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019 - 殺人鬼は恋をしている


 メンデルの "花装束" を全身に纏い、そのまま地を蹴った。


 一瞬で間合いを詰め、盾を構えたアンデッド兵の脇へ滑り込む。そのまま踏み込みざま、回し蹴りで首を砕いた。

 良い手応えだが、まだ倒れはしないか。


「えっ!?」

「な、何……!? 誰!?」


 臨時のチームメイトたちは、悪いけど無視。

 背中の騎士たちも意外と硬いことが分かったので、もう少しギアを上げよう。


「火を灯せ、ドレ=ヴァローク(・・・・・・・・)


 瞬間、藍色の炎が灯る。

 さながら夜空のような、藍と黒の魔力──それは全身のツルを伝い、身体に染み渡った。

 死者の名に(・・・・・)命ずることで(・・・・・・)、暗き夜の炎を灯すことができる──すなわちそれは、ランタンを起動するためのキーワードである。


 盾兵の首にツルをくくりつけ、そのまま霊獣トロートの背を蹴って高く跳躍。共に引っ張り上げた盾兵を、ツルを回転させてぶんぶんと振り回し──トロートへと叩きつける!


「フゥ、ッオオオオ──ッ!?」


 遠心力と加速によって威力を増した盾兵は、トロートの頭に見事激突。盾兵は砕け散って霧に消える。


 一方、仰け反ったトロートも負けじと枝角を振る。

 俺がツルを後方の木々に突き刺し、そのまま後方へ飛び退いた次の瞬間──角の周囲から無数の魔力弾が浮き上がり、そして飛散する。厄介そうな広範囲攻撃だ。


 ツルをさらに高い枝へと射出し、空中で反転。

 範囲攻撃が散ったタイミングで背後へと回り込み、鉄刃の仕込まれた爪先でその首を撫で斬る。深い手応えだ。そして──


「い、今だ! 仕掛けよう!」


 ──ナイス適応力!

 困惑しながらも、チームメイトたちが攻撃を畳み掛ける。メイスが叩き込まれ、短剣が突き刺さる。カラフルな魔法が飛び交う。


 トロートのカウンターは盾職がしっかりと受け止めきった。生じた隙は、再び上空から蹴りと斬撃を叩き込む。


 ダメージに仰け反ったトロートは──そのまま地を蹴るようにして走り出した。


「あ、暴れが来ます……!」

「オーケー! 退避していい!」

「分かりました!」


 最後に大ダメージを入れたからか、ヘイトは俺。そのまま空中に跳び上がって突進を受け流し、騎兵2体の首にツルを引っ掛ける。


 爆走するトロートに、首吊り状態で置いていかれるアンデッド兵が2体。兵隊を吊るしたツルを木の枝にくくりつけて身体から分離し、このままタイマンへと持ち込む。


 身体を反転させ、再び迫る霊獣トロート。

 

「さぁ、殴り合おう」


 応えるように、トロートは咆哮する。

 枝角の光を読み、魔力弾を躱すように地を這い、ツルを射出して空を走る。


 すれ違いざまに足先で撫で斬り。

 そして枝角にツルを引っ掛け、反動を利用してさらに蹴りを叩き込む!


「フゥオオオオオオ──ッ!」


 当然、敵もやられてばかりではない。

 巨大な頭をぶんと振りかぶられれば、俺の身体はどうしたって吹き飛ぶ。


 踏み込んでは角を避け、潜っては打撃を打ち込み、突き飛ばされてはツルで体勢を立て直し──その応酬が何度も繰り返された。


 数秒ごとに主導権を奪い合い、攻防はもはや呼吸に等しい。枝角全体が発光し、魔法の弾幕が放射される。すべてを躱し、ときにはチームメイトからの援護射撃が良い仕事をすることもある。


 もうすぐ180秒が経過する。

 ランタンに灯した夜の炎が消える前に──これが最後の一撃。


 ツルの収縮を利用した加速と、暴れ狂う霊獣の突進──互いのすれ違いざまに、置くように仕込んだ足先の刃が、トロートの首を掻っ切った。


『〈霊獣トロート〉を撃破しました』


 システムログを確認。良いゲームだった。




 *****



 ボスは倒れ、案外あっけなく王都への道が開いた。

 かなり好き勝手やってしまったが良かっただろうか、と皆を振り返って──


 ──あれ? と疑問に思う。


 チームメイトたちが消えていた。ひとりを除いてだ。

 たったひとり、ぽつんと残された短剣使いの女の子だけが、戦闘が終わったことを確認するとぱたぱたと寄ってくる。


「す、すごい! すごかったです……今の!」

「あ、うん……ありがとう。もしかして他の人たち、ボスの範囲攻撃に巻き込まれちゃった?」


 最後の方は、皆のことを気にする余裕がなくて──という俺の言葉を、しかし短剣使いは無視して続ける。


「あのう……ボク、フルルっていいます! お兄さん、トビくんですよね……?」

「えっ。ああ、そうだけど……」

「やっぱり! ボク、トビくんのこと知ってます!」


 元気だ。しかもボクっ娘だ。

 それにしても、さすがにあれだけツルを使って飛び回れば、映像も出回っているわけだし名前がバレるのは当然か。


「かっこいいですよねえ……4年前の〈 SSES Japan Series 〉の一般枠予選、ナイフ縛りで突破して本戦まで喰らいついてたの今でも覚えてます……! そのときはボク、小学生だったんですケド……へへ……」


 違う、マジの方だった。

 この子、マジの古参フォロワーだ。


 そもそも4年前に小学生って……この子いくつだ? 中学生、いや高校生か?


