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天国の扉  作者: 藤井 紫
第三章 凋落騎士の策謀
74/193

27-2

 晒しものになった謁見後、ホープは改めて別の応接室に案内された。

 テーブルを囲う椅子に、ホープとヴィンセントは腰かける。ホープは隣に座るヴィンセントに向かって呟いた。

「王太子様が黒髪だったなんて……」

 王太子の秘密を知って驚きを隠せず、ホープはヴィンセントに食い入った。

「ヴィンセントは知っていたんでしょう? どうして先に教えてくれなかったんですか?」

「誰にも言わないと、誓いを立てたからだ」

 そう言えば、この領主はジェードの秘密も言わないと誓いを立ててくれた。もし教えられていれば、その信用を、今まさに失う事になっていただろう。

「この城で暮らす王太子派の貴族たちも、本物の王太子を知らない者も居れば、王太子を知る者でも、王太子の髪のことは知らない者がほとんどだ」

 そう言って感心した表情でホープを見た。

「何故、彼が黒髪で王太子だと判った?」

 そう聞かれ、ホープは正直に答えた。

「……ジェードの声が聞こえたんです。王太子様は黒髪だって。あの中に、黒髪の人は誰もいませんでしたし……」

 すると、ヴィンセントは、胸の前で両腕を組んで驚きの表情を見せた。

「声が聞こえたということは、姉君は今も生きているんだな」

「はい」

 ホープの答えを聞いて、ヴィンセントは何か考えている様子だった。長い指を顎に当て、視線を流しながら思いに耽る姿は優美で、どこか人間離れして見える。

 やがてふうっと息を吐くと、

「ギリアンが王位に就けば、姉君の魔女疑惑を撤回できる。だが」

 ヴィンセントはそこで言葉を止めた。

「王太子様が即位できないのは、黒髪のせいなんですか?」

「概ねそういうことだ」

 黒髪の人ばかりが暮らすヘーンブルグでは、全く分からない理屈だった。

 ローゼン領に着いて、朝からホープは人々に痛いほど視線を向けられた。謁見後、その痛みはマシになったように感じられたのだが。

「今までぼくは、ヘーンブルグで特に何も感じることなく暮らしていました。どうしてここでは黒髪だってだけでこんなに蔑視されるんだろう……」

「ヘーンブルグの人間は、私や前領主以外は全員黒髪だ。その前領主も着任した時から白髪だったと聞く。金の髪だった事を知る者は、いないだろう」

 ヴィンセントの言うとおりだった。余所者が訪れることもなく、他領から情報さえも入ってこない。辺境の田舎領なのだ。

 だが、それは黒髪が侮蔑される理由ではない。ホープは納得できなかった。

 ホープのもやもやする気持ちを察したように、ヴィンセントは口にした。

「聖典だよ」

「えっ?」

 予期しないヴィンセントの言葉にホープは耳を疑った。

「聖典って、……どうして聖典が?」

「聖典に天使や悪魔の絵が載っているだろう。あの版画が、黒髪蔑視の根源だ。クライスの教えではなく、あの絵が間違っている」

 字が読めない人のために、聖典には沢山の宗教画が添えられた。白黒で刷られた絵は全て、天使は金髪で白人に、悪魔は黒い服を纏った全身黒い姿描かれている。

「神はこの世の全てのものに平等だ。だが、あの絵はまるで白人は天使、黒人は悪魔であるように描かれている。本当に平等だと言うのなら、黒髪や黒人の天使もいるはずだろう」

「黒人?」

 初めて聞く言葉に、ホープは反応した。

「黒人はフロリスには居ないが、聖地やモリスに行けば沢山居る。黒い肌の人間だ」

「黒い肌?」

 黒い肌の人間など、ホープには全く想像が出来ない。しかし、ふとヴィンセントの部屋で見た絵画を思い出した。沢山のカンバスに黒髪の天使や、肌を黒く塗られた人間の絵が描かれていた。思えばあの絵画は、聖典の挿絵の概念を覆すものだった。

「じゃあ、悪魔は黒い肌や大きな耳で描かれているけど、それは間違いなんですか?」

「おそらくそうだろうな」

「悪魔の本当の姿……、どんななんだろう……」

「悪魔は男も女も魅了すると言うからには、よほど美しい姿をしているんだろう」

 男も女も魅了し、誘惑する美貌の持ち主――。

 ホープはふとヴィンセントを見つめた。

 悪魔はヴィンセントのような姿をしているのかも――。

 そう言おうと思ったがやめた。それは冗談でも、言ってはいけない言葉だ。

「大体、東大陸フロリスを『光明大陸』、西大陸モリスを『暗黒大陸』と呼ぶのも悪趣味だ。そうは思わないか?」

 ヴィンセントに言われても、ホープは今までそんなことを考えたこともなかった。学校や教会で教えられることは、ホープにとっては『絶対』であった。おそらく村の皆もそう思っているだろう。疑問を持ったことさえない。

