表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/55

015 - 異形頭は特殊性癖に非ず

 魔炎が、花の中へと消えていく。

 ゆらゆらと、霧のように。渦を巻くように。花は炎を喰らい──

 ──しかしそれと引き換えに、花弁はますます黒色を失い、茎の輪郭も弱々しく枯れ始めているように見えた。


 この花は、命を削って夜の魔力を吸い上げている。


「メニーナさん、この花は一体……」

「そ、そんな、分からないですよ……! これは、お婆さんがお供えのために育てたもので……」


 そこまで言って、メニーナは押し黙る。

 だが、そうだ。今はそんな事情はどうでも良い。

 残された希望は、この花が「夜の魔力」に対する吸収効果を持つということ──


 ──そして問題は、その花が今、こうして枯れかけているということ。

 よく見れば、根の部分が夜の炎に耐えかねて、ちりちりと焼かれてしまっている。あるいは容量が足らず、夜の炎が末端から吹き出してしまっている──のかもしれない。いずれにしても。


 俺は考えた末に、メニーナを見た。


「メニーナさん。無理を承知で頼みがある」

「な、なんですか……?」

時間を稼いでくれ(・・・・・・・・)


 それは、ゲームもバトルも初心者だというメニーナにはあまりにも酷な頼み。

 目の前には第二形態に突入したボスの姿──胴体を失った頭蓋の塊は、蜘蛛のように多数の炭素質の脚を生やして頭を持ち上げ、今まさに新たな身体の調整を終えたところだった。


 けれど──メニーナは、立ち上がった。

 

「わかりました、任せてください」


 と、彼女はそれだけ言った。声の震えすらなかった。

 メニーナは振り返らず、真っ直ぐに前を見据え、敵の方へと駆け出していく。


 ああ、なんて真摯なんだ──と俺は思った。


「だったら俺も……絶対に成功させなくちゃな」


 そして俺は、死にかけの花を手のひらに掬う。

 ずるり──メンデルのツルを腕から伸ばし、俺はそのツルの表皮をナイフで裂いた。



 

 *****



 ──接ぎ木、と呼ばれる技術がある。

 それは異なる植物同士を切断面で繋ぎ合わせ、ひとつの生命体として融合させる技術だ。


 根の力が失われたものに、異なる種から水と養分を与え、再び命を繋ぐ。

 本来なら専門的な準備と管理が必要とされる行為だが、今この場にあるのは他種への干渉・苗床化に長けた「寄生種」としての性質である。


 俺はメンデルの表皮をナイフで裂いた。

 そして拾い上げた花にもまた、同じようにする。接合部となる花の節を見定め、ナイフで断面を露出させる。


 同時並行するのは、スキルスロットの入れ替え。

 戦闘中なので、処理の完了まで10秒はかかる。だから真っ先に手を付けていた。


 〈異常(レジスト:)耐性(オールバッド)〉と〈蹴術使い(スタイル:キックス)〉をスロットから外し、代わりに〈園芸(グリーンサム)〉〈庭師(ヤードマン)〉をセット。

 これで現在、俺のセットスキルには〈魔花使い(テイム:グロウス)〉〈園芸(グリーンサム)〉〈庭師(ヤードマン)〉〈滋養強壮(エンリッチド)〉という4種の植物栽培用スキルが揃ったことになる。


 俺は「接ぎ木」をする。

 互いの切断面をぴったりと合わせるようにして接着。メンデルが傷ついた花茎の節を取り込む。

 常に〈滋養強壮(エンリッチド)〉を意識する。体内の栄養循環を滞りなく、花に水分と魔力を送り込む。優しく、だが確実に──菌糸のようなメンデルの寄生繊維が、花の内側へと侵入していく。


