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二人の父と伯父は、実の兄弟でありながら非常に仲が悪かった。
弟である父親は『シュケムの英雄』と呼ばれる人物で、シュケムの王位継承権第一位を持っている。一方、その兄である伯父はというと、地位や名誉より戦いを好む性格だったので、自分の地位には全く興味がなく、シュケムの一将軍であることに満足していた。
だがそんな伯父でも、甥のユースフの話となると、また別だったようだ。ユースフとその父である自分の弟との関係が険悪になる一方、三年前にとうとうアーディンが父と同じ職に就いた。この時、伯父は自分の弟に食って掛かり、『お前の次はアーディンではなく、ユースフに王位継承権がある!』と、流血騒ぎを起こしてまで主張したことがあった。
ユースフにとっては至極迷惑な話だったのだが、伯父のユースフへの入れ込みようは半端無く、そういった伯父の行き過ぎた行動は、父親と深い確執のあるユースフに、『自分の本当の父親は伯父ではないか』と疑いを持たせるほどだった。
だからといって、伯父がアーディンの事を嫌っているということは全くないので、父と伯父の二人の間を取り持つことが出来るのはアーディンだけだった。
とにかく、ユースフとアーディンにとっては、伯父と父の二人は良い反面教師となっていたようだ。
アーディンは、ウバイド皇国へ出発までの一週間を、ユースフの家に滞在する事になった。
弟の滞在中、二人は毎晩酒を酌み交わし、幼い頃の話や、シュケムの話、君主の話、家族の話、軍事、政治、女の話まで語り明かした。
成人した十五歳ですぐに家を出たユースフとアーディンの二人が、こんなに話し込んだのは初めてのことだった。
* * * * *
冬の時間。
アーディンが来て三日目の夜のこと、二人はいつものように晩酌をしていた。
宴も酣を過ぎ二人とも随分と酔いが回っていたこともあって、男同士の話も随分下世話になっていた。
そんな時、サライがユースフに会いにやって来た。
扉の隙間からもれている灯りで、サライはユースフが帰っていることを確認した。そしていつものように扉を五回叩いた。
その音に、ユースフとアーディンの二人は深夜の訪問者に気が付いた。
「誰か来たんじゃないですか? 私が出ます」
そう言って、扉に近い方に座っていたアーディンが、ユースフよりも先に席を立った。
サライはいつもより灯りの数が多く、部屋の中から漂う酒の匂いに来客だと気がついた。こんな日は、いつものようにユースフが出て来て、来客にばれないようにドームに戻るように言うのだろうと思っていた。
アーディンは入り口の扉を押し開け戸口に出た。すると、訪問者は灯りを持っていなかったので、その小柄な身体はアーディンの影に隠れてしまった。訪問者の顔はすぐにはわからなかった。
夜の暗がりと、部屋からの柔らかな逆光で、背の高さも髪の色もユースフと同じであるアーディンを、サライはユースフと見間違えた。
サライが小さな声で「ユースフ?」と問いかけると、「あれ?」とユースフと似たような声が返ってくる。
「兄さん、女性が来られてますよ」
アーディンは振り返ってユースフを呼んだ。軒先では声と一緒に吐いた息が白くなる。
来客だとわかると、いつも顔を見られないように帰っていたのだが、今日は運悪くアーディンと鉢合わせしてしまった。
サライは慌ててそのまま帰ろうとしたが、出てきたユースフに腕をつかまれて引きとめられた。
「サライ! 待て。大丈夫だ、俺の弟だ」
そう言って、ユースフはサライを家の中に招き入れた。
いつもなら決してサライを人目に晒したりしないユースフだったが、弟なら大丈夫という期待もあったのかもしれない。今日は深酒をしすぎていたようで、大分分別がつかなくなっているようだ。
サライはオス・ローの女性がよくするように、日よけも兼ねた薄手の布で髪をすっぽりと隠し、服装も外界のものを身に着けていた。
アーディンには、サライが【エブラの民】とはわからなかったようだが、美しさの中に幼さを残す少女の表情に見とれていた。
「彼女も一緒にどうですか?」
アーディンから提案があったが、サライは何も答えず、助けを求めるようにじっとユースフを見上げた。
ドーム近くの居住区はいわゆる高級住宅だったが、それでもオス・ローの住居は狭い。入り口を入ってすぐのリビングで、手の届きそうな位置にいるサライをアーディンはずっと見つめている。だが、サライは最初にアーディンとユースフと見間違えた時以外、一度もアーディンの方に視線を向けなかった。
「いや、サライは飲めないんだ」
「それは残念だな。兄さんがどうやってこんな可愛い人を射止めたのか、武勇伝でも聞けるかと思ったのに」
アーディンの言葉に、サライは顔を真っ赤にしてユースフの後ろに隠れた。
「あんまりからかわないでくれ」
兄に制され、アーディンは「ごめんなさい、さすがに今日はちょっと飲みすぎかな」と謝った。
ユースフとサライの関係を知る者は誰も居なかったので、こうしてアーディンにからかわれたりすることがサライにはこそばゆく感じられた。アーディンの人柄もあってか、不思議と嫌な気はしない。
「俺の部屋で待っていてくれないか」
アーディンの見ている前だと言うのに、ユースフはサライの耳元で小声で甘く囁く。サライの顔がまた紅く染まった。




