018 - 霊獣トロート
あれから2日。
何をしていたかと言えば、リアル予定や大学の課題を片付けてきたり、スキマ時間で適当な素材集めをしてみたり。
まだ新しいマップには行っていない。
洞窟の隠しボスを倒したとはいえ、正規ルートのボスを倒していないので先には進めない……と思いきや、実はあの隠しボスエリアから次のマップに進めることは確認済みなので、停滞の理由は単にまとまった時間が取れなかったというだけだ。
だから素材集めというのは、主に洞窟での鉄鉱石集めである。ここしばらくの間、俺は「鉄が足りない」と嘆く鍛冶師ビルマーの棲家に通い詰めていたのだ。
「これだけあれば、試作も含めて鉄足ります?」
「いやあ、それはもう……! なんだって作れますよ!」
「それは頼もしい」
色んなギミックを搭載しようとするほど、試作にもコストがかかる。だからスキマ時間で集めた大量の鉄は、すべて預けた。ビルマーは興奮気味だ。
「防具の方はもう少し時間がかかるんですが……靴と、頼まれていた例のアイテムの方は、先にお渡ししますね!」
「えっ、もう出来たんですか?」
インベントリを開き、受け取ったアイテムを確認する。
まずは靴。これは防具というより武器だ。
今までも使っていたレッドキャップの長靴を原型に、整形と蹴撃強化の調整を加えたもの。外見は黒いレザー製に変わっているが、かかと、爪先、靴底にはそれぞれ重い鉄が仕込まれ、爪先には切断属性もついている。
そしてもうひとつ──例のアイテムというのが、これだ。
Item:ドレ=ヴァロークの灯火
Rarity:オリジナル
ドレ=ヴァロークの炭を利用した携帯用ランタン。
彼の炭は決して燃え尽きず、燃料の補給も必要としない。
平時はオレンジ色の赤熱を呈するが、死者の名に命ずることで、暗き夜の炎を灯すこともできる。
点灯180秒/クールタイム180秒
要するに、時間制限つきで "夜の魔力" を生成することのできるアイテムだ。
この魔力と炎は空中で霧散してしまうため、本来なら使用者にとって何の益にもならない。ただし俺の場合は、生まれた魔力をメンデルに喰わせることで、これを夜属性の自己強化バフに変換することができる。
「現在、夜炎のトリガーには "黒狼の魔眼" を利用していますが、これは他の夜属性媒体でも代用可能です。進行度に応じてレアリティの高い素材に入れ替えていけば、持続時間強化やクールタイム短縮が進み、やがては常時発動も可能になるかと」
「了解。使えそうな素材を見つけたら持ってきます」
このアイテムのレアリティはオリジナル……これはゲームシステムによるアシストを無視し、プレイヤー本人の発想と技術だけで設計された独自のアイテムという意味らしい。これをたった1日で作ってしまうのだから大したものだ。
俺は受け取った暗器靴を装備し、ランタンを腰のベルトに吊り下げた。さて、次の冒険に行こうか。
*****
炭鉱から続く次なるマップは「王の狩猟林」だ。
かつて王家が狩猟用に整備していた森という設定で、世界が夜に呑まれたことで人の手が届かなくなり、モンスターが住み着くようになったとか。
前マップから引き続きレッドキャップが生息していることに加え、他にはイノシシ型、シカ型のモンスター、夜になれば王国軍の成れの果て──アンデッドも出没する。
「とはいえ、昼間はかなり楽だなぁ」
襲ってくるモンスターをあしらいながら、俺は鬱蒼とした森の中を進む。
レッドキャップも知っている敵だし、他のモンスターの動きも単調……あのイカれた隠しボスをたった3人で乗り越えてしまったおかげで、あまりにもモーションがわかりやすく感じる。
倒したイノシシ型にツルを突き刺し、エネルギーを補給。鉄鉱石の礼として、ビルマーさんからは大量の生肉を頂いてもいるので、合わせてエネルギー源は潤沢だ。
一方、メンデルの様子はといえば、かなり変わってしまった。
元々は綺麗な緑色をしていたツルと葉が、あの供え花を取り込んだことで、今では色褪せた灰色。まばらに咲く花々は漆黒だ。ツルにも葉にも花にも、全面に細い黄金色の脈が走り、淡く発光している。
「接ぎ木っていうか……これはもう、突然変異か?」
まぁ、元気なら良しとするか。
さて、現在俺が王都を目指している理由は、早いところ生産がしてみたいからだ。
要するに庭いじりである。
あの植物栽培系のスキル群を、未だメンデルの接ぎ木以外に使っていないのはいただけない。
一方で、土地を借りたり買ったりするなら、どうせならば王都が良い。色々アクセスがしやすそうだし、そもそも拠点の購入も王都到達後のコンテンツである。そういうわけで、俺は今、王都を目指して駆け抜け中だ。
フックショットを次々射出。
茨を木々に引っ掛け、空中を渡っていく。走るよりこっちのほうが速い。
遭遇したモンスターはスルーするか、位置が良ければ首にツルを引っ掛け、首吊りにしてエネルギーに変換していった。
「よし、メンデル。目的地だ。あっという間だったな」
