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天国の扉  作者: 藤井 紫
第三章 凋落騎士の策謀
81/193

30-2

「……『シュケム論』か」

 つぶやくように漏れた王太子の言葉に、ヴィンセントはうなずいた。

「ああ、そうだ。聖地は『全てを受け入れ、そして捨てさせる』のだ。身分も、地位も、金も、欲も。信仰や人種さえもだ」

 義務教育しか受けていないホープは、二人の話していることは理解できないでいた。ギリアンの口から出た言葉の意味がわからなかったが、王太子と領主の間に割って入ることは出来なかった。

 そんなホープの様子に気が付いても、ヴィンセントは気にせずギリアンに訴えた。

「昔、まだ聖地が『聖地』として機能していた頃、中央の地にはシュケムという小国があった。そのシュケムが聖地を管理していたんだ。その時の左右の二大陸の均衡は、シュケムによって保たれていた。それを、世界は取り戻さないといけない」

「矛盾してるよ、ヴィンセント。それならいずれはファールーク皇国と戦わなくてはならない」

「戦う必要はない。必要なのはオス・ローの復興と、第二のシュケムとなる国の存在だ」

 ギリアンとヴィンセントの会話は、ホープには手の届かない雲の上の話だった。

「僕のような人間が、そんな大それた事が出来るとは思えない」

「君がヴァロニアの王になれ。君が王になって、この百年の戦争と【黒】の迫害を終わらせるんだ」

 ヴィンセントが激励しても、ギリアンは黙って思いつめるだけだった。

 ギリアンは、黒髪の所為で父親に虐げられて育ってきた。父親とほとんど接した事がなかった。

「カルロス王陛下が、婚姻で戦争を終わらせようとしていたのは理解しよう。だが今、計画は狂ったのだ」

 ヴィンセントは語り続けたが、ギリアンは口を固く結んだままだった。

「ギリアン、君の父は死んだ。死んだ人間の心など、何もわからないぞ。いい加減、父親と言う鎖から自分を解放してやれ」

 ギリアンの表情は、苦悩に満ちていた。ヴィンセントには何も言い返さず、心の中で自分自身と戦っているようだった。

「君は父親とは違う人間だ。君が、ヴァロニアの正義(just)となれ!」

 ヴィンセントの鼓吹に、ギリアンは顔を上げて親友を見つめた。

 ヴィンセントは親友の視線をまっすぐに受け止めると、穏やかな口調で語りかけた。

「今度は君が()となり、たとえ君が成し遂げられずとも、子供(子孫)達に足掛りを残してやればいい。君には、この城に集ってくれる腹心の部下や騎士がいる。私もその一人だ」

「ヴィンセント……」

 王位に就く決意をしても、まだ煮え切らない態度だったギリアンが、ヴィンセントの叱咤にとうとう心を動かされたようだった。

「ギリアン、君は不貞の子でも、ましてや悪魔の子でもない。間違いなくカルロス王陛下の息子だと母君は言った。その黒髪は紛れも無い王家の血筋のものだ。君が救われると言うなら、私がそれを証明してやる」

 ホープには、ヴィンセントの言葉はまるで不思議な魔力を持っているかのように感じられた。全く根拠のない事なのに、この男が言うとまるでそれが真実のように人の心をつかんで離さない。

「ヴィンセント、……ほんとに、どうして、君の心の中はそんなに強暴なんだい?」

 ギリアンは、困ったように少し呆れた声を出したが、ヴィンセントの言葉に励まされて、心中では思いを定めたようだった。

 この時、不思議な魅力で人の心を動かすヴィンセントに、ホープはすっかり魅せられてしまった。




*   *   *   *   *




 長いテーブルのある会議室に、王太子派の幕僚と騎士団の団長が、王太子を中心に囲むように集まっていた。

 歴代の王たちと同じく、ランス東部にある聖ソフィア大聖堂で、王太子が戴冠を受けるための作戦が練られているところだった。

 ヴィンセントとホープは、その輪には入らず、窓際の壁にもたれてその様子を見守っていた。

 会議の話が一段落した時、ヴィンセントは壁を離れテーブルの方に近づいた。

「ギリアン、君の為に、私も正式に王太子派に名を連ねよう」

 その言葉を聞いた騎士達が、元元帥の参加に改めて歓声をあげた。

「もちろん、ホープ、君もだ」

 ヴィンセントは、壁際に居るホープを振り返って言った。

「ええっ!?」

 ヴィンセントに突然言われたことが信じられず、ホープは自分の耳を疑った。

「あ、あの、ぼくは騎士でも何でもないんですが……」

 いつの間にか、大事に巻き込まれてしまっている事に気づいた。

「自分は関係ないとでも思っているのか? 私の名を言ってみろ」

「……ヴィンセント・フォン・……へ、ヘーンブルグ……?」

「そうだ。私はヘーンブルグの名で王太子派に参加する。ヘーンブルグの名をもって戦場に出るのだ。ヘーンブルグ領が王太子派として名乗りを上げたのだぞ。もう今までの様に、ヘーンブルグは知らぬ存ぜぬでは居られなくなる。この戦いに必ず勝利しないことには、ヘーンブルグまで【黒】蔑視の波にのまれてしまう事になるぞ」

「そ、そんな……」

「ヘーンブルグ領自体が、侮蔑的対象となるだろうな」

「ぼくは、ジェードの魔女疑惑を撤回したいだけなのに……」

 偶然なのか、もとよりヴィンセントの考えていた策略なのかわからなかったが、ホープは後に引けなくなってしまった。



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