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010 - オタクたるものかくあるべし


「まぁ、さすがにちょっとヒヤッとしたな」

「私も心臓バックバクだよ……でもメニーナには絶対バレちゃダメだよ」

「分かってるよ」


 こういう俺たちの動揺が、メニーナのメンタルに一番良くないだろうから。



 現在地は、リスポーン地点である最初の街。

 ここにいるのは俺とウーリだけ、メニーナはいない。ボスを倒したことで無事にファストトラベルが解放され、俺たちは街に戻ってきていた。


 メニーナのクエストの手伝いはまた明日。

 彼女がログアウトするのを見送り、俺とウーリは同時に脱力してうなだれる。


 疲れた──それに尽きる。

 俺とメニーナという初心者2人がいる状態で、1度も死んではいけないという縛りはさすがにプレッシャーだ。


 でも──


「やるって決めたからにはやるよ。私たちで、絶対にメニーナを死なせない」

「それも分かってる」


 ──やりたいことがあるっていうのは、楽しいことだ。


 

「で、今日は解散か?」

「トビくんが疲れたならそれでもいいけど……まだ余裕あるなら、明日のためにアイテムでも見に行こうよ」

「アイテム? ああ、俺のスタミナ関係の話?」

「それもあるし……装備品の相談もしないとね」


 にいと笑うウーリは「そろそろほとぼりも冷めたでしょう」と俺の手を引く。




 *****




 数時間前に街で騒ぎを起こしたウーリは、今度は頭に布を被っていた。


 頭巾のように頭と口元を隠せば、ひとまずひと目で正体がバレることはないだろう。

 俺もその隣を歩き、街中を進む。

 

「そこら中に露店だ……これ、全部プレイヤーメイド?」

「中にはNPCに店番を委託してるとこもあるけど、商品はそうだね」


 道を歩けば、左右に並ぶ露店の群れ。


 プレイヤーメイドとは、つまりプレイヤーが生産したアイテムだ。

 たったの1週間でこんなにも盛況とは驚きである。売っているものは、食糧に薬に武器まで多岐に渡る。


「土地ってそう簡単に借りられるもんなの……?」

「路上商売の権利は、土地の権利とはまた違うみたい。値段設定も街によって違う。この街では商売システムのチュートリアルも兼ねて格安だけど、他の街に進んだら跳ね上がると思う」


 なるほど、実店舗を持つのとはまた別の話か。


「食べたいものあるなら買っていきなよ。今日くらいはお金貸しますよ?」

「奢ってはくれないのかよ」


 言われて見回す。たしかに露店には食べ物が多い。

 薬や装備品よりも手軽に作れるアイテムだからという理由もあるのだろう。


 それに実際、スタミナの管理は重要だ。

 特にあの飢餓状態──スタミナの減りは意識すればなんとなく感覚で分かるが、現在値がマスクされているせいで具体的な数値で認識できず、忘れた頃にやってくる行動不能というのは相当シビアな気がする。


「まぁシビアなのはスタミナだけじゃないけどね。HPやMPだって、ゲージで目視できるだけで全然信用できないし」

「どういう意味?」

「例えばHPダメージは、命中部位によって全然違うよ。極端な話、普通に受けると1%ずつしか削れてなかった攻撃が、急所に当たった途端70%くらい一気に持ってかれたりする」

「し、信用ならねえ……」


 見えてるだけで、なんの意味もないじゃないか。


「MPも同じく。魔法を使うとき、詠唱や儀礼なんかの必要動作に少しでも誤差があれば消費量がブレる。使用中に動作を妨害されても、体勢を崩してもブレる」

「なんでそんなにシビアなんだよ……」

「スタミナゲージが目視できないのは、HP・MPと比べて消費量が予測しやすいから……ってことなのかな。見えてたら簡単に管理できちゃうからね。トビくんの燃費の不安定さは例外にしてもさ」


 別に、簡単に管理できるくらいのバランスでも丁度良いと思うんですけど……どうもこのゲームの開発元は、安定したプレイというものを許してくれないらしい。


 ただ、この風潮は昔と比べると高まりつつある。


 結局のところ、色んな要素で "安定" を追求できるゲームでは、強いビルドやプレイスタイルが偏りがちになる。このゲームではこのビルドが一番強い、最強だとか……そういう偏りや最強主義は、少なくとも今の世論では嫌われている。


 VRゲームがスポーツとして脚光を浴び、エンターテインメントとして世界中の注目を集める現代。みんなが見たいのは多種多様なプレイスタイルとプレイヤー……そのキャラクター性さえ売り物だ。


 だから、今のゲームに求められるのは不安定さ(・・・・)


 不平等なランダム性や運ゲーとはまた別の、どこまでも安定のない──言うなれば、工夫次第でいつでも盤上がひっくり返る余地を残したゲーム性。それが近年のトレンドだ。


 この〈 DAYBREAK. Magic of the Deep Night 〉というゲームタイトルも、売り文句はたしか──


「──プログラムの余白をAIに任せた自由な拡張性」

「そう、それだ」


 俺の思考を、ウーリが代弁する。


「プレイヤーや周囲の環境から収集したデータを元に、本来存在しないはずのイレギュラーデータをAI生成──そうやって、この箱庭世界の余白は埋まっていく。トビくんとメンデルちゃんの共生は、まさにそのイレギュラーかもね」

