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014 - 水は炎に強い、花もまた炎に強い

 ──放たれた熱線。

 赤黒いビームの通過地点が灼かれて白熱化し、岩盤の熔ける音が耳を突く。


 ただの一撃が、戦場の地形を変える。

 こんなの、躱すのがやっとだ。


「おいおい、どうするウーリ……」

「ちょっとまってね〜……もうちょっとだけ……!」


 何やら、考え自体はあるらしい。

 ウーリは目をぎょろっと見開いて巨人を観察しながら、連続で矢を射り続ける。


 射撃のひとつひとつが石炭の身体を削り、炭の粉塵をあたりに散らすが──致命の一撃には程遠い。メニーナの水魔法も同じだ。


 俺はといえば、ツルを壁面へと次々撃ち込み、ウーリを抱えながら空中機動で攻撃を避け続ける。

 振り下ろされる拳、地を這う熱線、跳ねる破片、振りまかれる炎と夜の魔力──そのすべてが一点の油断も許さない。余波で削れていくHPは、なんとかメニーナの自動回復(リジェネ)で採算が取れているが……


 一方で、採算の取れていないものもある。


「トビくん、スタミナの方は?」

「それが……かなりまずい」

「だよね〜」


 ウーリは敵を注視し続けたまま、俺の状況を確認する。ご指摘通り……ビルマーさんに貸してもらったバッグの中の生肉は、半分以上が干からびつつあった。


 さて、どうしたものか……

 と考えていたとき、ウーリは「よし」と顔を上げる。


「ウーリ、いけるのか?」

「うん、いける。やっぱり頭だね」

「頭?」


 巨人は相変わらず暴れ回っている。

 人の頭蓋骨を模したような黒炭の頭部も──射撃を繰り返すウーリを完全にロックオンだ。


「頭だけ、どうも熱の動きがおかしい。さっきメニーナが顔面に水魔法をぶつけたでしょ? あのときだけ様子が違ったんだよね」

「熱って……熱源感知(サーモセンス)か」


 そういえば、見えている人だった。


「違ったって、どんな?」

「他の部位に水をぶつけたときは、よその炎から熱が伝播する形で炎が復活した。でも顔面のときは、どこからも伝播せずに熱が戻った」

「つまり?」

「炎や赤熱こそ見えないけど、頭部に熱源がある。雑魚ゴーレムも、弱点は熱源だったでしょ?」


 なるほど、と思い出す。

 そう、だからこそ俺はあいつらと相性が悪かった。弱点を攻撃すると同時に、俺の身体も熱によるダメージを喰らってしまうから。


「外から見えないってことは、頭蓋の中……脳の部分が弱点(コア)だと考えるのが直感的か」

「そうだね、だからまずは頭蓋を叩き割るよ」

「了解!」


 どうやって叩き割るか?

 雑魚相手にやっていたやり方と同じだ。

 

