103 - 限界トランプタワー
ヴェルデブール、中央闘技場。
昨日よりまた新たな競技プレイヤーたちが参入し、おそらく現デイブレで最もレベルの高いと思しきこの闘技場の控え室にて、ウーリは上機嫌に鼻唄をうたっていた。
ベンチに腰掛け、ジュースボトルのストローをちゅうと吸いながら──対面で潰れている新人ビビッドギャル、ガブちゃんの様子をちらっと窺う。
「うう、十敗……十戦十敗……」
ぐでえ、とうつ伏せに項垂れるガブちゃん。
ちょっとボコしすぎただろうか。
ちょうど相手がいなそうだったので可愛がってやったのだが……初戦から一瞬でガチガチの対策を組み立ててみせたウーリを相手に、ただの素人が以降のラウンドを取り返せるわけもない。
「成長痛っすねえ……!」
次は勝つ! とうつ伏せのまま吠える。意外と元気そうだ。
しばらく項垂れたあと、彼女はふらっと身体を起こしてウーリの隣に座った。
「ウーリさん、強すぎっす!」
「うん、そりゃあね」
さすがに経験値が違いすぎる。
言ってしまえばそれだけの話である。
「あのう、シザー選手ってウーリさんより強いですかね……?」
「強いと思うよ? タイマンなら特に」
私はブランクもあるしなあ、とウーリは呟く。
一方でガブちゃんの目はきらきらとしていた。
憧れのシザーとはまだ戦えていないようだが、自分がボコりにボコされたウーリよりもさらに強いと聞いて、心が滾っているらしい。
「じ、じゃあトビさんはどうっすか?」
「トビくん? うーん、前にシザーにも勝ってるからなあ。現時点ではこのゲームで一番強いんじゃない?」
「うわあ、すっげえ〜……アタシじゃ手も足もでないんだろうなあ」
まあ、最近のトビはちょっと規格外だ。
メンデルとの相性とか諸々込みで。
「トビさんって弱点とかないんですか?」
「え? あるよ、いっぱいある」
「いっぱいあるんすか!?」
ウーリは頷く。
トビというプレイヤーのことを、彼女は誰よりもよく知っているのだ。
「ガブちゃん、トビくんがどんな選手だったか知ってる?」
「ああ、ハイ、リアルタイムじゃないですけど多少は……なんかすっげえ不安定な選手みたいな扱いでしたよね」
そんなふうには見えないですけど、と続けたガブちゃんに、ウーリは頷いた。
「よく勘違いされがちなんだけどさ。あれはトビくんが気まぐれだとか、日によってメンタルが安定しないだとか、そういう意味じゃないんだよね」
「そうなんですか?」
「うん。何ならトビくんってメンタルめちゃくちゃ安定してるからね。本番強いし、アドリブ利くし、競技やめたときも全然病まずにけろっとしてたし……」
むしろあそこまで本番でポテンシャルの落ちない選手はなかなかいない。
競技の本番というのは歴戦のプロでさえ手先が震えたり、ミスが増えたりするものなのだが、トビの場合はそれがほとんどない。
それでもトビが "不安定" と評価されるその原因は──トビの技術の高度さにある。
「こ、高度さ?」
「そう。トビくんがやってることってレベルが高すぎるんだよ。右手でトランプタワーを立てながら左手で彫刻を彫る、みたいなことをフツーにやってるわけ。でもそれってとんでもない精密さを常に要求される動きなんだ」
だからこそ、その人外じみた精密性は外部環境からの影響を受けやすい。
「普通の選手なら、多少集中力が落ちても身体に染み付いた手癖がプレイをカバーしてくれる。だけどトビくんの場合、ほんの少しの集中の乱れでも致命的なズレになる」
「つまり……これまで成立していたプレイが成立しなくなる?」
「そういうことだね」
ノってるときのトビは最強だ。
けれどそれはメンタルの調子がそのままパフォーマンスに影響する直情型だという意味ではなく、むしろその逆。
メンタルの影響を極限まで排除し、肉体を完全なる理性の制御下に置いたトビだからこそ、その精密性を揺るがす己の集中力が最後の敵となる──そういうフィジカルの話なのだ。
「だからトビくんの弱点は集中力を乱されることだ。トビくんと戦うときはとにかく物理的な情報量を増やして押し付ける、これに尽きる」
「な、なるほど……!」
「まあ私はそれでも失敗して負けたけどねえ」
ウーリは失笑する。
前の模擬戦でもいろいろと手札を散らしてそれを仕掛けたはずだったのだが……さすがにトビのほうもそう簡単には崩れなかった。
というか集中が弱点とか言っておきながら、その集中力の基礎値が高すぎるのだ、あの男は。
「だから、そうだなあ。もし今後、トビくんがこれまで以上に苦戦を強いられる相手がいるとするなら──」
ウーリは少し考えて、続けた。
「各々動作パターンのまったく異なる兵隊を百体用意して、それを同時多発的に押し付けてくる。そういう相手とぶつかったら、多分トビくんはけっこうキツい」
処理しなきゃいけない情報量が多すぎるからね、とウーリは自論を結んだ。
*
さあ、これは厄介だ。
かなりしんどい勝負になってしまった、と俺は内心で苦笑する。
襲ってくるアンデッドは皆ばらばらの武器を持ち、ばらばらの魔法を使い、ばらばらな動きをする──そういうふうに調整されている。
「人読みが過ぎるぞアンリアル……!」
「こうまでしなきゃあ今のトビくんには勝てないでしょ!」
