013 - 裏面、守護巨人
「メニーナさんって、絵とか描いてる人?」
「へっ!? な、なんで……?」
「いや、まぁなんとなく」
移動中のちょっとした会話。
明瞭な答えは返ってこなかったが、何となく当たっているのではないかと思う。
元より観察眼には優れた子だなぁとは思っていた。しかしこの複雑な地下迷宮で、採取ポイントの位置をひとつひとつ正確に記憶しているというのは普通のプレイヤースキルではない。
メニーナはきっと、景色を立体情報として捉えている。
景色を景色としてスルーせず、全体のパーツや構成をフラットに解釈し、覚える。それも覚えようとして覚えているわけでもないはずだ。
視覚情報の分析と記憶という一連の作業が、考えずとも発揮されるほど身体に染み付いている──つまり、リアルでそういう特殊な訓練を飽きるほど積み重ねているということ。
その一例が、美術だ。
「面白そうな話だけど、もう着くよ」
ウーリの言葉に、思考の海から顔を上げる。
見覚えのある景色だ。
目の前には巨大な石炭の採取ポイント。そして俺たちが近付くと同時に──彼らは動き出す。
「なんか多いな」
「元があのサイズだからね〜……」
巨大な石炭脈は3つほどの塊に分かれ、それぞれがウォーキング・コールとして立ち上がる。
「エンチャント・アクア!」
「ありがとう!」
メニーナのバフを受けながら接敵。
この数ではルーチン通りにはいけない。
ウーリの射撃は弱点である胸部をダイレクトに狙い、体勢が崩れた隙に、俺とメニーナが別の個体を狙う。
「せーのっ!」
「ウォーターボール!」
複数体のウォーキング・コールを相手にするときはこれ。
胸部の赤熱した部分にメニーナの水魔法が炸裂し、さらに一気に冷却されて脆くなった部分に時間差で蹴りを叩き込む。
身体に大きくヒビを入れて後退するウォーキング・コール。
隙を逃さず踏み込んで距離を詰め、胸部に次の一撃を──
「み、右! 来てます!」
「了解」
──直後、メニーナの声掛けで右から迫る炎魔法を確認する。
右のウォーキング・コールが全身を赤熱させ、途端、ぶわりと燃え上がって地面を伝う炎の尾。
魔法からは逃げる。だが攻撃も止めない。
よろめいたウォーキング・コールの弱点に追撃をキメると同時、蹴りつけた反動を利用し三角跳びの要領で後方へと跳ぶ。
胸元を砕かれた巨人が1体、崩れ落ちて消滅した。
「俺、やっぱり索敵足りないよなぁ」
今の時点ではウーリ頼りだし、今回のようにメニーナに補助してもらわなければ死角もケアできていない。今後の課題だ。
ともあれ、まずこれで1体。
もう1体も金属矢が3本近く突き刺さり、全身がヒビ割れてあと少しと言ったところ。
動きがのろいウォーキング・コールは、相手が1体かつ時間をかければウーリだけでもなんとかなるモンスターだが……
「俺のキル!」
「どうぞ〜」
今回は俺が横取りだ。
ヤツが放つ炎魔法は、俺ではなくヘイトを買ったウーリへ。
その体表が冷えて黒くなった瞬間、背後から叩き込む回し蹴り。
それと同時に、俺を追いかけてくる1体が、足元に張ったメンデルのツルに引っかかって体勢を崩す。
そして、ここまで来れば全員を倒す必要はない。
「駆け抜けるよ!」
「ああ、それがいい」
採取ポイントがあった場所には、ぽっかりと巨大な空洞が口を開けている──つまりアタリだった。
闇の向こうに続く道は、ここからでは見通せないほど長く遠い。
俺たちは一斉に駆け出した。
穴の向こうに飛び込み、そのまま隠されていた道を走る。ウォーキング・コールは足の遅いモンスターだから、ダラダラ戦って他のモンスターを呼び寄せるより、振り切る方が早い。
だが……
「なんか……長くねえ?」
「な、長いですね……!」
走る。走るが……先が見えない。
道はやや傾斜気味で、地下へと向かっている。採取ポイントの位置は日替わりで変わるという。つまりこの長い通路と隠しエリアも、日替わりで位置が変わるということ。だが、そのわりには──
「──マップが凝ってるねぇ、思ったより」
俺の思考そのままを、ウーリが言語化した。
「凝ってる、ですか?」
「うん。闇呼び隧道の "祠" なんて情報、当たり前だけど出回ってない。もちろんこんな隠しエリアのことも。だけどこのマップの作り込みは……私たちが思ってたより、ずっと重要なクエスト、なのかも」
メニーナの受けた依頼は、祠に花をお供えすること。
無差別にモンスターを呼び寄せ、このマップに至っては「夜にならなければ隠しエリアが解放されない」という高難度。さらに報酬もない。普通に考えれば誰もやりたがらないクエストだ。
だが、そのアンバランスさに加えてこの作り込み……何か、何かなければおかしい。
そうしているうちに──視界が開けた。
駆け抜けた通路の先は、天井の高い大広間だった。
相変わらず薄暗く、火の気はないが、空気はどこか生暖かい。
壁は煤けた岩盤、床は荒れた炭屑まみれの石材。
あちこちの壁の亀裂から微かに漏れる赤光が、舞い上がる粉塵を照らしていた。
「あの、ここって……まさか……」