 ウーリが杭を撃ち込み、俺が押し込む。


 もちろん、そのために大事なのはウーリの初撃──弾かれず、頭蓋にしっかりと矢が喰い込む威力を出せる距離まで接近する必要がある。


「よし、一瞬だけ近づくぞ」

「任せた! ここで二人まとめて死んだらドンマイ!」

「そのときは一緒にメニーナさんに土下座しよう」


 敵は攻撃の手数が異常に多い。

 未だパターンはすべて割れておらず、いずれも直撃すれば致命傷だ。


 それでも、俺たちは近づいた。

 繰り出された攻撃は──


「よし、これは知ってるやつ!」


 コバエを払うような燃える右腕の振り回し。

 一度見たモーションを、上方へ跳ね上がることによって躱す。炎の余波でHPが削れるが、自動回復(リジェネ)で巻き返せる範囲だ。


 そしてウーリは矢を──もはや杭と呼ぶべき太さの金属矢を取り出すと、視線を敵の顔面に固定する。

 狙うは目窩の内側。構造上、最も脆く、最も脳に近い場所だ。さらに……


「メニーナ!」

「はい! ウォーターボール!」


 ウーリが矢を撃ち込む一歩前に、メニーナの放つ水魔法がまたも見事に顔面に命中する。

 打ち水が熱された顔面の温度を急激に下げ、頭蓋をさらに脆く。


 今だ。


 俺の腕の中で、ウーリはその超剛力で弓を引き絞り、矢を放った。

 杭は空を裂いて飛び、正確に巨人の頭蓋に突き刺さる。重々しい打撃音とひび割れの音が響き渡る。


 はじめて、巨人がよろめいた。


「よし、あと頼むよ!」

「任せろ」


 まさか一発で上手く決めるとは……もう三度くらい、俺はチャレンジに付き合うつもりでいたというのに。

 これでは俺が下手なところを見せられない。


 ウーリをその場で降ろし、俺はツルを射出した。

 壁に撃ちつけたツルの収縮を利用して幾重に跳躍し、よろめく巨人の眼前へと一気に躍り出る。


 ツルの反動で加速し、脚にメンデルの筋力増幅を集中──

 杭の頭に、渾身の蹴りを叩き込む!


「──っしゃあ!」


 金属矢がめり込む音。ひび割れが伝播。

 だが、石炭の殻は分厚い。


 続いてメニーナのウォーターボールが、杭の周囲を濡らすように爆ぜる。

 水が熱を奪い、亀裂をさらに拡げていく。


 巨人が咆哮を上げた。

 耳をつんざくような蒸気の叫び。腕を軽く振り上げる──これも見たモーションだ。予備動作30フレーム前後+振り下ろし+振動+足元全体の焼き払い+前腕方向への火炎放射という凶悪コンボ。


 俺はすぐさま背後のツルを壁に打ち出し、反動で跳ね退く。次の瞬間、振り下ろされた腕が地面を粉砕し、腕骨からごうと火炎が吹き上がった。


 振動の終息と同時に着地、したはずなのだが──


「トビくん! 熱いのもう一回来るよ! 後方に跳べーッ!」

「了解……!?」


 ──今度は知らないモーション。だがとにかく、ウーリの指示で後ろへ跳ねるように回避。

 直後、収まりかけていた腕骨の炎が再び勢いを取り戻す。真っ赤な炎が奔流のように横なぐりに吐き出され、そのまま腕を振り回すような360度の回転──


「上まで来るのか!」


 手のひらを上方へ、絶妙に角度までつけて──空中を含めた中距離全方向が焼き払われる。

 こいつ、あの凶悪モーションに追撃派生まであるのか……と冷や汗をかいた俺は、ウーリの助言通り後方に跳んだおかげでギリギリ射程外へと逃れることができていた。


 ウーリの〈熱源感知(サーモセンス)〉──これが最高の噛み合いを果たしている。あの攻撃を初見で避けることが出来たのは、ビルドの相性が生んだ奇跡でしかない。


 焼け焦げる床、蒸発する水。

 振りまかれる煤煙と夜の魔力。


 それでももう一度、俺は跳び上がって杭へ蹴りを重ねる。

 再びメニーナの水弾が撃ち込まれ、眼窩の亀裂は広がっていく。


「も、もう少しです……!」

「ああ、メニーナさんも無理せずに!」


 メニーナにヘイトが向きそうになれば、ウーリが射撃でヘイトを移し、それを俺がまた蹴撃を叩き込むことでヘイトを引き寄せる。ここは俺が避けるのが一番良い。


 杭がまた少し、奥へと沈む。


 巨人は反撃に転じる。

 身体を回転させながら両腕を振るい、風圧と共に飛ぶ石炭片。そして今度は上方へと吹き荒ぶ火炎放射──俺は地面を滑り、ツルを引っ掛けて姿勢を立て直す。


「ひび割れ、かなり進んでる! あと一撃! 合わせろ!」

「オーケー!」


 ウーリの叫び。彼女の次弾が、今度は杭の根元を撃ち抜く。

 相変わらず素晴らしい射撃精度──それと同時に、俺は跳び込んだ。


 眼窩にだんと着地し、杭の頭に靴底をかける。

 最大限に力を込めた蹴りを──三連発!