 黄金の脈が、淡い光を瞬かせる。


 俺は横目でメニーナを見た。

 こうして俺が花を繋ぎ止めようとする間に、彼女はあの隠しボスを相手に時間を稼ごうとしている。その背には迷いも躊躇もない。


 メニーナは駆けながら短く詠唱し、自身の足元にエンチャント・アクアを発動させる。

 水膜のような魔力エフェクトが足元から巻き上がるように展開され、衣服の上から身体全体を包み込む。青白い膜が揺らぎながら光を放ち、彼女の肌をわずかに冷やす。


 巨人の頭蓋が反応する。

 黒光りする脚を折り畳み、ばねのような動きで跳躍──その速度は、第一形態と比べてあまりにも素早い。蒼炎を纏いながら、あっという間にメニーナの目前に迫る。


 メニーナは飛び込むように横へ転がり、辛うじて直撃を避けた。

 着地した脚の衝撃で岩盤が割れ、鋭い破片が宙を舞う。波状に同時発生する炎の広範囲攻撃──しかしこれは、エンチャント・アクアとウォーターボールを二重の障壁とすることで何とか凌ぎきっていた。


 転がる勢いを殺さず、起き上がると障壁に使ったウォーターボールを敵の眼窩へと放つ。直撃するが、表面を濡らすどころか夜の炎に吹き飛ばされ、何のダメージにもならない。


 しかし、それでいい。

 メニーナの狙いは──


「……まさか、霧か?」


 ──そう、水魔法の炸裂とともに「霧」が発生し、一瞬だけ敵の視界が曇る。

 熱による水の揮発──水蒸気の発生。その隙に、メニーナは距離を取りながら再び水球を浮かべていた。


「ははは……呆れるくらい、ゲームが上手いな………!」


 自分の魔法がダメージに繋がらないことを分かっている。だからわざと炎に水球を直接当てて、一気に揮発させることを自ら選んだ。


 ああ、負けてはいられない。


 俺の手の中で、少しずつ花は命を吹き返しつつある。

 灰色の茎と葉、黒い花弁──それは熱風に揺られながらも瑞々しく、そして全体に走る黄金色の脈が小さな鼓動を取り戻している。


 だが、足りない。一輪では足りないのだ。

 増やさなければ──あの夜の炎をすべて飲み込むほどに。


「さあ、増やせ、増やせ、メンデル……!」


 できるはずだ。

 お前はそういうモンスターなのだから。

 植え付け、寄生し、増殖する──それがプレデター・グリーンという悪質極まりないボスモンスターの真髄だ。

 だが、唯一の問題は──


「──ああ、全く! エネルギーが足りねえなぁ!」


 まだリュックの半分以上残っていたはずの生肉は、今の一瞬でほぼすべてが干からびた。なんて燃費の悪さ──次のエネルギーをどこから補給するかと考えた、そのとき。


 俺は、目が合った。


 右腕と右足を失ったまま、スリップダメージで徐々に死んでいこうとするウーリ。彼女は俺の目をじっと見て、ただ一言──


「──つかえ」


 そう、唇を動かした。

 声はかすれ、この距離ではまともには聞こえない。それでも唇だけを動かして、ウーリは言う。


「私を使え。はいも使え」


 ──はい?


「灰だ。お前のために、作っておいた」


 それは、気付けばボスエリア全体に粉雪のように舞っていた。

 ウーリの射撃によって、ボスの身体から削り出された大量の石炭片──それがさっきの自爆攻撃によって燃焼し、大量の灰燼(・・・・・)へと変わっている。


 灰は肥料だ。特に石炭を燃やして発生する石炭灰は、ケイ酸、アルミナ、マグネシウム、鉄、カリウム、ナトリウムなど──植物に有用なミネラル分を大量に含んでいる。


「はやく使え」

「……ああ、分かったよ」


 あの巨人に牽制を仕掛けると同時に、俺が「スタミナ切れ」を起こした際の予防線まで張っていたのか。偶然なわけもない。

 思慮深さと、丁寧なケア──日ノ宮ウリがそういう選手(プレイヤー)であることを俺は知っている。


「ありがとう。いただきます」

「うん、めしあがれ」


 にんまりと嬉しそうに笑うウーリの表情を最後に──俺は少女の身体をツルで巻き取り、蹂躙した。

 コントロールプレイヤーが死に戻りし、それでも「寄生状態」となって消滅しない空っぽのアバターボディからエネルギーを吸い上げる。同時にあたりの灰をかき集め、これもまた花を増殖させるための栄養源へ。


