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警視庁マイナス課  作者: 西沢 陸
百鬼連盟編
6/35

6話 お披露目


「や、おかえり」


 アキラから望みの科学霊具を支給され、最新のゲーム機を買ってもらった小学生のような軽い足取りで鎮圧係の部屋に戻るやいなや、橋渡が声を掛けてきた。彼の前には、刀のチューニングが終わり、先に戻っていた(待ってくれなかった)薄情な先輩も立っていた。


 どうにも、ピリついた空気が流れている。


「何かあったんですか?」


 誠が訊くと、うんと橋渡は答えた。


「新宿署から応援依頼があった。なんでも新宿の伊高屋で妖魔が暴れているらしい」

「伊高屋ってあの大型百貨店のですか?」


 新宿のシンボルマークの一つと言える場所。そこに妖魔が現れたという。


「それもかなり強力な奴らしくて、力を貸してほしいって。――二人とも行ってくれるね?」


「「了解です!」」


 誠と綾音の声が揃う。こういう時だけは息ぴったりだった。


 ※


 ありがたいことに逸れ組織である対魔マイナス課にも捜査車両は支給されていた。サイレンを全開にして突っ走ったところ、隣接した区なだけあって、目的地のデパートまではあっという間に着いた。


「あれは……」


 車を路肩につけ、前に屈んでフロントガラスから外を覗くと、デパートの至る所から真っ黒な煙が噴き出ていた。


「行きますよ」


 どうにも事態は深刻らしい。険しい顔付きで、綾音が一足先に降りて行く。誠もその後に続いた。

 今回の件はそこそこ騒ぎになっているらしく、デパートの前は野次馬と報道陣による人の壁が形成されていた。その隙間を二人は縫って行く。そして、事件現場お約束のキープアウトと書かれた黄色いテープを潜って建物に入る。

 

 中に入るや否や、


「水蓮寺巡査長ですね! お待ちしておりました!!」


 待ち構えていたのか、一人の男性警察官がビシッと綾音に敬礼した。


「……私を知ってるんですか?」

「はい! 以前の合同訓練でお見かけしたことがあります! ――あ、申し遅れました。自分、新宿署対魔課の竪山と申します!」


 竪山と名乗る男は、どうやら随分と真面目な性格らしく、これまたビシッとお辞儀をする。加えて、合同訓練で一緒だったにも関わらず、綾音に認知されていない事実に多少は狼狽えてもいいのに、それをおくびに出さないところから良い奴でもありそうだった。

 それはともかく、普段絡まないはずの警察官が自分を知っている理由に合点がいったのか、綾音は警戒を解いて、竪山と向き合った。


「状況を教えてください?」

「はい。伊高屋の五階に炎を操る妖魔が出現。館内にいた人の避難は全て終えており、現在、加賀李係長を筆頭に新宿対魔課四名で応戦中です」

「……戦況は?」

「それが、五分ほど前から連絡が途絶えてしまって……」


 沈鬱な面持ちで竪山が報告する。察するに、連絡が取れなくなった段階で、一人でも駆け付けたかったのだろう。それをせずに応援を待っていたのは、なんとも模範的な警察官らしい実直さと言える。


「分かりました。すぐに行きましょう。案内してください」

「了解です! ……あの、ただ」

「ん?」


 竪山はチラリと誠の方を見た。恐らく、誠の存在がまだ共有されていないのだろう。故に、どういう扱いの人物なのか分からず、困惑しているようだった。


「ああ、この人のことは気にしないでください。たぶん、邪魔にはなりませんから」

「そう……ですか、了解です」


 大変優しい先輩からのフォロー?に、竪山は戸惑いながらも納得した。というよりは、それどころではないので納得するしか無かったのだろう。


「では、行きましょう。こっちです」


 バッ、と竪山が駆けた。流石に対魔課なだけあって、霊力の扱いはお手のものなのか、彼の走力は大したもので、置いていかれないように二人も霊力を脚に集中させて付いていく。




 五階に突入して、誠が最初に思ったのは、懐かしいなだった。


 あれは確か、祖母の葬式の時だっただろうか。それまで誠は身内の不幸とは縁がなかったので、初めてそういった場に参加した。その際に、葬儀の最後の最後、火葬場で祖母の肉がこの世から掻き消された時に感じた臭い。――つまりは人体が燃える臭い。それがフロア中に立ち込めていた。


「おや? 新手ですか」


 その源泉地から声が聞こえる。 

 声の主は、人型ではあったが、明らかに人間ではなかった。全身は鋭い羽毛に覆われ、鳥を骨格を無理やり人間に貼り付けたような姿だった。唯一、普通の鳥と違う点があるとすれば、翼が背中からではなく、両手の下から生えているところだろうか。おおよそ、羽ばたく為に生えているとは思えない。


「私は『《《百鬼連盟》》』が一人、焱獄鳥えんごくちょうと申します。短い付き合いになると思いますが、どうかお見知り置きを」


 恭しく紳士然とした態度で、自己紹介をする妖魔・焱獄鳥。しかし、その礼儀正しさとは裏腹に、その手には人間――否、人間だった真っ黒に焦げた肉の塊が握られていた。


「ああ、これですか? 実は私、生物の焦げた姿と匂いが大好きでしてね。特に人間は良い。香ばしさが多種多様な上、掃いて捨てるほど数がいる。加えて、他の生き物は一匹が燃やされたら、一足脚で逃げるにも関わらず、貴方がたのように、逆にわらわら集まってくるのも魅力ですね。まるで、私に燃やされるために生まれてきた生き物じゃないですか」


