25話 やめます
※
先に動いたのはぬらりひょんだった。
片腕を前に伸ばすと、彼の背後の空間から数個の光弾が出現した。
「まずは小手調べだ」
スッと指揮者のように腕を下ろす。そのコンマ数秒後、光弾は光線となって、誠に迫った。
(疾い)
回避は間に合わないと判断し、誠は盾を前に出してその内側に隠れる。
ドドドドドド、と盾に光の絨毯爆撃が炸裂する。受ける感覚は、傘に大粒の雨が当たっている時に近い。しかし、これは雨は雨でも光の雨だ。一発でも浴びれば肉体が消し飛ぶ。
(今は耐え)
人間がずっと全速力でずっと走り続けられないのと同じで、この規模の攻撃が無限に続くわけない。必ず終わりはくる。今はひたすら、盾を砕かれないようにだけ気をつけて防ぎ続ける。
予想通り、光線は長くは続かず、しばらくすると止んだ。
だが、ぬらりひょんの猛攻はこれで終わりじゃなかった。
「さぁ、次だ」
ぬらりひょんが地面に手を付いた。
「これは防げるかな?」
途端、誠の足元に異変が起きた。ピキピキと地面にヒビが入ったのだ。
「おっ、そういう感じか」
次の攻撃を察して、誠は軽く跳ねて、盾を地面と平行にした。
すると、それとほぼ同時に、ヒビは亀裂となってそこから巨大な先端が尖った岩が勢いよく隆起した。
ハリネズミを彷彿とさせる岩石は、ガリガリガリガリ! と、盾の表面を削っていく。後コンマ数秒でも向きを変えるのが遅かったら串刺しになっていた。
ただ、穴まみれになるのこそ避けられたが、代わりに空中に打ち上げられてしまった。
「ラスト、これをどう捌く?」
瞬間、急激に空気が冷えるのを感じた。空中で身を反転させて上空を見ると、超巨大な氷塊が浮いていた。
「氷塊に押しつぶされるか、岩石で串刺しになるか好きな方を選ぶといい」
地獄の二者択一。されども迷っている時間はなかった。氷塊が浮力を失い、重力の言われるがまま、落下してくる。
誠の選択は――。
ズドン、と氷塊と岩石が激突する。
「押しつぶされる方を選んだか」
誠は一度氷塊に向けた盾をまた下に戻した。つまり、岩石を防ぐ方を選んだのだ。
「存外、呆気なかったな」
少し警戒し過ぎていたか、とぬらりひょんは拍子抜けしてしまう。なんにしても、懸念要素が消し去って、軽く一安心した。――のも束の間だった。
岩石の側面が砕け、それによって発生した土埃の影からゆっくり誠が出てきた。
「いやー、死ぬかと思った」
土煙を吸ってしまったのか、少し咳込みながら誠は言う。しかし、言葉に反して彼の言葉に焦りはこもっていなかった。
「どうやって……、――いや、そうか。岩石に一人分の穴を開け、そこに隠れて氷塊をやり過ごしたのか」
「あ、はい、そうです」
誠が軽く肯定する。
岩石を殴り穿つタイミングと力、どちらか一つが僅かでもズレていたら、五体満足ではいられなかっただろう。本人にそのつもりはないだろうが、神技の類と言える。
(それにしても、さっきも思ったが発想が柔軟、というか思考に迷いがないな。頭に浮かんだことを即実行に移している感じか……。分かっていたつもりであったが、恐怖がないというのは厄介だな)
力が強い、技の練度が高い、とも違う。数百年を生き、様々な敵と闘ってきたぬらりひょんにしても、全く未知の相手。
「陳謝するよ。どうやら、僕はまだ君を侮っていたようだ」
「別にいいですよ。むしろ、侮ってくれていた方がやり易くていいんですけど。……そんなことより、ちょっと妖術のバリエーション多すぎません? 妖術って、妖魔一体につき一つか二つって聞いてたんですけど?」
光線、岩石、氷塊、綾音にかけた夢、この短期間で四つも披露している。それも種類も効果も繋がりのないものばかりだ。
ぬらりひょんにしては、教える義理のない質問であったが、
「……まぁ、君にならいいか。知られたところで何か不都合があるわけじゃないしね。過小評価していた詫びも兼ねて特別に教えよう」
敵として認めた者に対して、彼の口は緩かった。
「まず前提として、君の言う通り、妖魔が使える妖術の種類は一つか二つだ。そこは間違えていない。ただ、僕に限ってはその範疇ではないというだけさ。というのも、そもそも僕たち妖魔はこの世に誕生した瞬間から自身の妖術に自覚的でね。人間が生まれてすぐ呼吸が出来るのと同じ感覚で、己の妖術を使えるんだ」
だが、とぬらりひょんは言葉を紡ぐ。
「僕には特定の妖術が発現しなかった。代わりに、一度見てしまえば、大体の妖術は模倣可能だったんだ。――例えば、こんな風にね」
ぬらりひょんが腕を横に振るった。そこから真空の刃が出現し、誠の肉体を両断しようと迫ってくる。
「おっと」
これを誠は、弾くように盾を振り払って軽く防いでみせた。
「今のは……」
「気づいたかい? 君が倒した鎌鼬君の妖術だ。そうだな、これも見覚えがあるだろう?」
次に出現させたのはバランスボールぐらいの炎球だった。語るまでもなく、焱獄鳥の技だ。ぬらりひょんはこれをぶつけにかかる。
しかし、これも誠にしてみれば一度は攻略済み。難なく防いだ。
「流石だね。じゃあ、これならどうかな?」
再度、ぬらりひょんが腕を振るった。動きとしては真空の刃と同じだが、今度はそこに炎が付与された炎の真空刃。つまり、先の二つの妖術の合体技だった。
「うおっ!」
誠は今までと同様に真正面から迎え撃ったが、二つの妖術がかけ合わさった分、破壊力が増した一撃を受け止めきれず、すっ飛ばされ、ゴロゴロと転んだ。
「いてて、頭打った」
「どうだい? 模倣ばかりだと思われるのも癪だからね。少し幅を見せてみたんだけど」
「いやー、チートっスね」
たんこぶができた頭をさすりながら、誠が率直な感想を言う。
「そうかな? 僕からしてみれば、なんだかんだ全ての妖術を防ぎ切っているその盾の方がチートなんだけどね」
さっきの複合技は、盾ごと誠を粉砕するつもりで妖力を練っていた。しかし、結果はたんこぶ一つ。費用対効果が釣り合っていない。
「アキラさんは凄いですからねー」
誠らが使う科学霊具は、アキラの登場以前と以後で大きく性能が異なっている。以前の科学霊具をガラケーとするなら、以後の科学霊具はスマホだ。それぐらいの技術革新を彼女は一人でやってのけた。
「鳳蔵院アキラか……。彼女もまた、君や水蓮寺楓とは違う意味で消しておきたい人物だな」
「いやいや、アキラさんに手出しはさせませんよ。つーか、これ以上誰にも手出しはさせないです。――今日ここで俺が貴方を倒しますから」
「……ヘェ、言うじゃないか。だが、どうやるんだい? 僕の技が君に届いていないのも事実だけれど、それでも優勢は僕だ。このまま君を一切近づけずに、遠距離からじわじわなぶり殺せる自信があるよ」
ぬらりひょんの言葉は、決して強がりではなくただの事実だ。誠も「ええ、そうっスね」と認めた。その上で、
「だから、盾はやめます」
「何?」
訝しむぬらりひょんをよそに、誠は言い放つ。
「モードチェンジ――オフェンスフォルム」