 さあ、繋ぐぞ。




 *****

 

 

 ──メニーナは恐怖していた。

 これまでの人生において、「アクション」「ホラー」とカテゴライズされるゲーム類を一切触ってこなかった彼女にとって、この隠しボスの在り方はあまりにもおぞましく凶悪だ。


 それでも、不安ではなかった。

 どうしてだろう。今日までこんなにも、些細な不安ばかりに苛まれて散々な人生だったのに──


 ふたりが良い友人だから、だろうか。


 まだ出会ってたった2日の付き合いだけど。あの人たちに頼まれたら、応えたい。今メニーナを突き動かしているのは、ただそれだけの衝動と承認欲求だった。


 頭蓋蜘蛛は咆哮のようなノイズを吐きながら視線を左右に振り、再び跳躍する。予備動作のほとんど見えない跳躍と、上方からの圧殺攻撃──避けても振動で足が止まる。

 けれど着地と同時、再び水球を炎の中に投げ込むことで、爆発するように発生する蒸気霧が自分たちの視界を遮った。


 命中。霧が舞い、また見失わせる。


 メニーナは移動を止めない。

 霧の中を走り、次の障害物へ。


 水弾を撃つタイミングと位置取りを常にずらし、相手に動きの軸を読ませないよう仕掛け続ける。

 絶え間なくエンチャント・アクアを再詠唱。自身の冷却と再生を常で維持し、スリップダメージと蒼炎への耐性をわずかでも確保する。


 瓦礫が爆ぜ、霧が消え、敵の頭蓋が再び姿を現す。次は脚を使わず、熱線を吐こうと首を傾けた。

 メニーナはそれを見て──反射的に地面へ倒れ込んだ。藍色の熱線は頭上をかすめ、そのまま円を描くようにして回転──全方位の岩を灼いて砕く。


 ああ、心臓が痛い。呼吸が苦しい。

 読んだわけじゃない──今のはただの勘。外れた時点で死んでいた。


 爆音と緊張の中で、メニーナは歯を食いしばり、また立ち上がる。

 再び撃ち放ったウォーターボールが熱線の残滓に命中し、水煙を上げて爆ぜる。


 好調だ。

 注意は完全にメニーナに集中している。

 けれど、その直後──


 「──あ、もうダメだ」

 と、メニーナは死を悟った。


 霧の向こうで煌めいた、青黒い光。

 その予兆──頬をなぞった黒い夜の波動は、あの "自爆攻撃" のそれと酷似していた。


 避けきれない。この距離。

 今度こそ、死ぬ。


 そして予想通りの空気の収縮と熱、爆音が轟いたその瞬間──

 


「…………?」



 ──だが、それがメニーナに届くことはなかった。

 メニーナの目前、砂塵と灰煙を巻き上げて、一人の影が滑り込むように立ちはだかる。


 男は全身に "色褪せた灰色のツル" を幾重にも這わせ、鎧──あるいはパワードスーツのように外側から筋肉を補強していた。

 鎧の随所からはツルの先端が芽吹き、無数の灰葉と黒花を咲かせている。


 その中でも、異質なのはその頭だ。

 頭部全体に咲いた大輪の花々。鮮やかな黄金色の脈をあしらった黒い花弁が、灰の茨蔓と絡み合っている。

 それらは肩から上をびっしりと埋め尽くすほどに──さながら花束、あるいは花畑のようにざわざわと咲き乱れ、頭蓋の放った「夜の炎」を正面から受け止めていた。


 蒼炎はメニーナを呑むことなく、咲き誇った花々に喰われ消えていく。

 男は、その不気味な花束頭でメニーナを振り返った。


「──メニーナさん、ナイス時間稼ぎだ。本当にありがとう!」

「え、あ、こちらこそ、ありがとうございます……えっと、お花……さ、咲いたんですね……」

「うん。お供え分もあるよ」


 ぱっ! と手のひらに咲かせた一輪の花を見て、メニーナはようやくへにゃりと笑い──

 ──後方から跳びかかる怪物を、トビは見ることもせず、肘打ちで吹き飛ばした。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