002 - プレデター・グリーン
「なぁ、俺って今どうなってる?」
「背中にいっぱい生えてる」
「何が生えてる?」
「葉っぱ」
…………。
気まずい沈黙が流れる。
このあたりを跋扈していたモンスターは粗方片付いた。
寄ってくる植物型のモンスターを俺たちで……というか主に俺が蹴散らした。
プレイヤーは……俺とウーリ以外は全滅。
このイベントではペナルティなしの死に戻りがいくらでも出来るらしいので、今頃みんな別の場所で蘇っているはずだ。
さて、本題。
友人ウーリ曰く、俺の背中には葉っぱが生えているらしい。
「あ、引っ込んだ。うはは!」
「え、引っ込んだ? 何が!? 怖い!」
「葉っぱだよ。全部引っ込んだよ、背中に」
俺の身体、そんなに愉快なことになってんの?
残念ながらこの場に鏡はない。
視点は一人称で固定だ。
ウーリはひとりでキャッキャとはしゃいでいるし、俺はただ自分の手のひらをぐーぱーして見つめる他になかった。
身体には、相変わらず妙な感覚がある。
筋繊維の隙間に異物が入り込んでいる感覚。それは身体を動かせば明瞭になる。
そしてウーリ曰く、背中に生えていた葉っぱが俺の体内へと引っ込んだという。ならば結論はひとつだ。
この寄生植物は、未だ俺の身体の中にいる。
モンスターを薙ぎ倒した異常な筋力も、俺ではなく寄生種の力だ。
「このゲームって、スキル以外で肉体能力を強化したりはできないんだっけ?」
「そうだよ、能力値なんてないからね。私は〈腕力強化〉と〈筋力強化〉もらってきた」
ウーリは答える。
スキルとは言うなればアバターの拡張機能だ。
ウーリが選んだ〈腕力強化〉ならアバターの腕力を集中して大きく強化する。〈筋力強化〉なら全身を満遍なく強化する。
他にも武器の威力を上げたり動きを補助したりする武術系スキルや、ファンタジーらしく魔術のスキルなんかもあったはずだ。
とにかく……
「俺は取ってないんだよな、肉体強化系スキル」
つまり、俺の運動能力は本来なら初期状態。
キックひとつでモンスターの巨体を吹き飛ばせるわけがない。
ためしに拳をグッと握る。
あまりにリアルなクオリティで、自分の筋肉が張り詰める感覚さえある。そして同時に……筋繊維と混ざり合った異物が、同じように収縮する。つまりこれは……
「き、筋繊維だ……」
俺に棲みついた寄生植物は、筋繊維と同じ挙動をすることで俺の肉体を増強しているようだ。
つまり……言うことを聞く、ということなのだろうか。
さっきウーリは、俺の中に植物が引っ込んだと言った。ならば俺の意志で、植物を自由に出し入れすることはできるのか?