 二人が話していると、部屋の扉が開いてギリアンが入ってきた。

「すまない。待たせたね」

 そう優しそうに言うギリアンに、ホープは椅子から立ち上がる。緊張しながら、ギリアンに深々と頭を下げた。

 ヴィンセントは座ったままだ。組んでいた右手を外し、向かいの椅子をすっと差すとギリアンに座るように促した。

 ヴィンセントは、王太子に対しても、決して毅然とした態度を崩さない。気弱そうな無髪の王太子と、堂々とした金髪のヴィンセントの二人を見ていて、ホープはどちらが王太子か一瞬迷うほどだ。

「驚いただろう? 僕がこんなで」

 ギリアンは、自虐的な笑みを浮かべて、ホープに話しかけた。

 ホープは、まだ王太子に対する緊張が解けずにいた。どうにか顔を上げると、ぎこちないまま長椅子に腰掛けた。

「い、いえ、王太子様にではなくて……。ここの、ローゼン領での黒髪への蔑みに驚きました……」

「そうだろうね。ランスもデュールも、ヘーンブルグ以外は、どこも同じだよ」

 悲しそうに話すギリアンに、ホープは何も言えなかった。

 そんな雰囲気を打ち破るかのように、ヴィンセントはギリアンに言った。

「ギリアン、私とホープは後十日間だけローゼンに留まろう。その間に覚悟を決めてくれ」

 ギリアンは小さく二つうなずいた。

 ホープの知らない間に、二人の間では色々と話が進んでいるのだろう。王太子が王位に就くには色々障害がある。おそらくその話をしているのだろうと、ホープにも想像できた。

「王太子様、どうかジェードを、助けて下さい……」

 ギリアンはホープにも黙って小さく二つうなずいただけだった。

 三人の間に、居心地の悪い沈黙が続いた。

「僕が返事をするまで、良かったらこの城に逗留してくれないかな」

 ギリアンは、ヴィンセントに声をかけた。

「これ以上、ここに居候を増やしても仕方ないだろう。私達はクート家に世話になろうかと思っているのだが、話が通るまでは宿をとることにする」

「そうか。君は昔から変わらないな」

 ヴィンセントに向かって、王太子は苦笑した。




*   *   *   *   *




 ヴィンセントの言ったとおり、二人は城から少し離れた街道沿いの宿に移動した。

 安宿の狭い部屋は薄汚れていたが、ヴィンセントは気にしていないようだった。床に荷物を置くと、外套を脱いでベッドの上に置いた。

「それにしても、驚きました。ヴィンセントが王太子様と友人だったなんて」

 ホープは王太子と会えて話せたことで、まだ興奮が冷めていない。

「同じ年に生まれて、同じ学校に通えば、皆『御学友』だ。そもそも神学校なんて、馬鹿な貴族の息子達の集りだ。私も含めてな」

 ヴィンセントは、面白く無さそうに最後の一言を強調した。

「でも、王太子様がヴィンセントの事をすごく信頼しているのが、ぼくが見ていてもわかりました」

 ホープはいまだ冷めない興奮のあまり、ヴィンセントの王太子に対する無礼とも言える言葉遣いを指摘するのも忘れていた。

「私もギリアンも、お互いはぐれ者なんだ」

「でも、王族ですよ?」

「君は王族を何だと思ってるんだ?」

「何って、王様の家系でしょう? 天使(クライス)に選ばれたヴァロニア王家ですよ?」

 手放しで賞賛するような言い方をした所為か、ヴィンセントは呆れたような視線をホープに向けた。

「君は、王家にどれほどの意味を感じている? 王の名は血から生まれたのではない、民の信仰から生まれたんだ。血を理由に座に就く者は、象徴にはなれても責任の主体にはなれない。ヴァロア姉弟で争っているのは、空虚な偶像の所有権だ。そこに国の命運を預ける方が、よほど神頼みじゃないか?」

 ホープは王族に対する憧憬に近い気持ちを、ヴィンセントによってばっさりと切り捨てられ途方に暮れた。

「……ヴィンセントは、王族や貴族が嫌いなんですか?」

「今頃気付いたのか?」

 ヴィンセントの答えに、ホープは唖然とするばかりだった。

 そして今頃、ヴィンセントが『変わり者』だという噂を思い出して、一人自分を納得させた。





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