016 - 接ぎ木の花装束/エピローグ
接ぎ木に成功したことで得たものは、夜の魔力への耐性──だけではなかった。
喰らい、取り込む力だ。花が喰らった魔力が、そのままメンデルの自己強化に繋がっている。
たしか森のボスオオカミが、魔眼による「装甲強化」「肉体強化」というシンプルな自己バフを使っていたような覚えがあるが……おそらくメンデルが得た力もそれとほぼ同じだ。
「装甲強化」によって繊維は鉄製ワイヤーのような強度を手に入れ、同時に「肉体強化」によって収縮力を高めたメンデルは代用筋繊維としての性能を大きく増した。
だから、外側から纏うのが強いのだ。
鎧防具としての機能と、パワードスーツとしての機能。これを両立できる。もちろん燃費は悪いままだが、ウーリの肉体を丸ごとひとつ捕食したことで、そして「夜の魔力」と「石炭灰」がまだまだ豊富に溢れているこのボスエリア内だからこそ出来る芸当だ。
気配を感じ、振り抜いた肘打ちが巨大な頭蓋を吹き飛ばす。
「さて、まぁ燃費が悪いって問題自体は解決してないからな……」
だから、さっさと決着をつけよう。
仰け反る頭蓋蜘蛛に、地を蹴って真正面から敵の懐へ踏み込む。
いくつもの蜘蛛脚がこちらを迎え撃つように跳ね上がり、刃のような弧を描いて振り下ろされるが──
──弾く、弾く、弾く、弾く!
タイミングをずらして畳み掛ける4連撃をいずれも手の甲で弾き、のけぞった身体にカウンターの殴打──剥き出しのコアに、思いっきり打撃を叩き込む。
「────!!!!」
「はは、効いてるな……それに、こっちはあまり痛くない」
コアは常に燃えているわけだから、殴りかかればこちらにも多少のダメージがある。
けれど多少だ。メニーナがくれた自己回復の圏内に収まっている。
これは仮説だが……
この炎には「属性の振り分け」があるのだろう。
ただの炎と、夜の炎。
第一形態はただの炎が8割以上を占めていたからメンデルと俺には効果抜群だったが──おそらく第二形態では、その配分が逆転している。
だからこの結果だ。2割を占める純炎ダメージはカットできずに喰らうが、8割を占める夜の炎に対しては耐性・吸収能力を得ている。結果、喰らうダメージが大幅に落ちている。
ボスが頭部を振り、下方へ向けて魔力を収束し始める。
青黒い光が口腔部に渦を巻く。
俺は一歩だけ、後方へ跳躍した。逃げたわけじゃない。
着地と同時に、前傾姿勢から一気に踏み込み直す──助走のためだ。
吐き出された蒼炎が視界を覆い尽くす──けれど、顔面の花々がざわめいた。
さながらパラボラのように花弁を広げた一面の花々が魔力を受け止め、吸い上げ、熱を散らしていく。俺は蒼炎の中を悠々と突き進み──
──助走をつけた拳を、再びコアに叩き込んだ。
「────ッ!!??」
「こんだけ弱点ぶん殴ってるのに、硬いなお前!」
良い手応え。相手の反応も良さげだが、まだぴんぴんしてやがる。
このHP量は相当な難敵だ。一体どのくらいの進行度でのクリアを想定されたクエストなのだろう。
まぁ、そんなことはお構いなしに……
蜘蛛は喰らった攻撃の反動を利用して、後方へ跳び退く。
脚を広げ、再び口腔部に青炎を溜めはじめる。先ほどと同じ火炎放射だろうが、炎にはややオレンジ色が混じる──つまりなるほど、相手の耐性次第で「配分」を調整するパターンもあるのか。本当に厄介だな!
