100 - ミッドナイト・フェスティバル
エーデルの地底墓。
ウォーターハウスに紹介されたそのマップは、精霊泉の隠し森──徘徊型ボス〈ウィンディーネの遣い〉が出現するあのマップ──の地下にあるという。
装備の受け取りを済ませたあと、俺とフルルはウォーターハウスがくれたメモを片手に精霊泉の隠し森を歩き回り、しばらくしてその入口に辿り着いた。
「枯れ泉の古井戸……これですかね?」
「おお、見つけた? 本当だ、相変わらずいい嗅覚してるな」
最初に見つけたのはフルル。
マップの端にある枯れた泉の跡地、茂みに隠された古井戸がその入口だそうだ。
小さな井戸は、初見では井戸なのかもよくわからない小さな出っ張りで、何やら複雑な紋の描かれた蓋がされているため余計に分かりづらい。
「夜の魔法使いが触れると開くそうですよ」
「了解。それじゃあ試すか」
なんとも簡単なアクセス手段だ。
俺が井戸蓋に手を触れれば、たしかに反応が返ってくる。
蓋から徐々にあふれる黒い魔力の煙は、やがて俺とフルルを包み込み──
そして俺たちは転送された。
視界が一瞬で切り替わり、あたりは真っ暗闇。
かろうじて隣にフルルがいることが輪郭だけでわかる。いや、それよりも──
「うわっ! トビくん、浮いてます!」
「ああ、浮いてるし……これ、落ちてないか?」
俺たちは、真っ暗闇の中を落ち続けていた。
ジェットコースターに乗ったときのような、内臓がふっと浮き上がるようなあの感覚だ。
反射的にメンデルのツルを壁面へと射出するが、ツルは壁をつるりと滑った。
……システム的に弾かれた?
どうも、こういう仕様らしいな。
「ローディング画面的な感じですかね?」
「ああ、そうかもな。さすがにこれで落下死させるような初見殺しはないだろうし」
落ちて、落ち続けて、下は見えない。
フルルの言うように「何らかの待機画面」という認識が正しいのかも。
マップをロードしているのか、あるいは──
そのとき、俺たちの前にメッセージウィンドウが表示された。
『ミッドナイト・フェスティバルにご参加頂きありがとうございます』
「……はい?」
「ふ、フェスティバル……?」
動揺する俺たちを無視してメッセージは追記されていく。
『パーティ人数:3/4』
『使用できるスキルスロットは7枠です』
『超過したスキルを解除してください』
ほう、スキル数までレギュレーションが決まっているのか。
というかパーティ人数が三人扱いになってるってことは、これメンデルもカウントされてるっぽいな。
「ボク、ひとつ外さないとですねコレ」
「俺もそうだな」
ひとまず〈異常耐性〉は優先度が低いので外しちゃおう。あとは──
「せっかくだから使ってみるか、結晶魔法」
水晶竜を倒して獲得した新スキル。
一応内容は確認済みなのだが、実戦で使うのは初めてだ。
入れ替えで〈箱庭支配〉を外す。
殺人彗星のモード切り替えができなくなってしまうが、まあお試しということで。
『装備アイテムのレアリティを確認しています』
『…………』
『アイテムレアリティ:パーティ合計値1120P』
『合計値が1000P以下になるように調整してください』
「アイテムまで数値化して揃えるんですね」
「厳密だな」
「……っていうか、ボクら二人なのに四人パーティ分のボーダー超えちゃってますケド」
たしかに。
水晶竜の素材で武器防具を強化したからだろうけど……やっぱりあの襲撃イベント、本当はもう少し後に来るはずのイベントだったんだろうなあと改めて感じさせてくれる。
俺は外套に装着した防御用ヘイロウをいくつかインベントリに戻した。
すると徐々にレアリティの合計値が下がっていって、やがて1000ポイントぴったりに収まる。
「……防御面、平気ですかね? ボクが武器のレベル下げましょうか?」
「いや、大丈夫。結晶魔法が防御寄りの性能なんだよ。まあ万が一のときはメンデルアーマーもあるから」
「そうですね。了解です」
うん、心配なしだ。
フルルはこんな感じのくせに意外と面倒見がいいので、けっこう細かいところまで気にかけてくれる。
とにかく、これにて準備は整う。
『調査終了』
『レギュレーションクリア』
『マッチングの準備が完了しました』
……マッチング?
