012 - 石炭の隠し道
闇呼び隧道。
最初の街から王都に向かうまでの3マップ、その中腹にあるマップであり、昼間に出現するモンスターはレッドキャップとケイブバットのみ。
レッドキャップは斧やピッケル、足技で襲いかかってくる小鬼。おそらく人型白兵戦闘のチュートリアル的なモンスターだろう。
今回はメニーナの持つ "花" に引き寄せられて集団で襲ってくるが、普通は多くても2体までらしい。天井を這うことで上方向からの奇襲と、また魔法攻撃にやや耐性あり。
ケイブバットの方は、要するに洞窟コウモリだ。
攻撃力はそうでもないが、動きが機敏でとにかく当てづらい……というのが一般的な評価だろうが、うちのウーリさんにかかれば余裕で撃ち落とせる。
幸いなのは、洞窟の狭さがこちらに味方していること。
ウーリは曲射ができなくてつまらないと嘆いていたが、道が狭いおかげで前後左右全方向から一斉に襲われることがない。大抵は1方向からモンスターが詰めてくるので対処が楽だ。
問題があるとすれば……
「まずいな、見つかんねえぞ祠……」
「うん、もうすぐ夜が来るね」
正直に言うと、焦ってきた。
目星をつけた地点どころか、道中にさえ祠は見当たらなかった。
すでに数時間が経過し、メニーナとウーリには少し疲労の色が見える。
特にウーリは、射撃の一発一発に相当な集中力を要する。精神的な磨耗は俺たちとは比べ物にならないはずだ。
「わ、私たち……かなり歩いてますよね……」
「そうだな。全部の道を踏破したとは断言できないけど、相当歩き回ってるとは思う」
「き、今日は一度撤退しますか……?」
メニーナの言葉に、俺はウーリの方を見た。
最も事情に詳しいのはウーリだ。
「……うん、そうだね。ここは安全策を取ろう、撤退だ」
少し考えて、ウーリは頷く。
帰り道こそ、地図の恩恵は大きい。
収穫らしい収穫のなかった、闇呼び隧道探索初日。
マップに導かれ、俺たちは並んで地上を目指している。
「トビくん、後方。レッドキャップ3体、ケイブバット2体。メニーナはバフをかけてあげて」
「は、はい! エンチャント・アクア!」
「ありがとう!」
ウーリの索敵にかかった敵を排除するのが俺の仕事。
レッドキャップはまだ位置が離れている。キイキイと鳴きながら突っ込んでくるケイブバットが先だ。
かなりスタミナを消費するから積極的に使いたくはないが──「網」を使う。
「ピギッ!?」
「よし、かかった」
キツツキを相手にしたときにも使った、格子状に張り巡らせるツル。
モンスターの身体が網目を通過する瞬間にツルを締め上げ、捕まえる。
ケイブバット相手ではタイミングが難しく、これまでは捕え損ねることも多かったが──今回は無事、2体とも捕まえた。
「いいねえトビくん。精度上がってきてるじゃん」
絡めとったケイブバットからエネルギーを吸い上げながら、次に来るレッドキャップたちを見据える。網の隙間を通してツルを射出し、足を絡めとる。
「あ、あの、ウーリさん……ここのボスは、前みたいに簡単に倒す方法はないんですか……? ファストトラベルが登録できたら、便利なんじゃないかって……」
「う〜ん、どうかなぁ。昨日のハメ殺しは、ボスが遠距離攻撃を一切持ってなかったから上手くいったことなんだよね」
俺の背後では、ふたりが雑談を始めている。メニーナはこの2日で随分と肝が座った。昨日なんて、エンカウントのたび肩をびくりと震わせていたというのに。
「ここのボスは普通に遠距離攻撃してくる上に、無生物系なんだよ」
「む、無生物系?」
「ほら、いわゆるゴーレムみたいなやつ」
それ、メニーナにはあんまり伝わらないんじゃないか。
「正確には、"夜の魔力に憑かれた石炭の塊" なんだけど……どっちにしろ、相手が無生物じゃあメンデルがエネルギーを確保できない」
「な、なるほど……」
「それに石炭のモンスターだけあって炎の魔法攻撃もしてくる」
「それって……まずいんですか?」
「メンデルの茨で上手く拘束できても、相手は動かないまま火を放てるってことだから……トビくんが危険に晒されるね。それにほら、葉っぱのモンスターって炎に弱そうじゃない?」
そ、そうですか……? とメニーナは首を傾げる。
迫り来るレッドキャップたちを1体ずつ捌いている間に、雑談は続く。
