28-3
「ああ……」
王太子はホープの挙動に気付き、何か言おうとしたが結局口をつぐんだ。
――すまない――。そんな言葉の続きが聞こえた気がして、ホープは顔を上げた。
「……火炙りになった人の中に、本物の魔女は居たんですか?」
ギリアンはため息をもらし、頭を横にふった。
「そんな訳はない。【魔女の報復】以降に魔女として処刑された者は、政治犯や、政治にとって危険な思想を持っていた人物だ。本物の魔女なんて居るわけないんだよ」
ホープは、ギリアンの考え方は、ヴィンセントと同じだということに気がついた。
だが今回、ヴィンセントはホープが話した、姉ジェードに聞こえる【天使】の声を信じて腰を上げてくれたのだ。
ホープはギリアンに魔女の存在を否定され、まるでジェードに聞こえる【天使】の声まで否定されたかのように感じた。
「だから、今まで国政にほとんど関わっていない、君の故郷ヘーンブルグからは、魔女疑惑の対象とされる様な人物はいなかったんだ」
「でも……」
「君の二人のお姉さんの事だろう?」
ホープは黙ってうなずいた。ルースやジェードが、政治犯や危険思想の持ち主のわけがない。
「君のお姉さん達とヴィンセントはどういう関係だったんだい?」
「上の姉のルースは領主様の……、ヴィンセントの館で女中として働いていました。それくらいしか……」
ルースは、ヴィンセントの館で働くようになって、政治的な何かに関わってしまったのだろうか。そしてジェードは、その事をルースから聞かされたりしたのだろうか。
ホープの頭では、その程度しか思い浮かばない。
「気になるようなら、ヴィンセントに直接聞いてごらん。彼は何も隠したりしないと思うよ」
「はい」
「あの不動心のヴィンセントが酷く取り乱したのは、後にも先にも五年前のヘーンブルグの魔女狩りの時だけだよ」
ギリアンの言葉は、ホープには何故かとても温和に聞こえた。
「ヴィンセントが、ヘーンブルグに行くことになったのには、ちょっとした事情があってね。本当はヘーンブルグを出ることは、許されていないはずなんだ。だけど今回、君の為にそれを破ってここまで来たんだ。それに、五年前も。【黒】の少女、つまり君のお姉さんを魔女裁判から救うために、一度ランスまで戻ってきたことがある。だけど、結局助けられなかったんだ」
「そうだったんですか……」
あの時、誰もルースを助けようとはしなかった、出来なかったのだと思い込んでいた。だが、真実はヴィンセントだけが、ルースを助けようと動いてくれていたのだ。
ホープは、ヘーンブルグで館に引き篭もっていたヴィンセントことを思い出した。
「その後、彼は元帥の称号も返還してきた。きっとその時、もう二度と王都や王侯貴族と関わらないと決めたんだろうと、僕は思っていたんだ」
「ヴィンセントは、元帥だったんですか?」
「そうだよ。ヴィンセントは在学中にヴァンデでのシーランドとの闘争での功績から、元帥の称号を与えられたんだ。十五歳の時だったかな」
来年十五歳になる自分には、到底真似出来そうにもない。ホープは思わず感嘆のため息をもらした。
ホープのヴィンセントに対する憧憬の眼差しを見て、ギリアンは少しすまなそうな表情になった。
「僕は騎士ではないので、戦場での事実は知らない。でも、元帥の称号を得た戦いで、ヴィンセントは戦場での残忍さを悪魔に譬えて『ヴァンデの悪魔』と呼ばれていたんだよ……」
「残忍……? ヴィンセントが『悪魔』……?」
「一人で一万人のシーランド人を殺したとか……。噂だけどね……」
ヘーンブルグの館でだらしなく服を着崩し、デスクに足を乗せて読書に耽っていたヴィンセントからは想像できなかった。
王太子は悲しそうに目を伏せた。
「だから、ヴィンセントが十六歳でヘーンブルグに行ってしまって、正直僕は安心したんだよ。ヘーンブルグなら、彼がもう争いに借り出されることもない。親友が『悪魔』と呼ばれるのを、聞きたくなかったから」
ヴィンセントに、『悪魔』と呼ばれるような所業はして欲しくないと思う王太子の気持ちが、ホープにも伝わってきた。
「だけど、またヴィンセントを引っ張り出してしまった」
優しすぎる王太子の言葉に、ホープはヴィンセントをヘーンブルグの外に連れ出したことの責任は、自分にあるのだと感じずにはいられなかった。
「……それはぼくの所為です」
「いや、君の所為じゃないよ。君の所為じゃないんだ……」
ギリアンは、自分にもホープにも言い聞かすように繰り返した。そして視線を自分の膝に落とし、思慮深く何かを考えているようだった。
「王太子様は、どうしてぼくなんかに、こんなにも良くしてくれるのですか?」
そう聞かれて、ギリアンは視線を膝の上の自分の手からホープに戻した。
「……こんな風に言うと、君は怒るかな」
ギリアンは、ためらいがちに口を開いた。
「君と話していると、僕は『王太子としての自我同一性』を維持できるように感じるんだ」
「それは、ぼくが同じ黒髪だからですか?」
ホープの質問に、ギリアンの顔が曇った。
「……半分は正解だね。でも、『同じ黒髪だから』じゃないんだ……。僕の中にも【黒】を蔑む心が存在している……」
そう言って、ギリアンはホープから目を逸らし、苦渋の表情を浮かべた。
「僕は君が【黒】だから、仲間だと思っているんじゃない。僕は【黒】のことを哀れんでいるんだ。君の言うとおり、僕も同じなのに……。心の底では、【黒】を蔑んでいるんだ……」
かすれ声で話すギリアンに、ホープは何も言えずただ黙っていた。
「こんな僕が、本当に王になってもいいのか、わからないんだよ」
と、ギリアンは言葉を振り絞るように言った。
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