 おでこのあたりで綺麗に切り揃えられたぱっつん前髪に、きゅっと吊り上がった猫目がウキウキとこっちを見上げている。


「ボク、PvPはトビくんを見て勉強しました! だからトビくん、ボクと──」


 あ、まずい──と感じたのは視線だった。

 よく知っている空気だ。空気が変わる。


 反射的に一歩後退した、その瞬間──俺の首元を、ナイフの軌道が横切った。


「──ボクとヤろーよ、トビくん」

「こいつ、プレイヤーキラーかよ……!」


 首の皮一枚が裂けた感触、ギリギリだ。

 プレイヤーキラー……つまりプレイヤーを殺すプレイヤー。さては他の6人、皆殺し(・・・)にしやがったな。


 小手調べのつもりで、俺は手首からツルを射出し──


「あっ、それダメです」


 ──ツルは切り落とされた。

 射出から数フレームもしない一瞬で、手首から伸びたツルの根元に、ぬらりとナイフが滑った。


「……!? 待て待て、反応速度が若すぎるだろ!」

「それ褒めですか? 嬉しいですねえ……ところでナイフは使わないんですか。ボク、トビくんのナイフ見たいなぁ」

「持ってねえよナイフは!」

「嘘ですよう。だって映像ログで見ましたもん。ナイフで接ぎ木(・・・)してましたよね。性能差が気になるなら、ボクのナイフと交換でもイイですよ?」


 ……まずい。戦況はさておいても、この女がそもそもまずい。どこからどう見たって役満な地雷女(・・・)だ。


 ちなみに戦況の方も、すでに外付けのエネルギーは枯渇間近で、ボスからもエネルギーを回収できていない。あれ? どっちもまずくない?


「ああ、もう、やってられねえ……!」

「あっ……ちょっと、なんで逃げるんですかぁ!」


 腰から背後へツルを射出──そのまま後退するように宙を舞う。ツルを走らせ、跳び進む。


 しかし、それでもフルルは追ってきた。


 ダンッ! と強烈な音を鳴らして木々を蹴り、壁ジャンプを繰り返すような妙な挙動で、少女は跳弾のように迫り来る。

 ただ脚力を強化しているだけじゃない──ツルの軌道や角度から俺の落下地点を先読みしているような、最短ルートの予測。


 まるで俺の動きを、隅々まで研究して焼き直したような──


「トビくん! ファンサ! ファンサくださーいっ!」

「しつこい!」


 ──空中で、刃と拳が交錯する。

 ナイフの軌道をツルで逸らし、振り抜いた鉄の足先で手首をガンと弾く。


 だがフルルもまた、返す刃でツルの付け根を裂き、そのまま首を狙うように切り上げた。


「うおっ……!?」


 咄嗟に仰け反り、躱す。

 切っ先が首元を掠める。


「あっぶねえ……!」

「わあ、避けられた! まったく、それでボクに若いとか言えた義理ですか」


 よく喋る女だ。だがこちらに余裕はない。

 彼女は強い、間違いなく。その上で、スタミナのリミットが刻一刻と迫っているというのが一番まずい。


 俺が斜めに旋回すれば、フルルはそのツルの収束先に先回りし、跳べばその落下点に滑り込む。ぬるりとしたナイフの軌道を靴底で弾き、跳躍してまた離脱する。


 いずれのアクションも、未だ距離を大きく離すきっかけにはならない。こうなれば──


「仕方ねえなぁ……相手してやるよ」

「わあ、トビくん! 大好き! 欲情しそう!」

「するな未成年!」

「ホテル代出しますから!」

「出すな! 生々しいんだよ!」


 木立の影を抜け、地面を抉って着地した俺に対し、フルルは上空から斜めに襲いかかってくる。

 俺はインベントリからナイフを取り出し──防御の姿勢で構えた。


「……! ナイフ……!」


 目を輝かせて刺し合いに乗ってくるフルル。

 だろうと思った。フルルは思いっきり自分のナイフを振り抜き──瞬間、フルルの身体は黒い煙(・・・)に包まれた。


「へっ?」


 フルルが切り裂いたのは「袋」だ。

 俺が握るナイフのすぐ手前、空中に出現した麻袋──これは俺がインベントリから出現させたモンスター素材「ドレ=ヴァロークの炭塵(・・)」である。


 切り裂かれた袋から、煙のように噴き出し、あたりを舞う黒炭の粉(・・・・)

 俺はそこに、窓を開けたランタンの火をかざした。


「悪いな、遊びはまた今度だ」

「えっ、ちょっ、待っ──」


 ──引火。


 まばゆい閃光と、鈍い破裂音が轟いた。

 粉塵爆発。特に石炭の粒子によって発生する引火現象は「炭塵爆発」とも呼ばれ、炭鉱夫たちから恐れられるという。


 森の一角が爆ぜるように閃き、爆風が枯れ枝と砂煙を巻き上げる。視界と聴覚がぐらりと揺れ、枝々が火花を散らしながら軋む。

 「ぎゃんっ!?」というフルルの妙な悲鳴もまた、爆発の中に巻き込まれて遠のいた。


 後ろは今度こそ振り返らなかった。

 爆発と煙に紛れるようにして、俺は王都方向へと駆け抜けた。




 *****


 

 第2章 - Lover and Murderer

 

 現在地:王都ハイルロンド南門前

 栄養状態:枯渇寸前

 パーティ被害:6名死亡


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据え膳食わぬはナントカの恥…!
ガチ恋勢PKえぐすぎぃ
ボスクリア直前まではPK弁えられるくらいの良識…良識かこれ?を備えているのが逆に厄介なヤーツ ガチ恋というか信仰というかもあるけどそれが殺意に直結してるのが近寄りたくないすぎる… なおウーリは遠目で爆…
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