
次にやってきたのは、冒険者ギルドだ。
いわゆる「異世界ファンタジー」における冒険者ギルドと仕組みは同じ……クエストを受注し、報酬を受け取るための施設だ。金を稼ぐのにはちょうど良いだろう。
正面の扉は常に開かれており、中からは武具の音とざわめきが漏れている。掲示板には討伐依頼やクエスト情報が所狭しと貼り出されていた。
ぼうっとクエストボードを眺めていると、隣のグループから会話が聞こえてくる。
「チッ……そのフルルって女、まだ見つかんねえのかよ」
「ああ、それが本当に煙みたいなやつで……」
……フルル?
ついさっき聞いた名前だった。
「そろそろ王都に辿り着いていてもおかしくない頃だ。どうする?」
「そうだな……最初の街ならともかく、この広い王都に逃げ込まれれば、探すのは至難の業か……」
男たちはそんなことを言っている。
フルル、あいつ何をしたんだ。いや、プレイヤーキラーなんだから殺人に決まってるか。
彼らの見ている依頼書を覗き込むと、たしかにそれらしい依頼内容が書いてある。
目標は殺人者の討伐。
始まりの街でNPC・プレイヤーを含めた100人以上の被害。すでに別の街に移動している可能性が高い。
「100人……?」
さすがにやりすぎだろ──などと思ったその瞬間、俺の肩が掴まれた。
振り返れば、さっきまで隣で話していた男のひとりだ。
「おいアンタ。俺らの仕事になんか用か?」
「……はい?」
逆立つような金髪の男。
ぎろりとこちらを睨み、男たちは次々と言う。
「だから、この依頼書はアンタが見ても意味ねえっつってんの。フルルって女は俺たちのマトだ」
「こういうのは先に見つけたもん勝ちなんだよ。横入りはナシな?」
おお、すごい。
なんて分かりやすい不良プレイヤーなんだ──と俺は思った。こういう人種はそろそろ絶滅したと思っていた。
ギルドの中は妙な空気だった。
他のプレイヤーも、雰囲気の悪さを悟ってか静かに俺たちの方を意識している。
けれどそのとき──
背後の床を踏み鳴らすような重い靴音が近づいてきた。
「──なにしてんねん、お前ら」
ドスの利いた低い声だった。やってきたのは、縦にも横にも恰幅の良い、大柄な男だ。
分厚い前掛けと革鎧に身を包み、肩を揺らしながら歩くその姿はまるで戦車だ。皮膚の一部は粗く隆起し、鼻元には反り返った2本の獣牙が生える。
……イノシシの獣人? 珍しいチョイスだ。
そして男のツッコミに、不良プレイヤーたちの肩がびくりと跳ねる。
「ば、バルーンさん……!」
「いや、違うんすよ! こいつがフルルって女の依頼を……」
「なにがちゃうねん。他所様のせいにせんと、お前らがさっさと見つけりゃあいい話じゃろ」
巨大なイノシシ獣人──バルーンとか呼ばれた男の言葉に、不良プレイヤーたちは「ひい!」と再び肩を跳ね上げる。どうやら、彼がこいつらの親玉らしい。
「ほら、謝っとこう」
「す、すんませんっした!」
「すみませんしたーッ!」
「ああ、いや……俺は別に大丈夫なんで」
深々と頭を下げる男たち。面白いくらいの変わりようである。バルーンがしっしと手のひらで払えば、男たちはそのまま逃げ出すようにギルドの外に走っていった。
それにしても、バルーン、バルーンか。どこかで聞いたような名前だが──
「悪かったなぁ兄ちゃん。俺ァ "レッドバルーン" ……ハイファットエンジンっつうクランを率いとる」
「……は?」
待て待て、聞いたことあるどころじゃない。知り合いだ。
数年前──つまり競技プレイヤー時代に何度か顔を合わせたくらいの関係だが、ハイファットエンジンは国内有数の上位プロゲーマーチームである。
そのリーダー、レッドバルーンとは──すなわち、現代競技シーンにおける "大ボス" のひとり。
「ま、マジすか……」
「ん? なんや兄ちゃん、俺ンこと知っとる?」