「あ〜……これって普段ゲームしないと想像しにくいのか? 現実の植物がどれくらい炎に弱いかとは別に……ゲームの中では、属性の相性みたいなものは分かりやすくデフォルメされてたりするんだ。葉っぱが炎に弱いっていうのは、まさしくそういうお約束だね」
「な、なるほど……じゃあ、やめておいたほうがいいですね!」
微笑ましい会話だ。
本当にゲームをしない人の感性だなぁ、なんて思いながらレッドキャップの最後の1体をツルでひねり潰し、エネルギーを頂戴しながら振り返る。
だが、そのときだった。
「おい、なんか……地面に "影" みたいなの這ってないか」
最初に気付いたのは俺。
洞窟の地面を、煙のように滑る黒いモヤだ。
モヤは俺たちの足元を器用に避けながら、俺たちの進路へと向かっていく。
それを見て、ウーリは「げっ……」と顔をしかめた。
「うえ〜……ごめん、時間管理ミスった。これ夜だ」
「夜? このモヤが夜のサイン?」
「ううん、違う。このモヤは──モンスターだよ」
メニーナの手を引き、俺の後ろへと下がるウーリ。
俺の背中をばんと押し「前衛任せた!」と弓を構える。
そして同時に、異変は目の前で起こった。
地面を這うモヤは、壁のある地点で停滞していた。
壁の中に吸い込まれるようにしてモヤが集まる。そしてその地点とは……おそらく、石炭の採取ポイントだ。
突如、地鳴りと共に、採取ポイントから石炭が立ち上がる。
「うわっ……なんだ、石炭ゴーレム!?」
「これ、さ、さっきウーリさんが話してたやつじゃ……」
ぐらりと立ち上がり、ゆっくりとこちらを向く石炭製のゴーレム。ずんぐりとした体格の人型で、胸の辺りがぼんやりと赤熱している。
その身体には、さっき見た「影のようなモヤ」が取り巻いている。
"夜の魔力に憑かれた石炭の塊"──とか言ってたっけ。つまりこの黒いモヤが「夜の魔力」か。
「そうだね。正確には、こいつはその取り巻き……さっき話したボスの配下として出てくる雑魚モンスターだ。夜はこいつがいるからしんどいらしい」
「らしいってなんだよ」
「私もここ、夜に来たことないから!」
ウーリは弓を引き絞り、即座に放つ。
轟音と共に突き刺さった金属矢は、ゴーレムの体に見事にヒビを入れたが──
「おお、タフだな」
「トビくん追撃、メニーナはバフ!」
「は、はい! エンチャント・アクア!」
──ゴーレムは倒れない。
ウーリの射撃で消し飛ばない雑魚はこいつが初めてだ。
メニーナの水の魔力に守られながら、俺もまた踏み出す。仕留めきれなかったとはいえ、バランスは大きく崩れた。付け入るには十分な隙だ。
メンデルのツルを脚部に集中させ、弾き出すように飛び出し、助走を殺さない。
勢いのままに身体を回転させ、空中姿勢の微調整。さらに遠心力を上乗せした一撃を叩き込む。
狙うは、ウーリの撃ち込んだ金属矢だ。
それは矢というより杭に近い。
杭を打ち付け、蹴撃のダメージを1点に集中──そして、ヒビの入った身体を打ち砕く!
「おお、割れた」
「だけど……これでも死なないか!」
矢の突き刺さった左肩が、そのまま割れるように腕ごと崩れ落ちる。
しかし動き続ける石炭ゴーレム──とはいえ、再びバランスが崩れたのも事実。このまま畳み掛けよう。
体勢の崩れたところに叩き込んだ、赤熱する胸元への蹴り──
「こういう場合、弱点は光ってるとこ──って、熱ッ!?」
「当たり前じゃん……相手、石炭だぞ〜」
──完璧な手応えと共に、鉄の長靴を伝わる高熱に悶える。
だが、これにて撃破完了だ。
膝から崩れ落ちたゴーレムが、胸元から割れて倒れる。
インベントリにはドロップアイテムらしき石炭が転がり込んだ。
「よし。意外と大したことねえな、夜!」
「でも……ウーリさんの弓が1撃、トビさんの蹴りが2撃も必要なモンスターなんて、初めてですね」
「うッ……そ、そうですね……」
「メニーナの方が状況見えてるな〜」
ニヤニヤと目を細めるウーリ。やかましい。
「でも群がられたらヤバいから、早く抜けるよ!」
「はい!」
俺とメニーナの声が重なった。
それからは、とにかく走った。
ケイブバットの速さには追いつかれるので相手をするが、レッドキャップやウォーキング・コール──歩く石炭、つまり例の小型ゴーレム──とは極力戦わずに逃げを選ぶ。