 訊いてもいないのにニッタリ笑う焱獄鳥。この調子だと、この真っ昼間に人がごった返す大型百貨店で暴れていることにさしたる意味はなさそうだ。


「おい……、妖魔。一つだけ教えろ」


 さっき綾音達に対しての礼儀正しさはどこへやら。竪山は力みまくって震えた指で、焱獄鳥が掴んでいる焼死体を指した。


「その人は誰だ?」

「はて? 一々個体の識別などしておりませんし、仮に覚えていたとして死人の情報を知って何になるのか理解に苦しみますが、――そうですねぇ、これは確か性別はメスでしたよ。対魔課の係長とか言ってましたっけ?」

「――ッツ!?」


 ギリ、と隣で何かが砕ける音がした。見ると、竪山の口の端から血が滴っていた。


「……他の人達はどうした?」

「質問は一つじゃなかったのですか?」

「いいから答えろ!! 他に三人いたはずだ!」

「勝手な人ですねぇ。――そこら辺に転がっていますよ。黒焦げになって」


 と言って、焱獄鳥はポイとゴミのように同僚の遺体を投げ捨てた。それが、竪山を繋ぎ止めていた理性の糸を断ち切った。


「このクソ野郎がァあ!!」


 獣の如き咆哮と共に地を蹴って、焱獄鳥目掛けてダッシュする。

 その両手には、いつの間にかそれぞれ霊力でできた短剣が握られており、その双剣こそが彼の科学霊具だった。


「みんなをよくも!」


 ダン、と大きく上に跳び、両肘を耳の後ろまで持っていき、そのまま振り下ろした。


「死ね!」


 怨嗟を纏った一撃が焱獄鳥に炸裂する。


 だが、


「ホッホ、怖い怖い」


 その渾身の一撃を、鳥の妖魔は片手の翼で軽々と受け止めた。


「だからどうした!」


 双剣の最大のメリットは手数ある。それを証明するかのように、連撃を叩き込んでいく。


「軽いですなぁ」


 鳥の怪物は、その尽くを嘲笑と共に両翼で受けていく。キンキンキン、と双剣と翼がぶつかるたび、金属音がフロア中に鳴り響いた。


「くっ、ざけろ!!」


 竪山が手でバツを作り、両腕に全霊力を集中させる。

 瞬間、彼の双剣の刀身が大きく伸びた。


 クロスエンド。

 彼が編み出した対妖魔用の奥義であり、霊力を注いだ双剣で、交差した斬撃を放つ技である。


「喰らえ!!」


 どんな硬い妖魔であっても、この技を浴びて無事だった者はいない。稽古では、鋼鉄の塊すら両断した。竪山はこの技は破壊力だけなら全警察官の中でも一番だと自負している。技の完成には、新宿署対魔課の課員みんなに手伝ってもらった。特に、面倒見の良かった加賀李係長は率先して夜が明けるまで稽古に付き合ってくれた。竪山にとって、この技はただの必殺技ではない。有体な表現をするならば、新宿署の血と汗と涙と努力の結晶だ。


「みんなの仇だ!!」


 竪山がさらに深く一歩踏み出し、決死の一撃を放――


「飽きましたね。もう結構です」


 つよりも先に、焱獄鳥が超高速で翼を振るった。その一撃は、殴るというより叩くに近い攻撃であり、竪山の肉体は商品棚を幾つも巻き込みながら、百貨店を支える柱に激突した。


「がっ、ぶ」 


 竪山が盛大に吐血して、床に倒れ伏した。


「あぁ……、うぅ」

「ホ、生きているとは。さては咄嗟に防御しましたね。大したものです。よろしい、その健闘を評して、――我が妖術で終わらしてあげましょう」


 口だけの賞賛をすると、焱獄鳥は片手の掌を天井に向けた。そこらか、バランスボールぐらいの炎球が生まれた。


「香ばしくおなりなさい」


 炎球が飛んだ。竪山は辛うじで意識はあるようだが、そもそも死んでいないのが奇跡だ。避けるのはもちろん、動くことすらままならい状態である。

 小さな太陽を彷彿とさせる炎球が、竪山を襲った。

 炎球は目標に到達すると拡散し、火の波となってフロアを這った。意思を持たないはずなのに、その動きからはどこか生命力さえ感じさせる。


「うーん。人間の丸焼き、また一つ完成です」


 また一つ芸術作品を作ってしまった、と稀代の炎上アーティストは己の才能に打ちひしがれた。あとは、完成品を見届けるだけである。


 しっかり黒焦げになっているだろうか。もし骨が少しでも覗いてしまえばそれは失敗だ。黒一色の姿こそ真の美しさなのだから。

 焱獄鳥は、演劇の幕が開くのを待っている時のようなワクワク感で、炎が落ち着くのを待つ。

 そして、やっとシルエットが見えてきたところで気がついた。


「……これは、一体どういうことですかな?」


 倒れ伏す人間とは別に、シルエットがもう一つあったのだ。それが彼の前に立ち塞がっている。


「ふー、危なかった。ギリギリセーフ」


 もう一つのシルエットの正体は――黒瀬誠だった。


 彼の肌は一ミリだって焦げ付いていない。それを成し遂げたのは、ひとえに彼の右手首に装着された科学霊具のお陰だった。


 それは、ある意味では警察官にとって銃より馴染みの深い武器だった。

 見た目は銀製の六角形のバングル。しかし当然、ただのバングルではない。各辺から霊力を噴出し、長方形状の形で硬化する。つまり、黒瀬誠の科学霊具とは――シールドであった。


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