011 - 非合法武器職人
「ぷ、プレデター・グリーン……全身の筋力補強に、ツルを利用した空中戦まで……なんてイレギュラー……!」
「それにしたって燃費の悪さが致命的だから、決して使い勝手のいいスキルってわけでもないけどね」
ウーリは俺の基本情報を喋った。それはもうベラベラと。
羊皮紙にガリガリとメモを取るビルマーの表情は、高揚している。
本来、ビルドの構成を積極的に開示することは珍しい。特にPvPを意識するなら情報は武器だ。秘密は多ければ多いほどいい。
とはいえ……ウーリはふざけているが馬鹿ではないし、こういうMMOも俺と違って歴戦だ。
ウーリが開示した方がいいと判断したなら、このビルマーという鍛冶師には、情報漏洩リスク以上の価値があるということなのだろう。
「いやあ、しかし……全身の強化を常に発揮できる、というのがいいですね。なんでも運べそうだ」
「それ、やっぱり武器のこと言ってます? ウーリの大弓みたいに」
「あ、あはは……ええ、まぁ」
苦笑いを浮かべて、ビルマーは頷く。
「ビルマーの作る武器や防具は、どれも大型だったり重量級だったりで、使うために肉体の調整が必要なんだよ」
「いやあ、お恥ずかしい……ロマン派でして。機能もビジュアルもとことん追求しようとしていると、つい盛りに盛ってしまうことに……」
なるほど、あのイカれ弓を見た後だと説得力が違う。だけど……
「俺なら使いこなせる」
重い武器も、重い防具も、メンデルによる擬似筋繊維を活かせば俺は扱える。
「ただ、俺の問題はやっぱり燃費です。常に筋力増強を張り巡らせていたら、すぐにスタミナが切れます。今は必要なときに必要なだけ……って感じで切り替えて使ってるんで」
「なるほど。それならスタミナを常に補充し続ける方法を考えるか、あるいは……」
少し考えてから、ビルマーは続ける。
「装備自体を緊急時のみ即装着する形で考えてみるか」
「えっ。そんなことできるんですか?」
ビルマーは頷く。
「もちろん、普通はできません。特に防具を装備するコマンドは、安全エリア外では時間がかかるようになってます。でもまずは試作です。良い案、良い裏技、あるいは他の代替案……何かしら浮かんでくるものです。クライアントあってこその生産職ですからね」
にっと歯を見せて笑い、安心させるように言う。
俺とウーリは顔を見合わせた。
「いいプレイヤーだろ?」
「ああ、たしかに。お前、どうやってこんなヒト見つけたの」
「それはほら、スポンサーあってこそのストリーマーですから」
ああ、なるほど……この人、企業所属か。
日ノ宮ウリはチームプレイを辞めたソロのストリーマーだが、日々の仕事までひとりでこなしてるわけじゃない。
配信業をサポートしてくれる事務所には所属しているし、他にもスポンサーがいくつも付いている。
おそらくビルマーは、スポンサー企業所属のプレイヤー。
VRゲームがEスポーツのコンテンツとして一般的になった現代では、こういう「サポート型のプレイヤー」を飼う企業が少なくない。
特にトップレベルのプロゲーマーやストリーマーは、今やかつての野球選手やサッカー選手なんかにも並ぶ広告塔なわけだから……そんなスター選手と企業を繋ぐコネクションのひとつとして、彼らは雇用されている。
道理で優秀なわけだ。
「ああ、もちろん今すぐ用意できるわけじゃありませんので、しばらく時間は頂きますけど……」
「分かってます。詳細な相談も必要ですよね」
ビルマーは頷くが、ここでウーリが口を挟んだ。
「相談の時間、試作の時間もそうだけどね。今、生産職はちょっと大変なんでしょ?」
「ええ、まぁ……そうですね」
苦々しく微笑んで応えるビルマー。
「なんだよ、ちょっと大変って」
「金属が足りないんだよ。需要に供給が追いついてないの」
俺の疑問にまず答えたのはウーリ。
そこに乗る形でビルマーも続ける。
「遠吠えの森にポップするマッドペッカーは、ご存知の通り金属盾・金属防具のチュートリアル的なモンスターです。ですがそのおかげで金属需要が高まり、価格が高騰してまして……」