俺は前方に腕を突き出し──
「あっ、出た」
──ずりゅんっ。
手のひらを突き破って飛び出た緑色のツル──茨めいたトゲまみれの触腕が、ミミズのようにビタビタとのたうち回っていた。
ぶはっと吹き出して笑い転げるウーリを背後に、俺は思う。
これ、なんらかのグリッチだろ。
*****
VR技術を応用したゲームがいくつも登場し、それが当たり前となった現代。
中でも〈 DAYBREAK. Magic of the Deep Night 〉は、待望の新作タイトルだった。
同社が同時期に販売をはじめた専用ハードウェアの購入が必須ということもあり、参入のハードルは決して低くなかったはず……にもかかわらず、すでに事前購入者は世界で200万人超え。
これ以上ない好調な滑り出しだ。
正式リリースは明日の0時。
その前日──つまり今日、事前購入者を対象としたレクリエーションイベントが開催された。
スキルを5つ──任意に選んだ2種とランダムな3種──を持った状態で挑むサバイバル。
死に戻りにペナルティを設けず、まずは何も気負わずアクションや探索を楽しんでもらう。
ついでにご褒美として、イベント中に成長したスキルや、新たに手に入れたスキル、アイテムなどは明日からの本サービスに引き継げる。そういう「事前購入者特典」的な趣旨のイベントだった。
そんなイベントの結果を、男たちは解析していた。
無数のディスプレイが並び、疲れきった様子のスタッフたちが忙しなく出入りする大会場。
そこかしこにガジェットが転がり、お世辞にも綺麗とは言えない。
ここにいる者は皆〈 DAYBREAK. Magic of the Deep Night 〉の開発や運営に携わる社員たちだった。
「やっぱりβ参加のテスターたちは状況の見極めが上手いですね」
「ああ。仕様変更はいくつもあったはずなのに、よく動けてる。慣れってのは大事なんだなぁ」
彼らが解析するのは各プレイヤー視点の映像ログだ。
イベントが終わった傍から、好成績を残したプレイヤーを優先して解析している。
本リリース直前の大仕事。
開発陣の生活サイクルは今日で3徹目に突入していたが、ログを確認する彼らの瞳は少年のように輝いていた。
「工夫次第で倒せる敵もいれば、今の時点では逃げないといけない敵もいる……そういうゲームだと今回で分かって貰わないとな」
「経験者から初心者へのレクチャーもいい感じですね! とてもスムーズでした!」
「ええ、レクチャーで入る経験値を多めに設定した甲斐がありました」
死亡回数が少なく戦績が良いのは、やはりテストプレイに参加したテスターたち。
一方で、初心者の戦績も決して見劣りしない。
そもそも今回のイベントには、テスターと初心者の経験差をリリース前に少しでも埋めるという目的がある。
そのため、初心者はモンスターの撃破によって多くの経験値が得られる一方、テスターの場合はバトルによって得られる経験値を低めに設定……それよりも初心者へのレクチャーやサポートによって経験値を多く得られる構造になっていた。
この目論見は、概ね上手くいった。
今回、他にイレギュラーがあるとすれば──
「そりゃあ100万人も集めれば、金の卵のひとつやふたつ見つかるもんだ」
──開発陣・運営陣の目に止まった "金の卵" たちの視点映像。
あちこちのディスプレイで同時再生されている。
「彼は?」
「12時間のイベント期間をすべて費やし、本イベント最強クラスの徘徊型ボスを殴り殺した」
「自動回復つけてたんだけどなぁ……まさかモンスター側のMPが枯れるまで殴り続けるとは」
「こっちは要塞を作って籠城戦をしたやつらがいる。右も左も分からんはずの初心者共が、いきなりこんなものを作り上げるとは……」
「おお、見事に罠だらけですね。これは並のモンスターじゃ突破できない」
「おい、仲間のプレイヤーが引っかかって死んだぞ!」
「ま、まぁ手探りだろうからな……そういうこともある」
「例のプレイヤーキラーは?」
「ああ、彼女は……本人も21デスとそこそこ死んでるが、代わりに200近くのプレイヤーをキルしてる。ちなみにモンスター相手は0キル」
「PKで得られる経験値なんて、雀の涙ほどに設定したはずなんですけどね……」
「趣味なんだろ。たしかにリターンは薄いが、システム上可能ってことはやっていいって意味だ」
そして──極めつけはコイツだ。