だが、即座にツルを射出。
地面すれすれを這わせて、逃れようとした後脚の一本に巻きつけた。手応えと同時に全身で引き寄せ、強引に向こうの体勢を崩す。
そして引き寄せと同時──踏み込み。振りかぶった拳を正面から撃ち込む。
──どンッ! と鈍く重い衝撃音。今度も効いた。頭蓋蜘蛛の顔面がのけぞり、溜めていた炎が霧散する。こちらへの反動ダメージも微増……やはり純炎と夜炎の配分をいじっているという仮説は正しそうだ。
「──よし、畳み掛けよう」
そろそろスタミナが心配になってきた。
ただの打撃は決定打にならない。ならば──
「参考にさせてもらうぞ、ウーリ」
──用いる武器は拳ではなく「杭」だ。
勢いを乗せるために右足を後退。同じく後方に引いた右手のツルが螺旋状に巻き上がり、魔力による「装甲強化」と「肉体強化」を強く意識──それは徐々に鋼の「杭」のような硬質の形状を帯びていく。
そしてそれを、相手の眼窩を目掛け──撃ち込んだ。
「〜〜〜〜ッ!???」
「もう、一発ッ!」
コアに突き刺さると同時、右腕のツルを身体から分離──杭をその場に残したまま、軽い助走へと俺は踏み込む。
杭は一度突き刺すだけじゃない。
撃ち込んだあとから、さらに撃ち込むことが出来る。俺たちが、さっき何度もお前にやったように!
「せ〜〜……ッの!」
跳躍で間合いを詰め、敵の骨面を直接駆け乗り、コアに突き刺さった杭の軸に靴底を当てたなら──そのまま助走と重さをすべて乗っけて、俺は力尽くで撃ち込んだ。
ぶち抜くような痛撃。
手ごたえのある破壊音。
内部に詰まった魔力のエネルギーが一気に破裂した感覚。
「────────」
その一瞬、眼窩から青光と熱が爆発したように噴き出した。
行き場をなくした魔力と、爆ぜるエネルギー。その暴発さえも、顔面に咲き乱れる無数の花々が喰らい尽くす。
『〈炭守りドレ=ヴァローク〉を撃破しました』
システムログを確認。これにてゲームセット。
灰煙がフィールドを覆い、炭片の雨が降る祝福の中で、俺とメニーナは力強くハイタッチを決めた。
*****
「ウーリさんは、やっぱり……?」
「ああ、死に戻り。まぁ本人は最後まで楽しそうだったから、別に気にしてないと思うよ。メニーナさんが生きていればよし!」
「そう、ですね……ちょっと申し訳ないけど」
言葉を交わしながら、俺とメニーナは安全エリアと化した大空洞に座り込んでいた。
もう脅かすものは何もない。
ログを確認すれば「炭守りドレ=ヴァロークを撃破」というメッセージが届いている。文脈からして、さっきのボスの名前だろう。
「ヴァローク……これ、たしかお婆ちゃんの名前です」
「え、例のお花屋さんの? なんでその人の名前が……?」
「わからないですけど……もしかしたら、亡くなった息子さんの方の名前かも」
ああ、たしかに……そっちのほうが可能性は高いか。
夜の到来によって亡くなった息子が、モンスターへと変貌してしまったというストーリー。その導入役が母親だと考えれば、しっくり来る。
「成仏、できたんでしょうか」
…………。
どうだろうか。一度倒したところで、ボスは蘇るものだ。プレイヤーに均等な機会を与えるために。
「それじゃあ、メニーナさん。お花を供えましょうかね」
「は、はい!」
深くは触れないようにして、俺たちは立ち上がった。
安全エリアと化した空洞の奥……そこには祠が出現していた。俺は手のひらから例の花を一輪咲かせ、それをぷちりと千切ってメニーナに手渡す。
メニーナは、そっと祠の前に花を供えた。
ふたりで手を合わせる。仏教由来の合掌は、この世界の弔いとは異なるそれかもしれなかったが……こういうのは気持ちだ。
「…………」
少しの沈黙。
今度はメニーナの方から口を開く。
「帰りましょうか」
「ああ、そうしよう」
俺たちは、ファストトラベルで街へと戻る。
*****
ここからは、後日談。
あれからメニーナは例の花屋に向かい、お婆さんに報告を終えて無事にクエストをクリア。
隠しボスについては、俺とメニーナの顔を隠した上で、ウーリの方からレポートと映像ログがインターネット上に公開される予定だ。
最初はどうかと思ったが、そもそもウーリが詳細を公開せずとも、ボスの初撃破とその参加プレイヤー名はゲーム内で簡単に調べられてしまうらしい。
それなら下手に勘繰られるより、素直にレポートを世に出してしまったほうがマシ。それが結論である。