ゴールから少し手前の地点で着地し、腰に吊り下げたランタンを俺は手のひらで確かめる。夜の炎はまだ灯していないが、ここからは役に立つだろう。
そう、ボス戦である。
攻略前線には興味はないが、目的があるのなら急いだっていい。つい最近まで攻略組が苦戦していたという、王都前の封鎖ボスだ。
ボスエリアを区切るあの透けた帳に、俺は近付いた。
そのとき、ボスエリア前で群がるプレイヤーのグループが俺の目に入った。
「あ、そこのプレイヤーさん! よかったら一緒にどうですか?」
声をかけてきたのは金髪の青年だった。
「俺ですか?」と尋ね返せば、青年は頷く。
他にも男性が5人、女性が2人の、青年と合わせて計7人のグループだ。たしかボスに同時挑戦できる人数の限界が8人だったはずなので……野良募集ということだろうか。
「いいですけど、俺あんまりボスのこと調べてないですよ」
「ああ、全然大丈夫です! 僕たちもチャレンジのつもりで来たくらいのノリなので……メンバーも全員野良ですし」
なんだ、そうなのか。仲良さげにしているから、てっきり固定パーティかと思った。
改めて様子を見ると、たしかにその距離感は、若干浮ついた感じ……というか、こういうアクションゲームはどうしても女性が少なくなるので、男性から女性へのアプローチが強引になりがちだ。
2名いる女の子の片方──頭の上に猫耳を生やした黒髪の女の子が、男性プレイヤーに取り囲まれながら、困ったように俺を見た。
たしかに綺麗なアバターだ。あれはモテる。
「……まぁいいか。分かりました、じゃあさっそく行きましょう」
「本当ですか! 良かった!」
少し迷ったが、メンデルのことを隠す必要も特にない。それよりここで俺がスルーしたら、代わりのもう1人が捕まるまで、あの女の子はまた居心地の悪そうな思いをするだろう。
パーティ申請を承認して、俺たちは帳を潜った。
*****
王の狩猟林の封鎖ボス〈霊獣トロート〉──それはアンデッド化した大鹿だ。
腐り落ちた肉体に、魔法の触媒となる白亜の枝角。背中には王国兵のアンデッドを3体乗せており、全方位に対して弓・斧槍・盾という3種の対応札を持つ。
とはいえ初見での対応も楽しみたかったので、下調べはざっくり。時間も昼間だし、何とかなるだろう。
「魔法職の人はバフを! 近接武器持ちは念のため、常に僕の隣で行動してください! 庇えます!」
声をかけてきた青年は盾職だったようだ。近距離持ちと連携してヘイトを管理しつつ、攻撃を耐えるのが彼の仕事。
彼の合図で、メンバーたちはぎこちないなりに一斉に動き出す。
「フォオオオオオ──ッ!」
霊獣トロートは笛のような咆哮を上げ、背中のアンデッドたちが騎士鎧をガチャガチャと揺らす。
前衛2名がタンクの周囲から離れないように配置を取り、魔法職3人は距離をとって詠唱を開始。残る1人の弓使いは、トロートの頭を狙って矢を撃ち込んでいた。
しかし、トロートは蹄を打ち鳴らす。地面が震えた直後、枝角の一部が白く発光し、さながらオーロラのような魔力の帯を形成した。矢は魔力帯に弾かれる。
同時にカウンター。背中の弓兵アンデッドが、返しの矢を放ってくる。
「"来い!"」
タンクの青年が叫んだ。
矢の軌道がねじ曲がり、タンクは盾を掲げてそれを受け止める。盾職用の攻撃誘導のスキルか何かだろう。
その隙に、前衛2枚──メイス使いの青年と短剣使いの少女が、片や脚部を殴りつけ、片や短剣使いの方はトロートの首に飛び乗って急所を切り裂く。
「おお、上手いな」
短剣使いの子は、さっきの黒髪の女の子か。動きにキレがある。俺もまた、便乗するように頭部へと蹴りを放った。
だがいずれの攻撃も皮一枚を裂くだけで止まり、返すようにトロートが首と角を振るう。短剣使いの少女は「うわあっ!」と振り落とされ、メイス使いは王国兵の斧槍薙ぎによって弾き飛ばされている。
詠唱を終わらせた魔法職が一斉に攻撃魔法を放つ。火球、光槍、雷撃。いずれも命中はしているが、腐敗した肉に焼き焦げが加わる程度。決定打には程遠い。
一方、トロートが再び地面を踏み鳴らすと、今度は脚元から白い瘴気が吹き上がり──その瞬間、次の魔法を準備していた魔法職の手元が爆発した。
詠唱途中の魔法阻害と……強制暴発か?
発生も早く、なかなかえげつない。
全体としては押され気味だろうか。
「これは……ちゃんとやらないと、余裕で負けるかな」
リードしてもらえるならリードしてもらうつもりだったが、この感じなら手加減なしで戦った方が良さそうだ。
ボスの圧にやられて前衛が後退させられる中、俺は一歩前へと踏み出す。
「さあ、メンデル。行こうか」
灰色のツルが走る。それは地面を這い、俺の足元から腰、胸、肩、腕へと巻き上がり、筋肉の外郭に沿って編み込まれていく。
黒花が咲き乱れる。花弁は密集して束を成し、肩から上をもこもこと覆い尽くした。
この前はメンデルに任せた結果、自動的にこの形態になったけど……意外と視界が悪くないんだよなぁ、これ。何なら裸眼よりはっきりと見えることもある。一体どういう仕組みなのやら。
まぁとにかく──俺は地を蹴った。