「まぁ、そうかもな」


 ちなみに……

 ウーリ曰く、そうして発生したイレギュラーも俺だけのオンリーワンにはならないらしい。


 1度そうやってイレギュラーが発生し、世界にデータが加筆されれば、以後は同じ条件を揃えることで誰しもが同じデータを獲得できる。

 つまり後追いが可能ということだ。そこはゲームとして、最低限の公平性が担保されている。


「だから油断しちゃダメだぞ〜。余裕ぶっこいてたら寝首掻かれちゃうよ。私とかに」

「お前かよ。心配されなくても特別だなんて思ってねえよ。100万も200万もプレイヤーがいたら、誰かしら奇跡のコマンドを踏み抜くだろ」


 なにせ、ビルドも行動も200万通り。

 俺があのイベントで奇跡を起こしたように、今もどこかで誰かが奇跡を起こしている。


 というか、ウーリと何かを競うつもりは今のところない。


「まぁいっか。で、結局トビくん、食べ物は何も買わなくていいの?」

「いいよ、金ないし。その代わり、明日はメニーナさんの約束より2時間前に集まってオオカミ狩りしようぜ。たっぷり生肉蓄えてから行こう」

「おお、トビくんやる気! 手伝う!」


 ウーリの了承を得る。

 俺はメンデルを経由すれば、生肉から直接スタミナを吸い上げることができる。だから調理済みの割高アイテムを買い込む必要はないのだ。


「それで? 本題は装備品の方だろ?」


 視線を向けた先で、ウーリはにいっと笑った。

 露店の並ぶ大通りを抜けて、路地裏。ぽつんと壁から突き出たひとつの木造扉に手をかけながら言う。


「うん、丁度ついたとこ。トビくんに非合法武器職人を紹介しよう」




 *****




 非合法武器職人なんて言葉は辞書には載っていないが、さすがの俺でもピンと来た。


 ウーリが愛用しているあの異質なコンパウントボウ。

 弦を引くためにスキルを4つも使わなければならないという、武器としては失格ギリギリ……というかギリギリ失格の巨大弓。


 あれを作ったプレイヤーのことに違いない。


「ちなみに "全身植木鉢人間" なんて言葉も辞書には載ってないからな」

「分かったよ、フラワーポットマン」


 先導するウーリに着いていく形で扉をくぐった。


 見た感じは、店というより鍛冶場。

 暗闇の中に輝く炉と炎。商品らしき武器や防具はどこにも見当たらず、金属片やら金属粉やらがあちこちに散らかっている。



 そんな工房の一番奥に、男はいた。



 鍛治職人──

 と聞いて想像するイカつい体格とは真逆のひょろひょろとした男だった。

 ウーリに気付いてふらりと後ろを振り返り、おお、と丸眼鏡の向こうで死んだ目をきらめかせる。


「う、ウーリさん! これはこれは、今日は一体どのようなご要件で……」


 ぴたりと止まり、視線が俺を捉える。


「う、う……ウーリさん、と、隣の……方は……」

「彼氏」

「かれっ゛」


 やめなさいよ。


 勢いよく噛んだ舌を抑え、もだえながら男は蹲る。

 ひと目で分かるこの動揺っぷり……今まで何度も見てきた日ノ宮フォロワー(・・・・・・・・)のそれだ。


「か、彼、彼、彼氏……彼氏……? いや、だけど……ウーリさんが幸せなら俺は……俺は……ッ!」


 しかもピュアな方のフォロワーだ。

 ぶはっと吹き出して笑うウーリの首にチョップを入れながら、しゃがんで蹲る鍛冶屋の顔を覗く。


「あの、真に受けないでくださいね。こいつ、常に意味のない嘘を吐いてないと死ぬマグロみたいなやつなんで」

「トビくん、女の子にマグロなんて言っちゃダメだよ。えっちだなぁ」

「お前マジでいい加減にしとけよ」

「う、嘘……?」


 未だ痛むらしい口元を抑えながら、ゆっくりと上げた顔は虚ろだ。

 アバター越しにも分かる疲れきった表情が見上げる。


「というか、今 "トビくん" って……?」

「そうだよ、紹介しにきた。こっちはトビくん、私がチームにいた頃の元チームメイト」


 次に、俺の方を向く。


「トビくん、この人はビルマーさん。この工房を見てもらえば説明はいらないと思うけど、鍛治系生産職の人だね」

「ど、どうも……」


 ゆっくりと起き上がり、優しげでほんわかとした表情を浮かべる彼──ビルマーさん。

 丸眼鏡に長い黒髪を後ろでくくっているお兄さんだ。痩せ型でガタイがいいって感じでもないが、背は俺より高い。


 とにかく、ぎゅっと握手を交わす。


「よ、よろしく、トビさん」

「こちらこそよろしくお願いします、ビルマーさん。あの機械弓、超カッコよくて感動しました。俺から紹介してほしいってウーリに頼んだんです。あと彼氏じゃないです」

「う、うん、分かってるよ。いきなりでちょっとビックリしちゃっただけだから……申し訳ない、情けないところ見せて」


 いえ、とても誠実なフォロワー根性でした。


「そ、それに、トビくんのことはウーリさんからよく聞いてて……チーム時代の試合ログもたまに拝見してまして。いやあ、なんだかすごい動きするプレイヤーがいるなぁとは前から思ってたんですが……まさかこうして会えるとは、光栄!」


 にっと歯を見せて笑う感じは、気弱そうながら快活だ。


「雰囲気いいでしょ。腕もいいよ、変な武器ばっかり作ってるけどね」

「いやぁ……お恥ずかしい」


 さて、とビルマーは姿勢を正す。


「それで今回、トビさんはどのような武器・防具をご要望で……?」

「ああ、今日はただの顔見せのつもりだったんだけど……でも今の時点で相談できる部分があるなら、早いうちに相談しておくべきかな」


 そう言って、ウーリは俺の肩をぽんと叩いた。


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