棍、足技、魔術、ツルによるエネルギー吸収に結晶弾、すべてを駆使してアンデッドたちの猛攻に対応する。
まず気を遣うのはスタミナ面。
吸えないわけじゃあないが、生身の動物と比べれば効率が悪い。だから意識して吸収のタイミングを考える必要がある。
さらには敵はアンデッドだ。
急所と呼べる急所がなく、首を落としても動き回る。
接近タイプは手足を切り落として無力化、魔法タイプはエネルギーを吸い尽くして空っぽに、物理無効の幽霊タイプは魔法でトドメを刺さなければ復活してしまう──
「──ああもう、場合分けが多すぎる!」
これでモーションパターンや武器種まで個体ごとに異なるというのだから手に負えない。頭の中が焼き切れそうだ。
「トビくん、亀が来てます!」
「了解、ありがとう!」
フルルの声掛けに顔を上げれば、アンリアルを背中に乗せた大亀はばたばたと手足をばたつかせ、こちらへと突っ込んでくるところだ。その歩幅にものを言わせた猛スピードである。
そう、これもアンリアルの厄介なところ。
彼は後方指揮官に徹しない。
隙あらば亀の巨体で一気に距離を詰め──アンデッドたちの猛攻に合わせる形で本人も攻撃を仕掛けてくる。
片手には魔法杖、もう片手には鎖鎌をぶんぶんと振り回す。中距離攻撃のコントロールが完璧だ。
アンデッドたちと連携して放たれる波状攻撃をなんとかいなし、俺はアンリアルへとメンデルのツルを伸ばすが──
「ふんッ!」
──立ち塞がったのは盾兵、ずんぐりとした髭面のドワーフだった。
両腕に大盾を構えながら、男はもごもごと何やら詠唱をして魔法を放った。
生み出されたのは夜色のカーテン。
そこにメンデルのツルが触れた途端、ツルの動きはスローモーションのように鈍化する。
「こいつら、俺の知らない魔法ばっかり使いやがって……」
「ほう、知らぬか! 夜の魔法、それは夜の眠りへといざなう魔法!このカーテンは触れたものを尽く眠らせ、ノロマにさせるぞ!」
なるほど、解説どうも。
親切なドワーフタンクは不敵に笑い、スローになったツルはアンリアルの鎖鎌によって容易に切り落とされた。
その間にも襲ってくるアンデッドたち──
そしてそこに連携して攻撃を差し込んでくるアンリアルの技巧に、俺は再び後退する。
さて、どうしようか。
現状、防戦一方。
あの厄介そうな忍者ロールプレイヤーはフルルが足止めしてくれているが、それでもここまでしんどいとは。
フルルを見れば、彼女は心底楽しそうに忍者とナイフを打ち合っている。
まったく、幸せそうでなによりだ──と言葉を漏らせば、フルルはこちらを勢いよく振り返った。
「……! と、トビくん嫉妬ですか!?」
してねえよ。
フルルはぱあっと表情を明るくする。
「大丈夫です、トビくんと殺し合うのが一番楽しいですよ!」
だからしてないって。
前向いてそっち集中しろよ。
忍者は壁を蹴り、勢いのままフルルに斬りかかる。
けれどフルルは相手の長刀をナイフ一本で見事に弾く。相変わらずセンスの輝く精度だ。
「殺人姫よ、拙者との斬り合いの最中によそ見をするとは余裕でござるな!」
ほら怒ってるじゃん。
「おや、あなたも嫉妬ですか? ごめんなさい、トビくんじゃないヒトの嫉妬はちょっとキモいです」
「笑止! このいくさ場で色恋にうつつを抜かすなど──リア充はここで叩き斬るでござるッ!」
ああ、うん。
なんかもう考えるのが面倒になってきちゃったな。こっちはフルルに完全に任せてしまおう。
そんなことを思いながら、迫りくるアンデッドへと俺はツルを射出しようとして──
──そのとき、撃ち放ったツルの軌道がブレる。
「あ、ミスった」
飛ばしたツルは明後日の方向に飛んでいき──倒し損ねたスケルトンの剣撃が、俺の肩を深くえぐった。
「──ッ!」
「おお、一撃入れたぞ!」
アンリアルめ、ずいぶんと嬉しそうに言ってくれる。
俺は咄嗟に足先を振り上げ、剣を握るスケルトンの片腕を切断。
さらに結晶弾幕を張って時間を稼ぐことでミスをカバーしながら、いよいよ出てきたな、と数年ぶりに競技で負けが続いたときの感覚を思い出した。
敵と攻撃の多彩さ、怒涛の同時攻撃、さらには新しい環境に新しいマップ、視界の悪さ、ミニマップやエリア収縮、漁夫への警戒。そうした情報量の多さに──集中力が切れてきたのだ。
さて、本当にどうしようか。
こうなると俺は途端に弱い。まあ勿論──
弱点が分かりきっている以上、対策の準備はしていないわけでもないのだけど。
「……仕方ない、ちょっと試すか」
本番でやるのは初めてだが、今こそ弱点克服のときだ。
カクヨムのほうで新連載「暴食魔王 with the スワンプマン 〜魔力なしの俺がひたすら魔術を研究した結果、気付けば厄災級のラスボスになっていました。過保護な令嬢たちに溺愛されながらも自由に生きます。〜」を執筆しはじめました。
https://kakuyomu.jp/works/822139837818311112
異世界転生です。
かっこいいがあります、えっちもあります。
相変わらず主人公は悪役っぽい見た目です。最強になるまでに無茶しすぎた結果、過保護で心配性なヒロインたちに包囲される話です。
そこそこ話数も溜まってきているので、ぜひ覗きにきてください。
FLOWER POT MAN共にお付き合い頂ければ幸いです。




