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警視庁マイナス課  作者: 西沢 陸
百鬼連盟編
3/35

3話 天然


「キャキャキャ、まさかオマエ一人でこの俺様の相手をするキか?」


 後輩とカップルを背後に下げ、単身自分に近づく人間の女に鎌鼬が嘲笑した。

 対して、綾音は冷徹に無言で霊力で形作られた刀を構える。口を開かずとも妖魔如きに語る言葉などないという強い意志が感じ取れた。


「……キャキャ、生意気なオンナだ。――そのスマシ顔、恐怖で歪めてやる!!」


 鎌鼬が超高速で己の代名詞である鎌を五度振るった。

 五つの風の刃が、華奢な綾音の肉体目掛けて飛んでくる。一つでもまともに浴びれば致命傷は避けられない。だが、


「――遅い」


 それを綾音は全て叩き斬ってみせた。


「ナニっ!?」


 流石にこれには鎌鼬も驚愕を隠せず、露骨に狼狽した。戦闘中においては致命的な隙である。

 綾音は床を力強く蹴り、一気に距離を詰めに掛かった。


「ズ、ズに乗るな! 小娘が!」


 今度は真空波ではなく、直接鎌で肉体を刈ろうと鎌鼬も前に出る。


 鎌と刀、二つの刃が交差する。


 勝者は綾音だった。目にも止まらぬ速さで放たれた斬撃が、鎌鼬の両手首を両断した。


「ガァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 耳をつんざく絶叫が室内にこだまする。黒い鮮血を撒き散らしながら後ずさりする鎌鼬。しかし、それを綾音は許しはしなかった。さらに一歩深く踏み込んで、鎌鼬の懐まで潜り込む。