「そりゃあ、まぁ……有名なんで」
「おお、そうかぁ。じゃったら余計に情けないとこ見せちまったのう」
大柄な身体とは反対に、しょも……と項垂れるような様子を見せるイノシシ獣人。
「さっきの人たちってクランの人ですか?」
「いいや、あれは……俺らァ、動画配信やら通話アプリやら使って、プロ志望の若い子らに競技のレクチャーなんぞをしとってのう」
「ああ、教え子さんですか」
バルーンは気まずそうに頷く。
「大勢おるんやけどな……どいつもこいつも攻略を手伝いたい言うから頼みごとしとんねん」
「それがさっきのクエスト?」
「おう、これな。見てみぃ、他と比べて報酬が安いじゃろ?」
太い指が差すのは、クエストボードに貼り付けられたさっきの討伐依頼。
まぁたしかに……よくよく計算してみれば、リスクに釣り合わない報酬額かもしれない。
「ちょいと前に、トビくんって昔の知り合いが、闇呼び隧道の "裏ルート" っちゅうのを開拓してのう」
「……!」
「そのきっかけになったのが "報酬のないクエスト" だったらしい。だったら他にも怪しいのがあるだろうっちゅう話で、報酬額の不自然なクエストを片っ端から試してもらっとるんよ」
……心当たりしかない話だ。
本来あのクエストを発見したのはメニーナだが、そのあたりはウーリが上手いこと伏せて話したのだろう。代表者はトビ──つまり俺ということになっている。
なるほど……そういう理由で彼らはクエストを漁っていたのか。たしかに言われてみれば不自然さはあるかもしれない。あるいはメンデルの一件のように、AIがプレイヤー情報を紐付けて特殊なクエストを生成することだってきっとある。
レッドバルーンは懐から紙切れを取り出し、ペンですらすらと何かを書き殴ると、俺に手渡した。
「まァ、なんや。迷惑かけたなァ兄ちゃん。これ、俺のフレンドコードやさかい、登録するかは兄ちゃんの自由やけど……もしまた機会がありゃあ、お詫びに何か手伝わせてくれや」
「え? ああ、どうも……」
俺が紙切れを受け取れば、「それじゃ」と言って彼は去っていった。
「……使うタイミング、来るかなぁ」
受け取った紙切れを指でくるくる回しながら、俺はしばしレッドバルーンの出ていったギルドの出口を見つめていた。まぁ、いいか──と、それをインベントリへとしまう。
あと、これも何かの縁だ。
俺はクエストボードから例の「殺人鬼の討伐」と、他に数件のモンスター討伐依頼を受注し、がらんどうになった冒険者ギルドを後にした。
*****
金が貯まるまではやることもないので、仕方なくマップに出ることにした。
プレイヤーは南側からゲームをスタートして王都に入ってくるわけだが、王都の周りには残る3方向にそれぞれ異なるマップが広がっている。俺が選んだのはその西側だった。
王都西門マップ「沈めの三叉洲」はいくつかの細い河川が次第に湿地帯へと合流していくマップだ。さらに先には海洋が広がっていることがプレイヤーの文献調査によって判明している。
未攻略マップであるため、時間は「夜」で固定。
川沿いではほとんどモンスターが出没せず、悠々と散策できる。
けれど道を下っていれば、次第に風の湿り気が濃くなって……やがては水気を含んだ黒泥や湿った苔、背高い葦原が足元を覆いはじめた。
「ここから先は湿原か」
川は緩やかに広がり、浅瀬と中洲を繰り返しながら蛇行している。歩くたびにぬかるんだ音を立て、ときおり深い沼地に足を取られそうになればツルを使って体勢を整える。
遠くからは、かすかに潮風の匂いがした。
「よし、採集していきますか」
──そもそも俺がこのマップを散策場所として選んだのは、植物を採取するためだった。
土地を買ったとて、思えば育てる植物の苗をそもそも持っていないことに気付いたのだ。こういった湿原などは、特に面白そうな植物が多そうではないか。