とはいえ、もちろんそう上手くいくわけでもない。
「あ、こ、この先……たしか採取ポイントです!」
「えっ! メニーナよく覚えてたね! たしかに振動来てる!」
「おお、マジだ。動いた」
おそらく来るときに1度通った道だ。
石炭の採取ポイントの場所を覚えていたメニーナの声掛けで、俺たちが戦闘態勢に入ったと同時、採取ポイントが立ち上がる。
前方を塞がれた形。
この場合は、無理に逃げ切ることを考えるより、倒した方が安全だ。
「振動も熱源も、ここまで近付かないと動いてくれないんだもんな〜!」
「ハッ! 珍しくやりにくそうだな、ウーリ」
「嬉しそうにするのやめてくれる〜?」
俺にもウーリにも、多少の焦りはある。
1度も死んではいけないという縛り。ほんの少しのリスクを抱え込むことが、少しずつ心の重荷となっていく感覚。
見ないふりをするように、軽口を言い合う。
とはいえ、相手が1体ならすでにルーチンは決まっていた。
まずは射撃。
右肩を矢で射抜き、ヒビの入った箇所をさらに俺が追撃。
右肩から腕にかけて、かち割るように蹴りを入れると、再び体勢が崩れる。そこをさらに追い込む。
弱点は、胸元の赤熱した部分。
「エンチャント・アクア!」
赤い熱源に近付くと、わずかなスリップダメージがある。そこをメニーナのバフが帳消しにしてくれる。
炎への耐性と自動回復──効果はわずかだが、スリップダメージを気にしなくていいというのは心の余裕に繋がる。
「トビくん、栄養補給〜」
「ほうも」
口にねじ込まれたサンドイッチを咀嚼しながら、青い粒子となって消えていく石炭の上を跨ぐ。
ウォーキング・コールはエネルギーを吸い取るどころか、メンデルのツルを接触させれば熱によってこちらがダメージを受けてしまうモンスターだ。とにかく俺とは相性が悪い。
そんなことをぼんやりと考えながら──俺は、ウォーキング・コールの現れた採取ポイント跡を見た。
当然だが、すでにそこには採取ポイントは残っていない。
石炭の塊があったはずの場所はえぐれている。
「なぁ、ウーリ……ここの採取ポイントって、どういう仕組みになってるんだ? 毎晩ゴーレムになって動き出すってことは、次の日には場所が変わるのか?」
「うん、そうだよ。ここの石炭に関わらず、どのマップでもそうだけど……採取可能ポイントは日替わりで位置が変わるね」
「じゃあ……採取ポイントがあった場所はどうなる?」
「そりゃあ見た通り……」
俺とウーリの視線が合う。
おそらく考えていることも同じ。ウォーキング・コールの現れたその場所は……ぽっかりとえぐれている。
「新たに、空間ができる……」
ぼそりと呟いたウーリの言葉に、俺とウーリの足が止まった。
メニーナの手を引き止め、その場に立ち竦む。
ウォーキング・コールが現れた場所からは採取ポイントが消失し、そこには新たに空間ができる。
『お地蔵様や道祖神様ならともかく、祠でしょ? 場所も取るだろうし、通路の片隅にぽつんとある……ってイメージじゃないよね』
『置くなら開けた場所だと思うんだよ』
俺はウーリの言葉を思い出していた。祠というからにはもう一回り大きく、多少のスペースが必要で──候補をいくつか絞って総当りしたが、結局俺たちはそれを見つけていない。
まだ俺たちが見つけていない──空間。
「どうだ。可能性あるか、ウーリ。採取ポイントの向こう側だ」
「……ある。あるよ、あるけどさぁ……それってつまり、夜にならないと絶対に発見できないエリアってことだろ? 花の運搬だけでもハードモードなのに、意地悪すぎるだろ……!」
ギリ、とウーリは奥歯を噛む。
だが表情は半笑いだ。その両手がメニーナの両肩を掴む。
「メニーナ!」
「ひゃいっ!?」
「採取ポイントの場所覚えてる? 今日見た中で一番おっきいとこ!」
「そ、それなら……えっと……」
俺も、何となく覚えている。
他と比べて無駄にデカい採取ポイントが、たしかどこかにあった。今思えば特徴的だ。
ウーリがインベントリから出したマップの上を、メニーナはおそるおそる指でなぞり、示した。
「た、多分、このあたりだったかと……」
「ありがと! じゃあ今すぐ行こっか!」
「えっ……て、撤退は……!?」
「残念だけど、無理しないと祠には辿り着けないっぽい! 祠は多分──」
──石炭の向こう側に隠れている。