「金属素材が豊富なのは遠吠えの森を抜けた山・洞窟エリア。でもそこに進むためにも金属の装甲が必要……ってことで、まぁ供給が追いつかない。前線から金属を買い取るツテのない生産職は、特に困ってるだろうね〜」
「俺はまだツテがある分マシですが、それでも価格の高騰は大ダメージです。今までのように大胆な試作が出来なくなってるんです」
それは……思ったより深刻そうな話だ。
「まぁ、そんなこと私やお前が気にしても仕方ないけど。そのうち落ち着くよ、のんびり待てるでしょ? スローライフ志望のトビくん」
「分かってるって言ったろ、誰も急かしてねえよ」
「す、スローライフ志望……?」
首を傾げるビルマーを置いて、頭を撫で回そうとするウーリの手を跳ね除ける。
まぁでも、とウーリは顔を上げる。
「それはそれとして、トビくんに何か装備品を貸してくれない? 買い取りでもレンタルでもいいんだけど、しばらくの繋ぎとして使いたい。防具にナイフ、あと大きめのリュックサックも」
「ああ、それならいくつか試作品があります。一番軽くて扱いやすいものを貸し出しますよ。本契約後に返却して頂ければ」
「おお、いい条件」
「それはもう……こんなにも俺の作品を活かしてくれそうなお客さん、簡単に逃してなるものかと!」
話はそう纏まった。
*****
そういうわけで、翌日。
俺、ウーリ、そしてメニーナは再び集合した。
場所は新たにワープポイントとして登録された「遠吠えの森」出口。ゲーム内時間は昼だが、リアルの都合もあり太陽はやや西に傾いている。
「トビさん、防具が変わりました……?」
「おお、分かっちゃう? 似合う?」
「なんでお前が答えるんだよ」
メニーナは相変わらずの清涼剤っぷり。ウーリはウキウキ。
ビルマーからレンタルした装備は、ごく普通のレザーアーマーだ。特別な機能はなく、重すぎることもない。企業の人間というだけあって、作ろうと思えば普通の装備も作れるらしい。
それから、同じく用意してもらった革製のバッグ。
メニーナは植木鉢を背負うために使っているが、俺の場合は食糧の運搬用だ。
昨日のボス戦のように、エネルギーの吸収が難しい状況は今後も出てくる。そのとき外部からエネルギー補給をするためには、こうして食糧を物理的に吊り下げておく仕組みは役に立つはずだ。
「あんまり格好はつかねえけど」
「私は好きだよ、猟奇殺人鬼みたいで」
「な、生肉ギチギチバッグ……」
とにかく、2日目だ。
「ここにはモンスター、いないんですね……」
「うん、山に近づくまでは出てこないよ」
ウーリの言う通り、森の出口から目的地にかけては戦闘がなかった。
低木や雑草の生い茂るゆるやかな丘を行く。
やがて目的地にたどり着く。
最初の街からもうっすらシルエットの見えていた高い山。
正面にはぽっかりとトンネルの口を開けている。
「トンネルとは言うけど、私たちが想像するような一本道のそれじゃないよ。元は坑道だったんじゃないかって言われてるくらい入り組んでる」
「そんなの初見で抜けられるか……?」
「抜ける必要はないよ。祠を見つけて、お花を供えるのが目的でしょ?」
まぁ、たしかに。
「一応、地図は調達してきた。いくつか目星をつけていこう」
「め、目星と言うと……?」
「お地蔵様や道祖神様ならともかく、祠でしょ? 場所も取るだろうし、通路の片隅にぽつんとある……ってイメージじゃないよね。置くなら開けた場所だと思うんだよ」
ウーリはインベントリから地図を取り出して開く。
たしかに迷路のように入り組んだ道だ。ウーリはいくつか指で示す。
枝分かれ通路の行き止まりや、通路の横側に不自然に広がる窪みのような空間。たしかに祠を置くならそういう場所か。
「よくこんな詳細な地図が手に入ったな……」
「踏破済みのマップだからね。特に王都までの3マップは一本道だから、みんなひとまず王都までは協力していきましょうって雰囲気。生産職を連れていかないと困るのは前線組だし」
