8話 共同戦線
※
先制攻撃は焱獄鳥による火炎放射だった。掌から放たれた炎は、誘導ガスもないというのに一直線に二人に向かって伸びた。
「こんがりと丸焼きにおなりなさい!!」
灼熱の業火が二人に襲いかかる。
「防げますか!」
「当然!」
誠が一歩前に出て、盾を構える。
炎は盾と激突すると、Vの形で割れた。その隙に、綾音は力強く床を蹴って一気に間合いを詰め、焱獄鳥の胴体目掛けて抜刀した。
「危ないですなぁ」
言葉とは裏腹に、焱獄鳥は優雅に両手を羽ばたかせて跳躍して躱わす。
「貴方の技の斬れ味は恐ろしいですからね。もう当たってあげませんよ」
「クッ」
「よそ見現金――」
そんな妖魔に今度は誠が突進を仕掛けていた。
「アタック!!」
盾の上辺を正面にして、思いっきりフルスイングする。奇襲は見事成功し、焱獄鳥は防御が間に合わず、人間でいう脇腹の辺りに誠の一撃がクリーンヒットした。
ズザザ、と天から地に勢いよく焱獄鳥が着陸する。
これ以上ないぐらい会心の手応えであった。
しかし、
「ホッホ、効きませんなぁ」
怪鳥は余裕綽々の表情で言う。
「うっそー。マジか……」
流石の誠もこれにはショックを受けたらしく、口を大きく開けた。
「ホッホッホ、今の一連のやり取りで貴方方の弱点は分かりました。――剣士の貴方は攻撃力は目を見張るものがありますが、私の炎を防ぐ術がない。――反対に、盾の貴方は炎は防げても攻撃力は大したことがない」
「――っ」
「おお! すごい分析力!」
焱獄鳥の解説に、綾音は顔を顰め、誠は小さく拍手した。
「であれば、対策は至極単純」
ポンポンポン、と焱獄鳥の両掌から野球ボールぐらいの炎球が十数個出現し、山なりの軌道で並んで浮遊していた。
「反撃に転ずる暇を与えない手数で、防ぐことのできない速さの攻撃を繰り出せばいいだけなのですから」
瞬間だった。火球たちが一斉に誠と綾音に向かってくる。小さい分、速度に特化しているのだろう。さっきの炎球と比べて疾かった。しかも数がある。確かに、全てを防ぐのは難しいそうだが、それでも避けられない速度ではなかった。
バッ、と示し合わせたように二人は左右別々に跳んで回避した。――と思った。
「甘いですな」
速度はそのままに、火球が半分ずつ左右に走り屋顔負けのドリフトをかまして、二人を追跡した。
「なっ!?」
「おっ!」
まさかの追尾機能に、さしもの二人もギョッとする。
(こりゃ避け切れないな)
誠は反転して脚を止め、回避から防御に切り替える。迫るは小回りの利く火球が七発。全ては防ぎ切れない。一・二発の被弾は覚悟して誠が盾を構えた時だった。
「バカ! 避けなさい!」
同じく火球を避け続ける綾音から叱咤が飛んできた。
自分の判断よりも綾音の判断。誠は防御体勢を解除して、横に大きく跳んだ。際どいタイミングではあったが、紙一重で当たらなかった。
そして、これは完全なる偶然が生んだ幸運だが、火球は急な誠の方向転換についていけず、その内の一つが近くの壁に激突した。
すると、火球がピカッと光り輝いたと思ったら、太鼓を力強く叩いた音と怪物の唸り声をかき混ぜたかのような轟音が肌を引っ叩いた。
それが火球の爆発によって発生したものだということは、文字通り火を見るより明らかだった。
「なるほどー。そういうこともできるんスねー」
速度重視の火球と見せかけて、実は追尾機能搭載の高性能爆弾だったというわけだ。しかもタチが悪いことに、一個爆発すると他の火球まで誘発して爆発してしまうおまけ付き。つまり、一発でも被弾しただけでアウトということだ。もし、受けていたら今頃木っ端微塵だっただろう。
「ホッホ、運がよろしいことで。ですがご安心を。まだまだございますよ」
何一つ安心できない発言と共に、防御不能のまた火球が放たれる。しかも今度は十発。
「さぁ、踊り狂って死になさい!!」
勝利を確信したのか、焱獄鳥は哄笑を隠さなかった。
それに対して誠は、何を思ったのかその場から一歩も動かず火球を待ち受けていた。
「バカ! 何してるの!?」
「ホホ、諦めましたか」
綾音からは叱責が、焱獄鳥からは嘲笑が飛んでくる。ただ、そのどちらにも誠は動じることなく、
「ほい」
さっきの爆発で壊れた瓦礫を拾って、それを火球目掛けて軽く投げた。
そして、火球は瓦礫と接触するや否や、大爆発を起こした。
壁にぶつかって爆発するなら瓦礫と衝突しても爆発する。当然と言えば当然の話だった。
「――」
それを見た同じ火球に追われる綾音もまた同じ対処法を取る。幸いここは百貨店だ。投げる物には苦労しない。近くにあった適当な商品を拾ってぶん投げた。
再び大爆発が起きる。
綾音は爆風を軽やかに避けて、誠の隣に並び立つと、
「き、気づいてましたし!!」
顔を真っ赤にして吼えた。
「えー、なんかウソくさいな〜」
「う、嘘なわけないでしょう!? あんな弱点塗れの技!」
「そうなんすよね〜。一対一の初見時なら有効な技なんですけど、それ以外だとあまり意味がないんだよな。すぐ対策されちゃうから。だから、二回連続で来た時は何か罠かなって最初疑っちゃいましたよ」