俺たちは一斉に足を止め、メニーナの声だけがしんと響いた。
静寂。
押し黙ったのは空気が変わったからではない。理由は緊張だ。
この空間に飛び込んだその瞬間──おそらく、俺たちは「透明な膜のようなエフェクト」をくぐった。
それはつまり、ここがボスエリアであることを示している。
──出現は一瞬だった。
そのとき、ウーリだけが蛇の瞳を見開いて、右奥の壁面の方へ「来る」と言った。
壁がひび割れ、黒煙が噴き上がる。
焦げた石炭脈を内側から破壊して、異形の巨体が立ち上がった。
それは、相変わらず石炭の怪物だった。
全身が硬質な石炭の塊で構成され、暗い「夜の魔力」を纏っている。
しかし異なるのは、人の骸骨を模したような形状をしていたことだ。
関節ごとに、熱を帯びた赤が滲んでいる。
胸郭の隙間からは黒煙が立ち昇り、内側にくすぶる熱源の存在を物語っていた。
「おい、ウーリ……こいつが、さっきお前の言ってたマップボスか?」
「いいや、違う」
ウーリはぴしゃりと否定する。
「私が知ってる闇呼び隧道のボスは、ただの巨大な石炭ゴーレムだ。こんな骸骨みたいな形はしてないし、こんなに巨大でもない……いやあ、まずいことになっちゃった」
重い振動とともに、巨人が一歩、また一歩と近づく。
その足音だけで全身が痺れるようだった。背丈は優に四メートルを超え、両腕の腕骨には炉のような穴が開いている。石炭製の腕骨の空洞の中で、火が燻って弾けるのが覗けて見える。途端、ボスエリアは熱気で満ち始めた。
ひ、と後ずさるメニーナの背中をぱんっ!と叩き──
「──よし! トビくん、ボス戦だよ!」
「ああ、仕方ない」
横手から飛び出すウーリに、俺も倣った。
ボスエリアからの退場は不可能だ。まずは俺たちで前に出て──できるだけ、メニーナからヘイトを逸らすように。
「メニーナさん、敵の動きを見ておいて。パターンを把握して、余裕が出てきたら攻撃とバフをちょうだい!」
「わ、わかりました……!」
メニーナはセンスが良い。きっと対応できるようになる。あとの問題はメンタルだ。
彼女の勇気が出るまでに──まずは牽制、そして弱点と攻撃パターンの把握。
ツルを走らせながら、俺は巨人の右腕外側へ。
赤熱した場所にツルを伸ばすのは自殺行為……だから壁の亀裂を利用してワイヤーアクションだ。亀裂や段差にトゲを引っ掛けて跳ぶ。
2度、3度と跳びを重ねて高い位置から──
まず蹴りを叩き込んだのは首だ。人間で言えば頚椎のある場所、いきなり弱点狙い。だが──
「ぴくりともしねえな」
「そりゃあそう!」
ふと、その拳が動いた。俺は反射的に跳ね退く。
その直後、巨人は腕を旋回させた。振り回された衝撃波が地面をえぐり、爆風を生み、腕骨の穴から漏れ出た無数の炎が振りまかれる。
──案外に速い。そして重く、広い。
爆風もすべて避けきったはずが、振りまかれた炎と熱でHPゲージが削れている。
じろりとこちらを向く黒炭の頭蓋。
しかし横合いからウーリが踏み込む。肩周りを横殴りにするような射撃で石炭片が無数に砕け飛び、ヘイトがまた分散する。けれどこれも効いてる感じではない。
巨人はすぐさま反撃に転じた。
しゃがみこむように左腕を地面に叩きつけ、ボスエリア全体が跳ねるように揺れる。割れた岩盤の破片が飛び、腕骨から溢れた「炎」と「夜の魔力」が地面を走り──
「──っぶない!」
「ありがとうトビくん! 助かった!」
──俺はウーリを抱えるようにして、ギリギリ上空へと退避する。
とにかくまずいのは「振動」だ。
地に足をつけていれば、どうしたって動きを制限される。さらにそこを狙い撃ってくる炎と魔力の伝播も凶悪極まりない。
俺は偶然にもツルを使った空中機動ができるから良かったが、そうでなければこの時点で手も足も出なかった──というかこのボス、空中に逃げる以外にどうやって対処するんだ。
「メニーナさんは無事!?」
「うん、奥にいたから炎は届いてない! それにほら──」
「──ウォーターボール!」
そのとき、後方からメニーナのウォーターボールが飛んだ。
見事に顔面へと命中。水蒸気が爆ぜるが──しかし、足取りはまるで鈍らない。
「メニーナさん、もういけるの!?」
「は、はい! パターンを把握しろって言われましたけど、あの振動じゃ覚えても避けられないと思ったので……時間無駄にするくらいなら、私も攻撃します!」
「な、なんて良い判断……!」
それが分かる時点で、観察力も思考力も十分以上だ。
「エンチャント・アクア!」
メニーナのバフが俺とウーリを包み込む。
炎の余波で削れたHPが、じりじりと回復していく。
そして同時に、巨人が胸を開いた。
黒い肋骨が、がぱり──と開くようにして、夜の魔力が胸部へと集中する。
内部の炉口から火光が漏れる。
次の瞬間──熱線が一直線に放たれた。
「うわあ! トビくん! ビームだ!?」
「マジか……!」
照準は未だ俺とウーリだ。
ウーリを腕に抱えたまま、咄嗟にツルを収縮させて、飛び退くように上昇。
赤黒いビームの通過地点が灼かれて白熱化し、岩盤の熔ける音が耳を突いた。