逆に王都まで進めば探索可能エリアが東西南北に広がっていくから、情報は集まりにくくなるよ──とウーリは補足する。
「まぁいいや。トビくん、メニーナ。これ持って」
「わっ……あ、ありがとうございます、ウーリさん!」
「光源か、たしかに必要だよな。色々ありがとう」
手渡されたのはランタンとベルト。
この形状なら腰にくくりつけることができるので、両手が空く。相変わらず気が利く。
「ふたりともお礼の言える子でウーリさん嬉しいよ。それじゃ、気合い入れて行こうか」
クエストクリアはもうすぐだ。
*****
暗い洞窟の中は、真っ暗闇というわけでもない。ランタンの明かりはあるし、元より夜戦が前提となるゲームなので、多少の視界補正はある。
だが、それでも外に比べたら視界は悪い。
行き止まりになった洞窟の壁をランタンの光が照らす。
ここには何もない。
「ここも違うね」
「これで5箇所目……行き止まりって、こんなに多いんですね」
祠があるのではないかと当たりをつけた場所を順番に回ってきたが、今回も外れ。たしかに迷宮じみた構造だ。
「それに……さっきから気になってたけど、ちょくちょく見かけるこれ、石炭だよな。ここは特にデカいな」
「うん。表層には石炭、奥には鉱脈が隠れてることもある。今の生産職にとっては宝の山だよ」
入り組んだ地形に、石炭や鉱石の採取可能ポイントか。今見つけた採取ポイントなんて特に巨大だ。かつて坑道だったのではないかという意見も分かる。
そして──
「あ、トビくん。後ろ5体ね」
「はいはい、相変わらず多いな」
──振り向いた先、天井から飛びかかってくる赤い帽子の小鬼がいた。
レッドキャップという名前のモンスターだ。ウーリの探知通り、5体。
咄嗟に洞窟の端まで退避し、同時に手のひらから射出したメンデルのツルが反対方向の壁に突き刺さる。
通路を横断するように張ったツル──空中で足を引っ掛けたレッドキャップは体勢を崩して地面に落下し、首を引っ掛けたレッドキャップはそのまま首を巻き取って絞め殺す。エネルギーを吸い取るのも忘れない。
ただし、もちろんこんな単純な仕掛け、全員が引っかかってくれるわけではない。
「ウーリ、2体抜けた」
「分かってるよ〜」
1体は首を括って詰み。2体は顔面から地面にダイブ。
そして罠を抜けた2体は──ウーリの射撃の餌食だ。
「洞窟は曲射ができないから不便だな〜……でも、真っ直ぐの方が威力は高いんだよね」
引き絞った弦。手を離した瞬間、轟音と共に1体の頭にやじりが突き刺さり、小さな身体が大きく吹っ飛ぶ。射撃でノックバックなんて、本当にどんな威力だ。
もう1体もウーリに任せていい。俺はツルに引っ掛かった残り2体。
地面に這いつくばったレッドキャップの頭を踏みつける。
踏みつけたその足から生やしたツルが、傷口からレッドキャップの体内に侵入していく。バタバタと手足を暴れさせるが、もはや抵抗させる気はない。
一方、起き上がってくるもう1体。
こちらは身体を起こした途端、前のめりにふらついたその反動で、そのまま身体を弾き出すように接近してくる。
レッドキャップ。
この洞窟エリア──闇呼び隧道に出現する小型モンスターであり、老人のようなシワだらけの小鬼だ。
頭にかぶった赤い帽子が魔法に対する耐性を持ち、また鉄製の斧やピッケル、長靴を武器として振るってくる。
植物繊維によって瞬間的に超強化した片足で、一気に踏み出して距離を詰める。
そして、その間抜け面に思いっきりかます──回し蹴り。
レッドキャップは勢いのまま地面に叩きつけられ、そのまま地面を何度かバウンドして消滅した。
「ナイス〜! こっちも終わった」
「おう、お疲れ」
ウーリの方も上手くやったようで、メニーナも無事。
こういう行き止まりは後方からの奇襲を受けることが多く、今回の探索では、俺は隊列の後ろに控える形だった。
「そうだ、レッドキャップが長靴落としたよ。レアドロップ、トビくんにあげる」
「えっ、いいの?」
「蹴りの威力上がるって」
和気藹々と、探索は続く。