「え、ええ! ほんと、そうですね!」
そんな会話を二人は繰り広げる。彼らは気づかない。誠は危機感がないせいで、綾音は恥に思考を支配されてしまっているせいで、――この一連のやり取りで最も恥をかいたのは誰なのかを。
ピキピキ、と今にも千切れてしまいそうなぐらい血管を浮かばせている焱獄鳥。その全身から鬼気迫った妖力が漏れ出していた。
それでようやっと、こんなアホみたいなやり取りをしている場合ではないことを綾音だけは思い出す。誠はそもそもこれが自然体なので特に変わらなかった。
「せっかく我がアートにしてあげようと、て……、手心を加えていただけだというのに! そんな私の優しさを踏み躙りおって!」
「言い訳はダサいっスよ」
「だまらっしゃい! もう許しませんよ! 二人とも細胞の一片すら残さず消し炭にしてあげます!!」
途端、焱獄鳥を起点に、炎の津波が室内を出現した。津波は商品棚を次々と飲み干しながら、二人に迫ってくる。
「うおっ、すげぇ。これは盾じゃ防げぎきれないな」
流石に火力が高すぎる。どうやらさっきまでは本気じゃなかったというのは強がりではないらしい。誠は素直に感心する。
「感心してる場合ですか! 防げないなら逃げなさい!」
そんな能天気な後輩の首根っこを綾音が引っ張ってフロアの奥へ向かってダッシュした。
「逃すとお思いですか!」
焱獄鳥が炎の追手を差し向ける。しかし、それより速く、綾音が床に一枚の符を床に叩くようにして置いた。
瞬間、符から白い煙幕が吹き出し、二人の姿を隠した。
「小癪な!」
すぐさま、炎で煙幕を払うが、――そこに二人の姿はなかった。
あのままやり合ったらヤバい。そう判断して一旦フロアを支える柱の陰に隠れた。
「あれって、霊符ってやつですよね? アキラさんに見せてもらったのと同じ」
「ええ、持ってきておいてよかったです」
焱獄鳥にバレないように声を落として二人は話す。
アキラが言っていた旧来の霊具の一つにして、唯一現役なもの。
「便利っすね」
「そうでもありませんよ。一枚作るのに結構時間喰いますし、使用にかなりの霊力を消費する上に基本使い捨てだからあまり好きじゃないんです」
「ふむ、ちなみにあと何枚ある感じですか?」
「今のが最後です」
「なーる」
もう一枚あれば今度は誠が煙幕を使って奇襲を仕掛けられると思ったのだが、現実というのはいつも甘くない。
「いやー、にしても暑いなー」
誠が服の襟部分をパタパタして空気を循環させながら言う。焱獄鳥の本気の炎によって室内温度が急激に上昇し、五階はほとんどサウナ状態だった。
「どうしますか?」
隣でじっとり汗を浮かべる綾音に訊いた。
「……どうするもこうするも、これ以上暴走される前に斃すしかないですが……」
一番重要なその方法が思いついてないのか、肝心なところで綾音は黙ってしまった。
『どこに隠れているのです! 早く出て参りなさい!』
この間にも焱獄鳥は業火を撒き散らしながらフロアを練り歩いている。
早く手を打たないとどっちにしろ蒸し焼きになってしまう。
「しかし、炎もさることながら、あの羽毛も厄介ですね。あんなの鎧を纏っているのと変わりません」
「水蓮寺さんの斬撃は通ってたじゃないですか」
「ええ……。ただ、腹立たしいですが、今の私では恐らく一撃じゃ致命傷にまで至れません。そして、二撃目に達する前には燃えカスになってるでしょう。反則ですよあんなの」
さしもの綾音も、この暑さに参っているのだろう。どこか拗ねたような口調で言った。
「でも、一撃は通るんですね。じゃあ、数秒でいいんで隙とかって作れます?」
「恐らくできますが……、何か考えがあるんですか?」
「はい! 耳貸してください」
別にコソコソ話す必要はないのだが、こんな状況でも楽しみたい誠であった。綾音はツッコムのもバカらしいと思ったらしく、大人しく耳を差し出した。
誠から作戦を聞く。そして、
「……それ、作戦と言いませんよ。第一、成功するんですか?」
大きくゲンナリした。
「えー、そうですかねー。ま、成功するかは賭けですけど! いけると思うんですよね!」
「失敗したら?」
「二人とも死にますね!」
冗談みたいなノリで誠が言い切る。その様がやはり気に食わなかったのか、綾音は顔を顰めた。
「怖くはないんですか……は、貴方には愚問でしたね」
「よくお分かりで! どっちにしてもこのままじゃ死ぬだけなんで、乗ってくれません?」
「……はぁ、そうですね。どっち道、私に代案はありませんし、それに貴方の言う作戦もどきが成功すれば勝てるのも事実です」
このまま無謀に突っ込んで無駄死にするよりはマシだろう、と綾音は決定づける。
「失敗したら恨みますからね」
「えー、でもその場合どっちも死んじゃってますから、――死人が死人を恨むって斬新ですね!」
「……やっぱり、嫌いです」
どこまでも噛み合わない二人による共同戦線開始だった。