 そして、


「月輪斬り」


 大きく空中で一回転し、その遠心力で加速した一撃を鎌鼬の脳天から叩き込む。斬れ味抜群の斬撃が、肉体を縦に真っ二つにした。


 月輪斬り。――対妖魔用に特化した剣術流派である音無流によって開発された八つある技の一つであり、その名の通り月を模した軌道の斬撃を放つ技である。


 そんな技をまともに受けた鎌鼬は、断末魔など発する間すらなく塵となって霧散した。



 鎌鼬が消滅したのを確認すると、綾音は金色の剣を納めた。


「おお〜」


 目にも止まらぬ瞬殺劇に、誠は無意識のうちに拍手していた。


「感心してる場合ですか。被害者の確認と救護、避難。やることは沢山あります」


 ボサっとしないで下さい、と冷たい目で注意される。


「はーい、――じゃあ、悪いけどさっき言ってた他の人たちの所まで案内してくれる?」

「……え、あ、ああ」


 カップルは目の前で起きた非現実みたいな現実に頭が追いついていないのか、茫然自失の様子で立ちがり、仲間の場所に案内するためにノロノロ歩き出した。


 その時だった。


「ワが同胞を……、許さん!」


 部屋の奥から見知らぬ声が聞こえてきた。見ると、そこにはさっきの鎌鼬と同じ――否、それより一回り大きい鎌鼬がいた。


「――ッツ! もう一体いたのか!?」


 すぐさま綾音が応戦するため再び霊力の刀を発動させようとしたが、


「シね」


 それより早く鎌鼬が鎌を振るった。その狙いは同胞を斬った綾音ではなく――カップルだった。


「なっ、――くっ!」


 飛び込む形で、綾音が鎌鼬とカップルの間に割り込んだ。

 ザシュ、と肉が斬り裂かれた音がして、まだ少女の殻を打ち破っていない女性の背中の肉と肉の隙間から真っ赤な血が吹き出した。


「うぉ、今のはヤバイな。えーと、大丈夫ですか?」


 誠が駆け寄って訊く。


「ぐっ、う」


 まだ息はあった。しかし、出血が酷い。一刻も早く医者に見せなければ。


「私のことはいいです……。早く、二人を連れて逃げなさい」


 血まみれの手で誠の肩を掴み、そのまま肩を杖代わりにしてゆっくり立ち上がった。


「もう一体の存在に気づけなかったのは私の落ち度です。……だから、ここは私が引き受けます」


 吹けば消えてしまいそうな声で言うと、綾音は再び霊力の刀を発動させる。その刀身は、さっきまでとは打って変わってブレブレだった。 

 それでも彼女の闘志だけは衰えずに、刀を鎌鼬に向ける。


「キュキュキュ、威勢の良いオンナだ。イイだろう、まずはキサマから八つ裂きにしてくれる」


 鎌鼬もその挑戦を受けてたった。


 だが、


「ちょっとタイム!!」


 その間に、サッカーの審判みたいに手でTの文字を作った誠が割って入った。

 いつ爆発してもおかしくなかった剣呑に張り詰めた空気が一気に弛緩する。


 綾音も鎌鼬もポカンとしていた。


 その隙に、誠は綾音は近づく。


「ば、バカなんですか!? 私に任せて下がってなさい!」

「いやいや、その傷じゃ無理に決まってるじゃないですか、――と」


 誠は背中の傷に触らないように俵担ぎの要領で綾音を持ち上げた。


「何を……!? 離して!」

「まぁまぁ、落ち着いて。傷が悪化しますよ。――悪いんだけどさぁ、ちょっとこの人見ててくんない?」

「ひっ」


 暴れる綾音を宥めつつ、カップルに彼女を預ける。血まみれの美女に、二人は小さく悲鳴を上げた。


「どうする……気ですか?」

「そりゃあ、水蓮寺さんの代わりに俺が闘うんですよ」

「――なっ!?」


 誠の返答に、綾音が眼と口を大きく開く。


「無理に決まっているでしょう……!! 霊力も使えないのに!」

「ああ、それなら大丈夫です! ――多分使えるんで!」

「はい!?」


 何を言ってんだコイツは、と顔に出ていたが、それは軽やかにスルーして鎌鼬に向かって歩いていく。




「すいません。お待たせしちゃって」


 取引先に五分ぐらい遅刻したサラリーマンみたいな感じで、今から殺し合う相手にペコリと謝罪をする誠。ここまで来ると、その緊張感のなさが逆に異様だった。


「ニンゲンが……! おちょくるのも大概にしろ!」

「うーん、そういうつもりじゃないんですけどねー」

「……まぁいい。ならばまずはキサマからだ! シね!」


 大鎌が縦に振るわれる。今までと同様に真空波の斬撃が出現し、誠に迫った。

 それを誠は――ヒョイっと上体を逸らして紙一重で回避した。


「ナニ!? ――クッ!」


 今度は両鎌をフル活用して、連続で風の刃を放つ。通常、一発であっても躱し切れるものではない。さっき綾音が迎撃できたのは、霊力による五感と身体能力を大幅に強化していたからに他ならない。なんの訓練も積んでいない誠には荷が重い芸当なのだが、


「よっ、ほっ、はっ、ふっ」


 誠は全ての斬撃をギリギリのところで回避してみせる。


「ば、バカな……!」


 その事実に、鎌鼬が驚愕する。背後では綾音たちも瞠目していた。


「ナ、ナゼ当たらない!?」

「やだなぁ、そりゃあ、あれだけ見たらタイミングぐらい掴めますよ」


 手首を小さく上下させて、井戸端会議する主婦の如き軽さで誠は伝える。彼からすると、それぐらい当たり前のことだったのだが、どうやら鎌鼬には挑発と受け取られてしまったようで、


「フザけるな!!」


 さっきよりも大きく速い斬撃を飛ばしてくる。

 しかし、それも当たり前のように軽やかなステップで躱しながら、それどころか前に進んで距離を詰めていく。


 そして、――思いっきりぶん殴った。



 あり得ないものを見た。


「……ウソ」


 綾音の唇と唇の隙間から、声が漏れる。


 霊力を扱えない人間が妖魔を殴る。これ自体はコンクリートの塊に拳を叩きつけるのと変わらないただの自傷行為だ。だから、目の前で起きるべき現象は、鎌鼬は無傷で、フルスイングした黒瀬誠の拳が砕けることである。