全員の視線が、中央のディスプレイに集まる。
徘徊型ボス〈プレデター・グリーン〉。
寄生植物型のモンスター。
プレイヤーの身体を苗床として配下のモンスターを生み出す、本イベントにおける逃げるべき敵の1種。
イベントマップ南西部の亜熱帯森林に配置されたこの徘徊型ボスは、ランダム転送されてきたプレイヤーたちを想定通りに蹂躙した。
しかし、イレギュラーが現れたのはそのときだ。
転送されたプレイヤーのひとり、プレイヤーネームは「トビ」。
種を植え付けようと侵入したプレデター・グリーンの寄生分体は、なぜかトビの体内でぴたりと動きを止め、気付けば飼い慣らされていたのだ。
プレイヤーの方も、想定外の順応力でプレデター・グリーンを一瞬で使いこなし、周囲の敵を一掃している。
「どんなスキル構成ならこんなことが起こるんだ……?」
「ええと、彼の初期ビルドは……」
「選択スキルが〈園芸〉〈庭師〉……ランダム配布は〈異常耐性〉〈支配耐性〉〈滋養強壮〉ですね」
「肉体強化も武術も魔法もナシ!?」
「いや、それ以前に〈園芸〉と〈庭師〉って。アクション体験メインのイベントって告知したはずなんですけど……」
どちらも戦闘にはまるで役立たないスキルだ。
〈園芸〉は植物の育成や土地の調整を、〈庭師〉は植物の剪定や再配置をそれぞれサポートするスキル。今回のイベントで持ち込んだプレイヤーはトビ以外にいない。しかし──
「──これがプレデター・グリーンに対して奇跡的な噛み合いを果たした、と」
「〈園芸〉による植物カテゴリへの親和性、干渉力の底上げ……さらに〈庭師〉によって植物の形状操作権限を持っていた」
「ランダム配布が耐性2種ってのも悪運だよなぁ」
「ああ。〈異常耐性〉〈支配耐性〉による二重の耐性で寄生に抵抗した。無論、それだけで完封できるほど生温いボスではないが……」
「そこでスキル〈滋養強壮〉──常に高エネルギー状態を維持してスタミナを底上げし、飢餓状態に耐性。プレイヤーにとってはただの持久力強化ですが、モンスターからすれば彼は栄養分の塊です」
「つまりプレデター・グリーンに搭載されたAIが、こいつは使い捨ての苗床にするより共生した方がお得だと──そう判断したわけだ」
信じ難いことだが──
目の前のディスプレイには、ボスとの共生に成功した件のプレイヤーが森の中を駆け回り、雑魚モンスターたちを蹴散らす様子が映っている。
筋繊維を補強するだけではない。
身体から生やしたツルを利用して高所に登ったり、モンスターの四肢を巻き取ったり……1時間もしないうちに、彼はプレデター・グリーンを使いこなしていた。
「プログラムの余白をAIに任せた自由な拡張性……売り文句に間違いはなかったが、まさか今の段階からイレギュラーが発生するとは」
「ま、まぁまぁ。いいじゃないですか。他プレイヤーでも、同じスキルと状況を再現すれば後追いは可能なわけですし……」
「これと同じ状況なんて二度と再現されるかねぇ」
「彼とバディ行動してる女の子はどうですか?」
「プレイヤーネームはウーリ……こっちの子も上手いねえ。判断が良い! 自分が足手まといだとわかった途端サポートと索敵に回った」
「武器はメイス、スキルも肉体強化系メイン……本来は殴り型ですかね」
「いや、スタート時に武器選択をしていない。スキルの半分以上がランダムになる本イベントの仕様上、武器もランダムでいいってことなんだろう。自信に満ちた姿勢だ」
「明日からは全く違うビルドで活躍してくれるかもしれませんね」
「トビくんの今のスキル構成はどうなってるんだ?」
「すでに〈魔花使い〉が自動取得されていますね」
「マジかよ! テイムが! 次のアップデートまで温めておく予定だったのに……!」
「しかも〈魔物使い〉じゃなくて〈魔花使い〉ですか。1ステップ丸ごとすっ飛ばして、いきなり植物型モンスターに特化とは……」
「ただの〈魔物使い〉じゃあボス個体を格納するには容量が足りねえよ。プレデター・グリーンの格に合わせてスキルの方が背伸びをしたって形になるが……経験値的には借金だな」
未だディスプレイ上でリプレイされる、金の卵たちの映像ログ。
今夜4徹目に突入するエンジニアたちの会議は、もうしばらく続いた。
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