7話 不意打ち
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少し時を戻して、警視庁対魔課科学霊具研究室。
「本当にそれでいいのかい?」
そこの長である宝蔵院アキラから、誠は問われた。というのも、古今東西ありとあらゆる武器が揃っているこの場所で、好きなものを選べる状況において、誠が選んだのがよりにもよって盾だったからだ。
「もっと強い武器も用意できるんだが。盾だと攻撃力が足りないだろう」
「ん〜、いや、やっぱり盾がいいですね。これなら訓練で使い慣れてるんで訓練せずに使えそうなんで。――あ、警棒とかさすまたとかありますか? セットで使いたいです」
「それはあまりオススメしないな。科学霊具は、物にって霊力の込め方や安定のさせ方がかなり違ってね。左右で別の武器を使うのは、右手でバスケをしながら左手でテニスをするようなものだ。同じ武器を二つ持つならともかく、全く別のものを同時に使いこなすのはそれこそ長期間の訓練が必要になる」
「そうっスか〜」
グッドアイデアだと思ったのに、と誠は肩を沈めた。
「しかし意外だな。君はもっと攻撃的な武器を選ぶと思っていたよ」
「盾は攻撃にも使えますよ。キャプテン・アメリカを知らないんですか?」
「それはそうだが、そうじゃなくてだな。まさか恐怖のない君が、自分の身を護る盾を選ぶのは些か予想外だっただけだ」
「ああ、そうですね。ついでに自分の身も護れれば一石二鳥ですね」
「む、妙な言い回しだな。自分以上に優先すべきものがあると?」
アキラは首を傾げて尋ねる。
「何言ってるんですか! 当然じゃないですか!」
誠はドンと胸を叩いて自信満々に答えた。
「警察官の盾はいつだって、自分以外の誰かを護るためにあるんですから!」
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そして現在。誠は盾を構え、妖魔と対峙していた。背後には息も絶え絶えの状態で倒れ伏す同僚が一人。誠が科学霊具を展開して、割って入らなければ、彼は死んでいただろう。
「ちゃんと起動したなー。良かった良かった」
右手首のバングルを見ながら軽く言う。一応、研究室でもテストはしていたが、現場でもちゃんと動いて良かった。もっと言うと、盾の性能が優れていて良かった。でなければ、焼死体が一つ増えていただけになっていたところだ。
(ま、そうなったらそうなったらだしなー)
それでも誠は暢気だった。魔女の処刑方法だったぐらいだ。焼死が辛くて苦しいのも理解しているし、想像もできる。その上で何一つ臆さず、不確定な武器に命を預けて行動できるのが彼の特異なところである。
「それにしても、火どころか熱まで弾くって、すごいなこれ」
誠は今しがた焱獄鳥の炎球を防いでみせた己の盾をマジマジと改めて観察した。
アキラ曰く、
『この盾は妖力に反応する仕組みになっていて、妖術だけでなく、それによって起きた副次効果にも有効だ。ただ、相手の妖力が君の霊力を上回っていたら破られることもあるし、精神に干渉してくるタイプの妖術には無力だから注意したまえ。――ま、それでも君なら大抵の妖術は防げるだろうさ』
とのことだった。
誠にとっては感動ものの出来栄えだったが、反対に面白くないのは自信満々に炎球を放って、完璧に防がれた焱獄鳥である。
「ホッ……ホッホ、どうやら一撃防げたのが余程嬉しいようですねぇ。ええ、その感情は正しい。事実、私の炎球を凌いだのは貴方が初めてです。しかし心苦しいですが、そんな貴方に残念なお知らせをしましょう。――今のは全力を百とするなら精々が六十というところ。つまり、本気はあんなものではないということです」
「え? そうなんですか? ――ま、別に心配には及ばないですよ。今のが六割なら、たぶん十割でも問題ないです」
