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天国の扉  作者: 藤井 紫
第一章 奴隷皇子と亡命の魔女
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3.魔女狩り

 十三回目の誕生日の夜、双子が寝静まったころ。

 深夜に誰かが家のドアを叩いた。父がドアを開け、その誰かを部屋に招き入れたようだ。

 その音にジェードは目を覚ました。隣のベッドで寝ていた双子の弟のホープは、気づかずに眠り続けている。

(……誰? こんな時間に……)

 ジェードは階下の声に耳を澄ました。聞こえてきたのは、夕方会ったばかりの牧師の声だった。

「大変だ、ジャック、これを見てくれ」

 少しの沈黙の後、父が何か言ったがジェードにその内容までは聞こえない。

「そんな! どうしてジェードまで!」

 聞こえてきたのは、母が泣き崩れる声だった。

(わたしのこと? 何かあったのかしら……)

 自分の名が出て、ジェードは階下の声に聞き耳をたてた。牧師が父に何か話しているが、母の泣き声に邪魔をされ、はっきりと聞き取ることが出来なかった。泣き声の奥で、牧師と父は何かを話し続けていた。

 しばらくすると、誰かが階段を登ってくる足音が聞こえたので、ジェードは慌てて毛布にもぐりこんだ。

「ジェード、起きておくれ」

 父はホープを起こさないようにそっとドアを開け、眠ったふりをしていたジェードの体をゆすった。

「おりておいで」

 ジェードは今目覚めたかのように、わざと目をこすり長い黒髪を束ねると、寝間着の上にストールを羽織った。父の背中を追って階下におりる。テーブルに牧師と母が座っていた。

 先ほどまで泣き喚いていた母は、それを思わせないくらい穏やかな顔つきだ。だが、母の顔に涙の跡が見て取れる。ジェードはそれには気づかないように振舞った。

「先生、こんばんは。こんな時間にどうしたの?」

 挨拶をするジェードに対し、三人とも何かを言いたそうなのだが、言い出せないようだった。ジェードは不信げに大人たちを見つめた。

 奇妙な沈黙の後、ジャックが口を開いた。

「ジェード、よく聞いておくれ。今から聖地巡礼に行って欲しいんだ」

「聖地巡礼?」

 それは思いがけない言葉だった。姉のルースから聖地巡礼について聞いたことがある。

「そ、そうだよ。聖地オス・ローだ。すごく急ぎなんだが、うちではジェードが一番早く馬を走らせられるだろう?」

 昔は誰もが死ぬまでに聖地に巡礼することを望んでいた。ヴァロニアから聖地オス・ローに向かうには、必ずアレー村を通らなければならない。村には巡礼者のための宿泊所があり、聖地巡礼に向かう人々に施しすることで、村人自身にも心の平穏が与えられていたという。

 しかし、もう百年以上アレー村に巡礼者は訪れていない。村人の中にも、巡礼が行われていた時代を知る者はいない。

「でも、今は誰も巡礼に行ってないわ……」

 ジェードは異様な雰囲気を感じ取りいぶかしんだ。

 村の男は商いで隣町に行ったりもするが、女たちに村を出る機会はほとんどない。ジェード自身、自分は生涯この村から出ることもなく、幼馴染とずっと村で羊飼いとして暮らしていくのだと思っていた。

「とにかく、今すぐ出発するんだ」

 そういって旅用の着替えを渡された。

「お前一人で行くんだよ。それに、誰にも見つかっちゃいけない。夜が明けるまでに必ずヘーンブルグ領を抜けるんだ」

 ジャックの言葉にさらにジェードは緊迫感を覚えた。村どころか、ヘーンブルグ領からも出なければならないのだ。

「馬を用意してきたよ、ジェード」

 牧師がジェードに優しく話しかけた。

 羊飼いの仕事をしているジェードに乗馬はたやすいことだった。男顔負けで裸馬も乗りこなす自信がある。

「アレー村で一番速い馬を連れてきたから、とにかく一刻も早く聖地に向かいなさい」

 大人たちはジェードから質問をさせない早さで、旅の準備を整えた。そして、牧師の連れてきた馬の所までジェードを送り出した。

「パパ、ママ? どうしてわたし一人だけなの? こんな真夜中に変よ。ホープやウィルに挨拶したいわ」

 ジェードは泣きそうな声で訴えたが、質問には誰も何も答えてくれない。そもそも巡礼とは普通は一人で行く旅ではない。

 外に出ると辺りは真っ暗闇で、ジェードは不安を隠せなくなった。

「パパは今まで村を出ちゃダメだって言っていたじゃない。ルー姉さんみたいになってしまうって」

 死んだのは村を出たせいだと村人から言われてきた姉の話を引き合いに出して、ジェードは父親にすがりついた。

 しかし、両肩をしっかりと掴まれて引き離されてしまった。そのまま、父はジェードの目をしっかりと見つめた。

「ジェード。ルースのために、ルースの過ちを(ゆる)してもらうために、聖地に行ってほしいんだ」

 姉が死んでから、父も母も一度もジェードの前でルースの話をしていない。(ルース)の名前を出されると、ジェードは何も言えなくなってしまった。


 風は吹いてはいないが冷えて湿った空気はかたく、ジェードは頬がちりちりと痛くなった。星明りの(もと)、四人の白い息が小さな霧となって地面に落ちていく。

「必ず夜が明けるまでにヘーンブルグから出るんだよ。そうだ、これをお守りに持って行くと良い。母さんと父さんはいつでもお前を守っているからな!」

 ジャックは自分の腰から短剣をはずすとジェードに手渡した。若いころ母が相当頑張って父にプレゼントしたという代物だ。父親がとても大切にしている物のはずだった。

「巡礼の道はここから一本道だ。明るくなる前に村を出て森に入るのだよ」

「ジェード、夜明けまで時間がないの。本当に急いで!」

 牧師、父、母に急き立てられ、ジェードは出発の挨拶もままならないまま馬を走らせた。

「パパ! ママ!」

 ジェードは振り返って叫んだが、明かりのない真夜中のこと。すぐに三人の姿は闇の中に消えいってしまった。

 馬を止めて引き返すことなど容易にできるはずなのに、何故かそうすることが出来ない。風で自分の長い髪が首にまとわりついたが、それを払いのける暇さえもなかった。




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