俺とフルルが顔を見合わせたちょうどそのとき──
俺たちの身体は、広い空間へと投げ出された。
「わあっ!」
「……っ!?」
そこは地底だ、けれど大きい。
俺たちがいるのは、果ての見えないほどに巨大な地下空間の上空だった。
そう、上空。
地下に "空" がある──というのはおかしな表現かもしれないが、実際に星空が広がっているのだから、それ以外に言いようがない。
見下ろす地上にはちらほらと青い炎の明かりが灯り、その様相は遺跡や墓地を思わせる。
そして俺たちは、そんな地上に落下した。
システム的な処置だろうか、幸いにも落下ダメージはなかった。
俺たちが着地したのは墓地の一画。
あたりは暗いが、あちこちに灯る炎と星空のおかげで真っ暗闇というわけでもない。
状況を把握しようとする前に、メッセージウィンドウが表示される。
『レギュレーション確認用メッセージです。二回目以降の参加では表示されません』
『参加パーティ:12組』
『スキルスロット:7枠』
『レアリティ上限:1000P』
『エリア収縮速度:3フェイズ/各フェイズ収縮180秒』
……いよいよだ。
"エリア収縮速度" という単語に、いよいよ俺たちはピンときた。
世に出ているバトルロイヤル系ゲームの中には、いわゆる "エリア収縮" と呼ばれるシステムを採用してるゲームがいくつかある。
これは巨大なマップにいくつものチームが散らばり、徐々に小さくなっていくエリアの中で争い合うという形式だ。
段々とエリアが小さくなっていくので、プレイヤーが同じ場所に隠れ続けたり、なかなかチーム同士が出会わなかったりといったゲームの停滞要素が軒並み潰れる。
よってバトルロイヤル制のゲームにとってはとても都合の良いシステムなのだが……問題はそれが、MMOであるこのデイブレに採用されているということ。
つまりこれって──
「──PvPコンテンツじゃねえか!」
俺は頭を抱え、フルルはきらきらと目を輝かせていた。
……たしかに、考えてみれば最適だ。
このマップにアクセスするために必要なのは、夜の魔法使いとしての資質。そして夜の魔法使いというのは、基本的には犯罪プレイヤー、PKによって構成されている。
「まだまだ黎明期なMMOのPvPシステムをテストするのに、これ以上最適なプレイヤー層は他にないな」
どうりでレギュレーションが厳密なわけだよ。
フルルが参加できた以上、最終的には他のプレイヤーたちも参入してくるんだろうが……初期調整はPKたちを実験台にしようって意図なのかな、運営的には。
とにかくこれがミッドナイト・フェスティバルか。
あの人魚姫め、面白いことに巻き込んでくれたじゃないか。
そんなとき、フルルがふっと顔を上げた。
「トビくん、左からです」
「了解」
フルルがこういう報告をするのは、敵が近づいてきたときだけだ。
俺が左を見たそのとき、ちょうど石碑の裏手から一斉に人影がこちらへと駆け出してくる。
ここまで接近されて気付けなかったということは、隠密系のスキルを取得しているのだろうが──フルルの索敵はそう簡単には抜けられない。
「おいおい、本当にトビくんだぜ!」
「アンリアルさんの言った通りだ!」
「よし、俺たちがトビくんの首をいただく! そしてみんなに自慢する!」
──おいおい、なんで参加がバレている?
ウォーターハウスがバラしたとも思えない。それにアンリアルだって?
まあ考えてる暇はないか。
剣を構えるやつと盾を構えるやつが同時に突撃し、その背後には弓兵と魔法使い。まさに "四人チームならこれが一番バランスがいいだろう" って感じの構成だ。
俺とフルルは同時に動いた。
「エンチャント・ノクス」
「ディープダーク」
俺はバフ、フルルは何やら知らない魔法を放ち、そして直後──
──その勝負は一瞬で決着した。
剣を躱しながら打ち放った殺人彗星の殴打は、一撃で剣士の頭を粉砕。
盾兵は両腕をフルルの糸に巻き取られ、がら空きになった首をナイフに刎ねられる。
俺が撃ち出したメンデルのツルが魔術師の首を締め上げる。
弓兵は見当違いな方向に矢を撃ち放った直後、パニックを起こしたように自分の目を手のひらで押さえたかと思えば、そのままフルルの投げたナイフに首を貫かれた。
「ぎゃあっ!?」
「つ、強すぎーッ!」
とコミカルな悲鳴を上げて、死に戻りしていくプレイヤーたち。
普段のように青い粒子に変わるのではなく、影の中に溶けるように消えていく。
最後の魔術師にトドメを刺しながら、俺はフルルに尋ねた。
「さっきの魔法、もしかして "盲目" みたいな状態異常か?」
「ですね。一瞬ですが視覚を奪います」
やっぱりそうか。
ディープダークとか言ったっけ。弓兵の様子が妙だったのはそういうわけだな。
「〈異常耐性〉だけでも弾かれちゃうくらいレジストされやすい魔法なんですけど……スキル枠の減る今回のレギュレーションなら、みんなケチって外してるだろうなと思いました」
相変わらず適応力がすごいな、お前は。
「それよりトビくん、アンリアルさんって」
「ああ、あのアンリアルだろうな」
俺たちは頷き合う。おそらく知り合いだ。
まさかこんなマップで出会うことになるとは。