 だというのに、


「ガハッ!?」


 鎌鼬が血反吐を吐いてその場にうずくまった。つまり、ダメージが入っている。

 それも決してラッキーパンチではない。続けざまに何発も攻撃を仕掛け、そのこと如くがしっかり鎌鼬のHPを削っている。


この結果から導き出せる可能性は一つ。


「霊力を使えている……」


 彼の拳には霊力がこもっている。否、拳だけではない。鎧のように全身くまなく霊力を纏っている。鎌鼬の斬撃を躱していたことから、身体強化と五感強化も行っているはずだ。


(どういうこと? 霊力の存在を元から知っていた?)


 いや、と即座に否定する。彼は本当に妖魔のことも霊力のことも何も知らないズブの素人だった。それは間違いない。


(であれば、この瞬間に霊力が覚醒した)


 それも違うと判断する。

 霊力そのものは、人間であれば多かれ少なかれ持ち合わせている。それが窮地で突然覚醒することは稀にある。――あるものの、


「ク、クソォ!!」


 鎌鼬が苦し紛れに鎌を振るった。かの妖魔にはそれしかできない。誠はもはや回避すらすることなく、刃を()()()()()()してみせた。


(やっぱり、霊力を使いこなしてる)


 今のも霊力を手のひらに集中させて硬度を上げたからこその技だ。昨日今日、覚醒した人間の熟練度ではない。


 そこまで見て、青年の正体に辿り着いた。


「まさか……、――天然の霊力使い!」


 綾音のような妖魔退治を生業にしている人間は、幼少の頃からの訓練を積むことで霊力を覚醒させ、自在に扱えるようになる。だが、本当にごくごく偶に、生まれ落ちた時から霊力が発現し、扱える人間がいる。そして、その多くが、当たり前に使えすぎるが故に、霊力を霊力と認識できないまま成長することがある。きっと黒瀬誠はそれなのだろう。


(――にしても)


 もう一つ別の問題があった。鎌鼬も同じ壁にぶつかったのか、叫び声を上げた。


「オマエ、コワくないのか!!」


 そう。霊力が扱えようと彼が今日まで妖魔を見えなかったのは紛れもない事実。初対面の怪物、簡単に肉体を裂く斬撃、この建物で起きた全てに恐怖があって然るべきなのだ。なのに、誠は一切の怯えなく鎌鼬と闘っているどころか、圧倒している。一欠片でも臆し、一手でも判断を誤れば肉体を両断される鎌を相手に、冷静に対処している。警察官として危険な状況に慣れているとか関係ない。どんな職種であろうと怖いものは怖くて当たり前だ。今もなお、重症の綾音の陰に隠れて震えているカップルこそが正常なのだ。


 誠の答えは至ってシンプルだった。


「はい! 全く!」


 状況に全くそぐわない満面の笑みで言い切る。綾音の背筋に薄寒いものが走った。どうやら、鎌鼬も同じだったようで、一瞬怯んだ。


 その隙を黒瀬誠は見逃さない。


 鎌鼬の顔面に、全体重と全霊力を乗せた渾身の一撃をお見舞いした。


 その衝撃によって鎌鼬の身体は浮かび上がり、そのまま部屋の壁に激突した。


 そして、これがトドメだった。


 床に倒れ伏した鎌鼬の身体が端から霧散していく。


「クソ……、このオレ様が、こんな…ふざけたヤツに……、ヤられる、なんて……」


 鎌鼬はそれはもう本当に悔しそうに最後にそう言って、完全に消滅した。


「ありゃ、消えちゃった」


 妖魔は死後、塵となって肉体は残らない。そのルールを知らない誠は目を点にしていた。彼は少しの間うんうん唸っていたが、


「――ま、いっか」


 何やら勝手に納得したようで、無邪気な笑みを引っ提げて綾音たちに近づいてきた。


「さ、終わりましたよ。早くここから出ましょう!」


 その何事もなかったかのような態度が、綾音には恐ろしく映った。

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