「──────!!!!」

「はは……ようやく、効いたな……!」


 声にはならない、しかし苦悶するような巨人の叫び。

 良い感触、良い音を、俺は靴底で感じ取る。


 離脱。


 蹴りの反動で飛び退き着地した後、俺は結果を確認する。

 巨人は両手のひらで顔を覆い、ひび割れた眼窩はぼろぼろと崩れていく。


 ウーリの予想通り──内側の赤熱部が露出する。


 真紅の炭火のような光。高温。危険な輝き。

 しかし同時に、そこには藍と黒が入り交じるような夜の炎が燻っていた。


「や、やりました……!?」

「ちょっ、メニーナそれフラグ……!」


 ──あ、俺もそのツッコミ参加したかった。

 そう思った次の瞬間、メニーナとウーリの掛け合いを回収するように──異変は起きた。


 露出した赤熱部から、夜の魔力がぶわりと膨らむ。

 放たれる黒い波動。波は着地した俺の頬を、さらに後方のウーリやメニーナの身体を撫でて通り過ぎ──そしてそれは、ただの前兆であったことを俺たちは知る。


 周囲全方位に向けて、膨らんだ魔力が一気に放出される。

 全身の赤熱部が深い藍色に染まり、色のない閃光とともに──


「──トビくんッ!」


 ──周囲の空気が歪むほどの熱波が、炸裂した。




 *****



 そういえば、これはVRゲームだった──と記憶が飛ぶくらいの衝撃だった。

 痛みはないのに、振動と光に脳を揺さぶられる違和感。これがとても気持ち悪くて、巷によく聞く「VR酔い」とはこういうものなのだろうか──と今まで縁のなかった言葉に思いを馳せる。


 ウーリの声が聞こえたその瞬間、俺は反射的に背中のツルを後方に撃ち出した。

 超高熱の風圧を受けながらも、宙に跳び返るように後ろへと下がった──それでもなお、俺のHPゲージは残り1割もない。


 いや、そもそも。

 デザイン的におそらく炎耐性が皆無だと思われるプレデター・グリーン(メンデル)と同化した俺が、後方に退いたところで生き残れる(・・・・・)はずがない(・・・・・)


 だから、俺の力ではない。

 俺が助かったのは──仲間に庇ってもらったからだ。


「ウーリ……」


 ウーリは俺の目の前で、俺を衝撃と炎から庇ったような位置(・・・・・・・・)に倒れていた。


「弱点、割れたしさ……あとは私いなくても、大丈夫だろ」


 倒れたまま、じいっとこっちを見つめてそう笑う。

 どうやらこのゲームには「欠損」的な状態異常があるようで、地に伏した彼女には右腕と右足がなかった。根本から消し飛び、血の代わりに青いポリゴン粒子が立ち昇っている。


 ──メニーナさんは?

 彼女もまた、少し後方で倒れている。


 距離が遠かったことに加え、おそらく自分で「ウォーターボール」を生み出し障壁代わりにしたのだろう……服は少し濡れていた。

 うう、と呻いてメニーナは顔を上げる。


「み、皆さん……ボスは……?」

「ああ、メニーナさん。それが最悪なことに──第二形態だ」

「…………はい?」


 あたりは火の海。

 もはや赤はひとつもない、黒と藍の入り交じる夜の炎(・・・)だ。


 巨人は、いや巨人だったもの(・・・・・・・)は、その黒炎の中心にいた。


 残っているのは巨大な頭蓋骨のみ。

 ヤツの身体もまた、あの衝撃を直に喰らったことで砕け散った、ということらしい。俺たちの砕いた片眼窩も、石炭の鎧が剥がれ落ちたまま、黒藍色の炎を上げるコアが覗いている。


 あれでは、もう動けないのではないか?

