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警視庁マイナス課  作者: 西沢 陸
百鬼連盟編
20/35

幕間2

「というわけで、人間と戦争することになったから」


 東京には、幾つか巨大な地下貯水塔がある。その一箇所の貯水槽に降りる階段の手前の踊り場の手すりに肘を付きながら、ぬらりひょんはそう言った。


 彼の眼下には、多種多様な妖魔たちが視界いっぱいに並んでいた。彼らはぬらりひょんに呼び出された『百鬼連盟』の構成員たちだ。


「ど、どういうことですか!? ぬらりひょん様!」

「どうもこうも、今言った通りだよ。来月、渋谷で人間たちと全面戦争するから、みんなも準備よろしくねって話だよ」


 メンバーの一体に問われ、再度ぬらりひょんが答えた。


「人間と? 本当に?」

「このタイミングでか?」

「何故我らに相談もなく」

「なんでもいいじゃねぇか! 人間のカス共を殺せるんだぜ!」

「そうだ! 祭りだ祭り!」

「来月なんて待ってられん! 今すぐにでも始めよう!」

「だが、人間共には来月だと伝えてしまったのだろう?」

「そんなもん守る必要ないだろ!」

「お、俺はイヤだぞ! 今の人間には勝てる気がしない!」

「私も! 最近だと、焱獄鳥や幻蟲ですらやられちゃったんでしょ!? そんなのに勝てるわけじゃないじゃない!」


 ざわざわと妖魔たちが騒がしくなる。

 反応は疑念、称賛、反発と様々だ。そんな慌てふためく配下たちを、ぬらりひょんは子供の喧嘩のような微笑ましいもの見る目で観戦していた。


「よろしいか!」


 そんな喧騒を打ち破るように、一つのビシッとした声が地下に轟いた。シン、と静寂が空間を支配する。


「何かな? 鯰翁なまずおう君」

「失礼」


 と言って、奥から出てきたのは、両髭を地面まで垂らした鯰の顔をした老人だった。曲がった腰を支える杖で支える老人は、それでも力強くぬらりひょんを見上げる。


「少し、この老骨の言葉に耳を貸していただけますかな?」

「そう畏まらないでくれ。僕と君は『百鬼連盟』結成当時からの付き合いじゃないか。なんでも忌憚なく言ってくれたまえ」

「感謝致します。であればお言葉に甘えて」


 ゴホン、と鯰翁は一度だけ咳払いして呼吸を整えたあと告げる。


「貴方様の気まぐれは今に始まったことではありませんから、今回のこともことさら驚きはしません。しかし、人間と戦争というのは些か時期尚早かと」

「何故だい?」

「簡単な話、戦力が足りておりませぬ。先も話題に上がっておりましたが、焱獄鳥に幻蟲と我らの中でも戦闘能力に長けた者たちが立て続けに殺されております。反対に、人間たちは『天剣』のような突出した個こそ現れておりませぬが、兵の平均値は格段に上がっており、今、総力戦を行うのは危険です。せめて、もっと戦力が整ってからでも遅くないはずでは?」


 一息で言い切って、鯰翁は頭を下げた。背後では「そうだ、そうだ!」と、反対派の同意の檄が飛ぶ。

 それに対してぬらりひょんは、


「ふむ。では問うが、君の言う戦力が整うのはいつになるのかな?」

「それは……」

「人間たちはこれからもさらに強くなっていくだろう。そうなれば戦力を整えるどころか、狩られていく一方だ。――分かるかい? 今が最後なんだよ。人間たちと渡り合うチャンスはこれより先には訪れないんだ」


 ぬらりひょんの弁舌は、胸の奥底で危機感を抱いていた妖魔たちの心を刺激した。今度は賛成派の声が大きくなる。さっきまで威勢が良かった反対派たちすら、迷っているようだった。


「むぅ、しかし……」


 そんな中、鯰翁だけは難色を隠さなかった。その重鎮の様子を見て、ぬらりひょんは深い嘆息を吐いた。


「オッケー、分かったよ。みんなは僕をリーダーやボスって呼んでくれるけど、いつだって立場は平等だ。うん、みんなの意見は尊重しないといけない。――よし、ではここは平等に多数決といこうじゃないか。反対が多ければ僕も潔く諦めるよ。逆に賛成が多数なら従ってくれ。それでいいかい?」

「ええ……、まぁ、それでしたら」


 ぬらりひょんの提案に、若干の不服を残しながらも鯰翁も了承する。


「じゃあ、早速始めようか。……ああ。でもその前に鯰翁君。あと二歩だけ前に出てもらってもいいかな?」

「ハッ、どうされましたでしょ――」


 バチュ


 トマトが潰れるような音がしたと思っていたら、――鯰翁の頭が《《消し飛んでいた》》。後を追うように肉体も塵になっていく。

 その様を見て、室内が一気に凍りついた。


「あ、あの……、ぬらりひょん様」


 一体の妖魔が手を挙げた。


「何かな?」

「ど、どうして鯰翁殿を殺したのでしょうか?」


 質問に対してぬらりひょんは笑って一言。


「さぁ? どうしてだろうね?」


 その笑顔に、この場にいたぬらりひょん以外の血の気が引いた。


「まぁ、どうでもいいじゃないか。それより、多数決を始めよう。――人間との戦争に反対な者は手を挙げて」


 変わらない様子でぬらりひょんは挙手を求めた。そして、結果を見て満足そうに頬を緩ませた。


「良かった。僕たちはいつだって一つだ」

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