28話 決着
※
「チャージ開始」
誠が右腕に霊力を集め始める。その同タイミングで、ぬらりひょんの姿が消える。
(――後ろ)
これまでの流れからぬらりひょんが背後を取ると考え、誠は振り向きざまに回し蹴りを放った。しかし、そこには誰もおらず、ただ蹴りは空を切るばかり。
「上だよ」
視界の端にぬらりひょんの拳が入ったと思ったら、顔面に衝撃が流れ込んできて、地面に叩きつけられた。
ぬらりひょんの攻撃はそれでは終わらない。倒れた誠の上に跨るように両足を開いて立つと、手にバチバチと雷を纏わせて、誠の心臓目掛けて貫手を放った。
「よいさ!」
誠は貫手が届くよりも早く、左手でぬらりひょんの足首を掴み、地面に叩きつけた。
「ぐっ」
ぬらりひょんが苦悶の表情を浮かべる。それでも誠は止まらず、逆方向にぬらりひょんを叩きつける。
さらにもう一巡繰り返そうとしたところで、――足首の感触が消えた。ぬらりひょんがまたあの妖術を使用したのだ。
この隙に立ちあがろうと四つん這いの姿勢になったところで、眼前につま先があって、全力のサッカーボールキックが誠の顔面に炸裂した。
その衝撃で、誠の上半身が大きくのけ反る。だが、誠はこの勢いを逆に利用して、バク転の要領で一回転し、体勢の立て直しに成功する。それもただ立て直したのではなく、片足を大きく伸ばしてぬらりひょんの顎を蹴り抜くことで追撃を防ぐという快挙も達成していた。
右腕を見ると、チャージは三に達しかけていた。
(やっと半分ってところか。闘いながらの分、どうしても時間が掛かっちゃうな。……ま、溜まったところで、すぐには解放できないんだけど)
マックスまでチャージできたところで、気体化の妖術で回避されたら意味がない。だから、チャージを溜めつつ、あと二回、科学霊具抜きの正真正銘自分の力だけで、ぬらりひょんに気体化の妖術を使用させないとならない。そして、この程度はぬらりひょんも理解しているだろう。残り二回は慎重に使ってくるはずだ。そうなればいつまで経っても切り札を使えず、地力の差でじわじわ追い詰められていく。
であれば、誠が取れる手段は一つ。
(攻めあるのみ!)
使わずにはいられないぐらい追い詰める。
遠距離戦に持ち込まれたら勝ち目はない。誠は一気にぬらりひょんに肉薄する。
「いいだろう」
ぬらりひょんもこの挑戦を受けて立った。
腹に、アバラに、顔に、互いの拳と蹴りが何度もぶつかり合う。ゴッゴッゴッ、と骨と肉がぶつかり合う音だけが展望デッキに響いていた。
互いに防御はなく、傍目からは素人の不良のケンカの延長戦のようにしか見えなかっただろう。ただ、そこに青春の色はなく、ひたすらに相手の息の根を止めようとする泥臭い殺意だけがあった。
両者ともに一歩も引かずに打撃をぶつけ合っていたが、
「よっせい!」
誠の上段蹴りが均衡を崩した。
蹴りはぬらりひょんのこめかみにクリーンヒットし、その身体がよろける。絶大なチャンスだった。これで決まってもいいと意気込んで、誠はすかさず特撮ヒーロー顔負けの飛び蹴りを繰り出す。
「くっ」
瞬間、ぬらりひょんの姿が消え、標的を失った誠の蹴りが空振った。
「おっ! 使った!」
回避された悔しさよりも妖術使った喜びが勝つ。これで残りは一回。不意打ちを喰らわないように周りを見渡すと、ぬらりひょんは離れた場所で膝をついていた。
「休ませないっスよ!」
体力を回復されて、気体化妖術の残数を稼がれたら意味がない。誠は追撃のため、距離を詰めにかかる。チャージは四、あと一歩だ。
「全く、元気いっぱいだな君は!」
皮肉げに叫んで、ぬらりひょんが妖術を発動する。
ぬらりひょんにしてみれば、右腕なしのハンデを背負った状態で押されてしまった以上、得意の遠距離で攻めたいのだろう。――光線、雷、風、炎、氷、岩。彼が持ちいる妖術を大盤振る舞いして、誠の足を止めにかかる。が、疲弊のためか、最初にあった速度も威力もない。躱わすのは容易であった。
そして、誠は一瞬で標的との距離を縮め、そのままぬみぞおちに拳骨を刺した。
「ガハっ!」
苦痛で顔を歪めて、ぬらりひょんが数歩後ずさる。誠がさらに猛追を仕掛けようとしたところで、
「調子に乗るな!」
常にゆとりが絶やさなかったぬらりひょんの声から余裕が消え、代わりに怒気が孕んだ。