 否だ──周囲に転がった無数の石炭は、夜の魔力を宿して蠢き、再び寄り集まっていく。


 砕けた腕骨や肋骨がいびつな節状に連結し、頭蓋骨を持ち上げる複数の脚となる──その様子は、まるで蜘蛛だ。

 がちゃがちゃと不規則な音を立てながら、ヤツは身体を慣らしている。


 もうすぐ、あれは動き出す。

 ウーリを欠いたこの状況で、どこまでやれるか──


「……あ」


 ──と思考を巡らせたとき、目の前で倒れたウーリが声を漏らした。

 その視線は斜め後方、メニーナの方を見ていて、俺も釣られるように視線をやる。


 ああ、まずい。


「メニーナさん……それ、花が……」

「……え?」

 

 メニーナの目の前には──鉢が砕けていた。

 彼女がリュックサックに背負っていた例の植木鉢だ。焦げた陶片が弾け飛び、土が散乱するその中心で──


 ──色褪せた花が一輪。


 ぐったりとした茎と根を伸ばして、花は横たわっていた。

 まるで命を失ったかのように、花弁は重力に従って垂れ下がり、ぴくりとも動かない。


「う、嘘……そんな、ここまで来て……」


 メニーナが目を見開き、震えながら上体を起こす。

 だが、敵が待ってくれるわけじゃない。


 敵は未だ、いびつな脚を身体に馴染ませている最中──しかしそれは、魔法攻撃を放つ分には関係なかった。

 露出した眼窩の奥が燃え上がる。深い藍色を滾らせた、夜の炎だ。魂を焦がすような静かな熱が、メニーナを狙って蛇のように地を走る。


「……ッ! トビくん、行って!」

「ああ、まずい……ッ!」


 メニーナさん──ッ!

 ウーリの言葉に背中を押されるように、俺は地面を蹴った。


 足元の灰を蹴散らしながら、迷わず斜め後方へと飛び出し、メニーナの前へと身体を滑り込ませる。


「メニーナさん、魔法!」

「は、はい! う、ウォーターボー……」


 ──ああ。これは、間に合わない。

 そう直感した。メニーナの中に生まれた動揺が、咄嗟の判断力を鈍らせている。それが分かった。


 黒炎が俺たちを飲み込む。

 俺は咄嗟に、メニーナに覆い被さるように盾になり──




「……ん? あれ?」

「え、あ……い、生きてる……?」 


 ……だが、その熱は異常なほどに弱々しかった。


 たしかに炎には焼かれた。夜の炎は、間違いなく俺たちのところまで到達していた。

 その証拠に、今もなお炎熱によってHPがじりじりと削れていく。けれど一方で、未だ持続するエンチャント・アクアの自動回復(リジェネ)がスリップダメージを打ち消してくれてもいる。というか……どう見ても黒字だ。俺のHPゲージは、もうすぐ残り1割を超過する。


 これはどういうことだ?

 俺とメニーナは顔を見合わせる。

 皮膚が焼けるはずの温度は、かすかに肌を撫でる程度の熱量にしか感じられない。


「ええっと……め、メニーナさん。とりあえずバフの上書き貰える? もうすぐ切れる時間」

「あっ、はい! エンチャント・アクア!」


 水の魔力エフェクトが俺の身を包み込む。

 それをありがたく頂戴しながら──俺は、夜の炎が弱まった原因をその場で理解した。


 炎を和らげていたものの正体……それは花だった。


 相変わらずの異質な様相の花だ。

 灰色の茎と葉、黒い花弁──そして全体に黄金色の脈が走り、かすかに発光しているようにも見える。


 傍らの地面で、倒れていたそれはたしかに花開いていた。

 くたびれたままのその灰茎が、どこか脈打つように金色の光を明滅させ、炎へと根と花弁を向ける。


「これは……吸い上げている、のか……?」


 魔炎は、今も花の中へと消えていく。


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