「……ホ! ……ず、随分とまぁ威勢のよろしい方ですね。良いでしょう。その言葉に偽りがないか確かめてあげましょう!」
誠は無邪気に本心を伝えただけだったのだが、どうやら焱獄鳥の心にも火をつけてしまったようだ。元々、猛禽類らしく鋭かった目付きがさらに尖った。
だが、それでも誠に焦りはなく、困ったように言った。
「あー、俺に怒るのはしょうがないんですけど、もうちょっと周り見た方がいいですよ」
「何を言って――ハッ!?」
それでようやっと焱獄鳥は気が付いた。背後の死角から忍び寄る自分とは別の影に。
ヒュン、と微かな風切音と共に、金色に光る刀身が焱獄鳥の首を目掛けて迫った。
「きっ!」
上擦った声を上げて、咄嗟に翼で首元をガードする焱獄鳥。ガキン! と耳に轟音がつんざいた。
「チッ、浅いか」
綾音がその端正なルックスから飛び出したと思えないドスの効いた舌打ちを放った。
綾音が使用した技は『影縫』。
霊力と気配を完全に絶って相手に死角から近づき、射程に入った瞬間、霊力を開放して斬り捨てる技なのだが、いかんせん威力が落ちるのが難点である。
それでも、さっき竪山が乱撃をしてもビクともしなかった焱獄鳥の翼に、微かではあるが傷を付けた。
「私の翼に、人間が……!?」
初めての経験だったかのか、焱獄鳥はショックでよろめくと、後ろに大きく飛んで距離を取った。
「成程……。どうやら貴方方はこれまでの雑魚とは違うようですね」
フルフルと肩を揺らしながら焱獄鳥は言う。震えは恐怖ではなく怒りからだ。侮られ、傷つけられた屈辱が憤怒に変わって、焱獄鳥を突き動かしていた。
「誰が……」
しかし、焱獄鳥以外にも、もう一人怒れる者がいた。
「雑魚だ!」
どう考えても絶対安静の重症にも関わらず、竪山は肘をついて立ち上がろうとしていた。
「お前だけは、俺が……ぐっ」
「あーあ、無茶するから」
足に力が入らずよろける竪山の肩を誠が支える。
「安静にしててください。アイツは俺と水蓮寺さんとで倒しますから」
「うるさい! 黙ってろ!!」
興奮冷めやらぬ竪山は、バシッと誠の手を振り払った。
「ジャマすんな……! コイツは俺の獲物だ!」
フーフーとよだれを垂らしながら、獰猛な肉食獣のような気迫で、無理やり肉体を奮い立たせる竪山。その狂気じみた執念に、雑魚と侮った焱獄鳥は勿論、味方であるはずの綾音すら気押されていた。
そんなタイミングだった。
「えい」
誠が思いっきり竪山の顔面を蹴ったのは。
「がっ……」
味方だと思っていた人間からの脈絡のない暴挙に、限界ギリギリで保たれていた竪山の意識が今度こそシャットダウンした。
「な、何してるの……?」
あまりに突飛な行動に、綾音が素で尋ねた。
「えーと、このまま闘わせたら死んじゃうのに、話を聞いてくれそうになかったので、大事に至る前に気絶してもらいました!」
敵味方問わずドン引きしている状況にも関わらず、溌剌と誠は答える。そして、そのまま気絶する竪山の首根っこを掴んでフロアの奥に引きずっていく。
敵を前に背中を向けるという愚行。仕掛ける絶好のチャンスだったが、焱獄鳥もまた未知の人間との遭遇に、呆気に取られていた。
「よし! じゃあ、続きを始めましょうか!」
誠が戻ってくるなり、パンと手を叩いた。それで、「ハッ!」と綾音と焱獄鳥の双方が正気に戻った。
「ホッホ、奇特な人間もいたものです」
「……そこだけは同意してあげます」
「? なんの話ですか?」
「貴方には関係ない話です」
首を傾げる後輩に、綾音は大嘘をかます。
「それより、――やりますよ」
そして、絶対零度の声を出してこの変にのほほんとしてしまった空気を見事締めてみせた。
「了解です!」
これには流石の誠も空気を読んで、思考を切り替え、綾音の隣に並ぶ。
「よろしい。お二人とも美しく黒に染めてあげましょう」
焱獄鳥も調子を取り戻したのか、両手を大きく広げ、それぞれの掌から炎を出現させた。