すると、――腹から激痛がしたと思ったら、こぷっと誠の口から血が吹き出した。
「あれ?」
見ると、背中から脇腹にかけて、太い尖った岩が突き刺さっていた。傷口から、じんわりと血が広がっていく。
視線を後ろにやると、さっきまではなかった西洋のランスのような岩が生えていた。
「前ばかり見ているからそうなる」
ぬらりひょんが唇についた血を親指で拭いながら冷ややかに告げる。
誠がよろけるように前に出ると、岩は容易く抜けた。ぬらりひょんの慈悲ではない。むしろその逆、敢えて抜くことによって、大量出血によるショック死を狙っているのだ。
そしてそれは成功で、傷口から血がとめどなく溢れてくる。まず間違いなく命に関わるダメージだ。
だから、誠は幽鬼のようにふらついた足で二・三歩進み、
思いっきりぬらりひょんの顎にアッパーをかました。
予想だにしない一撃をぬらりひょんはモロに受けてしまい、身体が宙を舞ってバタンと地面に仰向きに倒れる。
「ぐっ、ぬかった……まさかあの状態で一切の迷いなく反撃してくるとはね……」
相手は死など意に介さぬバーサーカーであることの認識が甘かった。
起きあがろうとしたところで、ぬらりひょんの視界を影が覆った。
慌てて顔を上げると、空中で誠が踵落としの構えをしていた。狙いはぬらりひょんの頸椎。銀髪の妖魔には、その足がギロチンのはは刃のように見えた。
重力に身を預け、血を撒き散らしながら誠が降ってくる。
「クソっ」
普通の回避は間に合わないと悟り、ぬらりひょんはギリッと歯軋りして、――自身の肉体を空気と化した。
ドン! と無人の地面に、誠の踵落としが決まる。
「……ふう」
呼吸を整え、とめどなく流れる脂汗を拭いながら、誠は立ち上がってクレーターと化したヘリポートの上に立つぬらりひょんを見た。
「使っちゃいましたね。最後の一回」
「……」
ぬらりひょんは何も言わず、誠の右腕を見ていた。帯は五本とも真っ赤に染まっていた。
「ああ、勿論チャージは完了してますよ。これで気兼ねなくぶっ放せます」
と、宣言して、誠はチャージした霊力を『解放』した。
「……素晴らしいな」
ぬらりひょんは素直に称賛する。それ程までに、三十二倍に膨れ上がった黄金の霊力は、大きく、何より神々しかった。
「ここまで追い詰められたのは《《二度目》》だ。――君に敬意を表して、同じやり方で迎え討とう」
と、宣言すると、ぬらりひょんの右腕から妖力が爆せた。それは、誠の霊力とはた対照的な、闇を具現化したようなおどろおどろしい形であった。
「君に比べれば多少見劣りするが、僕の全妖力を右腕に込めた。最後は正々堂々と小細工抜きでやろうじゃないか」
薄く笑って言うぬらりひょん。ハッタリではない。そう確信できるぐらいの妖力が彼の右腕に集約されている。
「流石、結構余力残ってたんスね」
誠は感心したように言って、
「――で、技名はなんですか?」
「……ん? いや、初めての試みだからね。そんなものはないし、今後も付けるつもりもない。ていうか、僕は技名をつけるのは反対派なんだ」
「えー! そう言わずにつけましょうよ! 思いつくまでちょっと待ちますから!」
今日一番の驚きを見せて、誠が喰らいつく。
「やけにこだわるね」
「だって、この状況って、少年漫画とかだったら、最終決戦ぽい場面じゃないです! なんかこう、お互いの最強の技名を叫びながらぶつけ合いたいと思いません?」
「全く思わないが……、――まぁ、いい。たまにはそういう趣向も悪くない。……ちなみに、君の技名はなんて言うんだい?」
「アルティメットインパクトですね!」
「そうか。……なら、僕はブラックインパクトとでも名付けるよ」
「えー、なんか雑だし、安直じゃないですか?」
「君がそれを言うかい……」
この期に及んで調子が変わらない誠に、ぬらりひょんは呆れ気味だった。
「ふふ」
「はは」
二人は少しだけ笑い合って、
「――じゃ、やりますか」
「ああ。これで本当に最後だ」
合図はなかった。
されど、二人は同時に地面を蹴った。
先に拳を振るったのは誠だった。
「――アルティメットインパクト!!」
腹の痛みを無視して、壊れかけた右腕を全力で振り抜く。
合わせるようにぬらりひょんも拳を放った。
「――ブラックインパクト!」
律儀に技名まで叫んで。
光と闇。二つの拳が交差する。
瞬間、決着が付いた。