結果は予想通り、ここには見渡す限りに様々な形の植物が共生していた。
ランタンであたりを照らせば、水辺の両岸にはガマやミズゴケが密生──水面には浮草が群れをなして広がっているのが見える。その隙間からは、白や桃色のスイレンに似た花がぽつぽつと顔を出していた。
王都で買ったシャベルを使って、俺は根から植物をほじくり出し、片っ端からインベントリにしまっていく。どの植物がどんな効果を持っているか──なんてのは植えるときに確認すればいい。種類があればあるだけ、楽しいのだ。
「そういえば……メンデル、お前はこういう植物でも "接ぎ木" できるのかね」
独り言のように言う。当然、答えが返ってくることはない。
だが試してみるのは良いかもしれない。ひょっとすると、ドレ=ヴァロークのときのように面白い力が手に入ることだってある。
スキルを接ぎ木用の構築に入れ替え。
スイレン、それとミズゴケらしき植物を試してみる。俺は手のひらにずるりと這わせたメンデルのツルを2箇所、ナイフで傷つけた。そして採取した2種の植物を接着させる。
片や水生植物、片やコケ植物──どちらもメンデルとは全く異なる種類の植物だ。これが上手くいくなら、あとはどんな植物でも上手くいくような気がする。
だが、その瞬間──
「キッシャアアアア──ッ!」
「うおっ……びっくりした……!?」
──泥が爆ぜた。
対岸の茂みを割るように、勢いよく飛び出てきたのは黒く濡れた甲羅の群れ──カニだ!
1、2、3……待て待て、多いな。何匹いるんだ。
それも各個体が結構デカい。1mくらいはあるか? まぁいずれにしても──
「──ちょうど良い。接ぎ木のためのエネルギー補給だ」
無数のカニの群れに、俺は率先して襲いかかる。
戦闘用のスキル構成ではないが、夜の炎を灯せばある程度は戦えるだろう。
泡を吹き、ハサミを振りかざし、横一列に広がって突っ込んでくる群れ。しかしカニごときのハサミで断ち切れるほどメンデルのツルはやわではない。
自分の筋力を補強し前列を蹴りつけながら、同時に射出したツルでそのまま絡め取る。関節から体内へ侵入──内側を食い破ればさっさと次に行く。
爪先の刃を振り下ろしてハサミの付け根を切り落としながら、甲羅の下腹部には槍のように尖らせたツルを突き立てる。ぬるりと内側へ潜り込んだツルが、またエネルギーを一気に吸い上げた。
死骸を乗り越えて飛びかかる個体がハサミを振り下ろすが、内側へと潜り込んでカウンターの発剄。装甲がひしゃげ、割れた隙間へツルを侵入させる。
「数は多いけど……なんだ、意外といけちゃうな」
ドレ=ヴァロークがあまりに強かったせいで、それ以降のレベル感が麻痺しがちだ。
死にかけのカニを蹴り殺しながら空へ跳び上がり、頭上から群れを見下ろす。狙うは関節部──ちょうどよく乗り重なっているやつらを2体まとめて、落下と同時にツルの槍を突き立てる。
1体、また1体。
甲羅の継ぎ目を正確に穿ち、柔肉へとツルを刺し込んでは、力を奪う。
絡め取る。刺し殺す。叩き潰す。
吸い上げる。
数分後、湿地に残ったのは砕かれた甲羅と脚だけだった。
「難易度は問題なさそうだ……課題はやっぱりスタミナだな。これだけ吸ってもギリ赤字か」
あまりにも燃費が悪い。まぁ接ぎ木を同時に行っていたからという理由もあるが、それにしたって継戦能力のなさが致命的だ。
ちなみに……接ぎ木は多分、成功している。
「スタミナ問題はさすがにスキルで解決したいけど……あれ、そういえばスキルスロットってどうやって増やすんだっけ」
たしか、ウーリはスロットを6つに拡張していたはずだ。そのあたり、今のうちに聞いてしまおうか。
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