他にも諸々、ボスのドロップ素材を確認したり、それを持ってビルマーさんの元に相談にいく予定についても決めたり……あとは今回登場した「夜の魔力」という存在についての世界観的な調査も必要だ。
メンデルが取り込んだ供え花についても、メニーナがお婆さんに聞いておいてくれるということらしい。
……と、そんなような今回の総括を、俺は今、目の前に座る日ノ宮ウリから聞き終えたところである。
場所は行きつけの町中華屋。もちろん現実。
俺とウリは、思い返せばもう5年以上の付き合いになるわけだから……この店にも同じくらい通っているのではないだろうか。
「まぁメニーナはともかく、トビくんはしばらく目立つだろうね」
レンゲに掬ったエビチャーハンを大口で飲み込みながら、ウリはそんなことをさらっと言う。
厨房からは絶えず油の跳ねる音と、強火に鍋をあおる金属音が聞こえてくる。壁の換気扇がうなりを上げて回っている。
「さすがに派手に跳び回りすぎたか?」
「それもある。でも映像ログは私が死に戻るとこで途切れるから、例の変身モードは内緒にできるよ。それより、名前かなぁ〜……日ノ宮ウリの隣にトビくんの名前があったら、心当たりあるって人はたくさんいるね」
「ああ」
そういえば、そうだった。
ウリの真似をするようにチャーハンをかっこみ、バリバリの羽付き餃子を一緒に喰らって喉奥へと押し込む。
「あ、餃子もうひと皿くださ〜い!」
まだなんの皿も空いていないのに、ウリがせっかちに次を頼む。まぁ今回は俺の奢りだ。ゲーム機を奢ってもらったこともあるし、ゲームの中でも世話になったし。
「トビくん、競技シーンへの復帰予定はなし?」
「なし」
「そっか。まぁ最前線の人から色々声かかったりもするだろうけど」
「無視」
「それがいいね〜。自由にやってほしいからさ」
餃子タレの減った小皿に、ウリは駄弁りながら酢とラー油をなみなみ注ぐ。
「まぁ進行度をどうするかって話はもういいや。それより問題は〜…… "夜の魔力" の方かな」
「問題なんてあった?」
「ん〜……なんて言えばいいのかな。夜属性ってさ、あの世界観における "敵側の力" なわけ」
無言で続きを促せば、ウリは続けた。
「たとえばプレイヤーもスキル次第で "闇属性" の魔法が使えるけど、これは "夜属性" とは明確に区別される。要するにプレイヤーには使えない力なんだよ、夜の魔力って」
「はあ」
「一方、夜属性はモンスターにとってはスタンダードな力だ。"夜に囚われた世界を解放する" ってテーマが世界観の土台にある以上、どんな敵でも大抵は夜属性持ち」
「……ああ。もしかして森のボスオオカミの "魔眼" もそれか?」
俺の言葉に「おっ」とウリは反応する。
そして俺の方も、話の流れがなんとなく読めてきた。
「遠吠えの森」のボスオオカミの "魔眼" の効果は、シンプルな「装甲強化」と「肉体強化」だった。これはメンデルが「夜の魔力」を喰らった際に発揮するバフ効果とよく似ている。あのボスの魔眼が夜属性由来のものだと仮定すると、つまり──
「──メンデルは、喰らった "夜の魔力" をそのまま "夜属性魔法" として発揮している?」
「うん、多分ね」
ウリは頷いた。
「メンデルちゃんを介した間接的な形とはいえ、一介のプレイヤーが夜属性魔法を利用するというのは──おそらく今の時点では想定されていない "AIの判断" の結果生じた挙動だ。バレれば目立つだろうし、今後運営側からどういうアクションが来るかも分からない」
「ええ、そんなに大事なのか、これ……」
箸を止めた俺を見て、ウリはふっと笑った。「まぁそれも、メニーナの調査結果を待ってから考えることだけどね──」と話題を終える。
店内のテレビからは、昼の情報番組が音を抑えて流れている。最近の話題はもっぱら〈 DAYBREAK. Magic of the Deep Night 〉──通称デイブレ──のことばかりで、あまりの自由度とビルド幅の膨大さにプロチームが参入に苦戦しているなど、そんな内容をコメンテーターが喋っている。
「ねえ、明日からも一緒にやる?」
「あー、いや。しばらくはソロでのんびり世界を回ってみるよ。今回はリハビリのつもりが、はしゃぎすぎた」
「それもいいね。なら私も、しばらくはソロ配信してよっかな〜」
まばらな客の話し声、換気扇の音が混ざり合う中。ウリは幸せそうに、皿に残った餃子の羽根をちぎってつまんだ。
1章完結。掲示板回を挟み、2章となります。
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