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天国の扉  作者: 藤井 紫
第二章 落陽の聖国
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16.白日夢

 1425年1月6日、ファールーク皇国 皇都サンドラ――。


 黄金の太陽はいつもと変わることなく、ファールークの王宮の真上を越えていく。

 一年中、日中の気温は四十度を越すファールーク皇国は、特別な季節の変化を持たない。

 そんな皇国でも、暦の上で新しい年を迎えた最初の七日間は、毎夜祝宴が執り行われる。


 年初から六日目。

 ファールーク皇国の第二皇子ハリーファは原因不明の高熱でふせっていた。

 時はまだ宵の口。

 階下から、新年を祝う祝宴の喧騒や詠歌が、本宮三階の片隅の部屋にまで聞こえてくる。

 窓からは月明かりがさし込み、オイルランプよりも明るく狭い室内を照らす。皓々とした月の光は、ベッドの上にも薄い掛け布のようにおおいかぶさり、横たわるハリーファの姿を淡く照らした。月影に、金色の髪は白く清らかに光り輝く。

 だが、その下の表情は苦渋を呈し、身体は小さく震えていた。

 ハリーファのそばには、宰相の女奴隷ジャーリアであり、ハリーファの乳母役のリューシャがついていた。もう五日もハリーファの熱がずっと下がっていない。

「……ファ……ティマ……」

 ベッドの上で高熱に苦しむハリーファが、うなされながらつぶやいた。

(ファティマ……? 亡くなられたお母様のお名前……)

 ハリーファは時々胸元を押さえ、苦悶の表情を浮かべる。

「ハリーファ様……、お苦しいのですか?」

 リューシャは声をかけながら、額や首元ににじむ汗をそっとぬぐう。

(夢でも見ているのかしら。ファティマ様は、ハリーファ様が生まれてすぐに亡くなられたというのに……。やはり本当の母親というのは、顔さえ知らなくても特別なのね……)

 複雑な思いに、リューシャは小さくため息をもらした。

 日が落ちて涼しくなれば、ハリーファも少しは楽になるだろうと思っていた。しかし、夜になってもハリーファの病状は良くならず、熱冷ましの薬も効かない。

(医者は感染症だと言っていたけれど。……こんな苦しみ方、きっと普通のご病気ではないわ)

 宮廷内には、皇子の乳母役であるリューシャの失脚を謀ろうとする者がいる。宮廷内の人間関係が原因で、ハリーファは以前も毒を盛られて死線をさまよったことがある。

 きっと、今回もそうなのであろうとリューシャは思った。今後はハリーファの口にする水や食料に対して、もっと気を配らねばと痛切に感じていた。


 深夜にハリーファは目を覚ました。

 かたわらの椅子に座り、目をふせている美しい乳母の姿が視界に入る。いつもは滝のように真っすぐな金色の長い髪が、疲れを表すように少し乱れていた。

「……乳母上?」

 ハリーファが弱々しくつぶやくと、リューシャはすぐに目を開けた。金色の睫毛が何回か上下し、その奥の美しい蒼い瞳がハリーファを見つめる。

「お気付きになられたのですか?」

 そう言って、乳母はハリーファの額や喉もとの汗をふいた。そして、ハリーファの前髪に下にそっと掌を滑り込ませ、少し眉をしかめた。あいかわらず、体温は焼けるように熱い。

「大丈夫ですか? ずっとうなされていましたわ」

「……嫌な夢を見ていました……」

「嫌な夢なのですか? ファティマ様のお名前を呼ばれていましたけど……」

「……母上の……名前ですか?」

「サライと言う名も、寝言でつぶやいていましたよ」

 知らぬ名前なのか、ハリーファはきょとんとした目つきでリューシャを見つめる。

「わたくしの名前は一度も呼んでくださいませんでしたわ」

 リューシャがわざと悲しそうに言うと、ハリーファは熱で赤い顔のまま体を起こそうとした。

「ご、ごめんなさい……」

「冗談ですよ」

 リューシャは優しく、ハリーファを静止した。乱れた掛け布を掛けなおす。椅子を寄せて、ハリーファを見つめた。

 銀色の月明かりのさし込む中、ハリーファはぼんやりと宙を眺めたまま、眠ろうとしなかった。

 目を閉じようとしないハリーファを、リューシャは心配そうに覗きこむ。

「……眠れないのですか? お水をお持ちしましょうか?」

 リューシャの気遣いにハリーファはふしたまま頭を横にふった。熱の所為で白い顔が赤みがかっている。

「オス・ローの医者や薬師が居れば、こんなご病気もきっとすぐに治せるのでしょうね……」

「オス・ロー……」

 ハリーファはリューシャの言葉を復唱するようにつぶやいた。

「……乳母上。……昔みたいに、聖地の話を聞かせてくれませんか?」

 幼い子供のようにねだるハリーファに、リューシャは優しくほほえんだ。

「よろしいですわ」

 リューシャは椅子に座りなおすと、ハリーファが幼い頃から好きだった、聖地オス・ローに住む【エブラの民】の話を語りだした。

「――昔むかし、聖地オス・ローには【エブラの民】が住んでいました――

  【エブラの民】は、大昔に地上に降り立った天使の子どもの子孫と言われています。天使と同じ、白い髪に菫色の瞳をしていました――

  【エブラの民】は不思議な力を持っていて、人々のケガや病を治すことが出来ました――」

 おとぎ話を詠み聞かせるように、リューシャの口から、聖なる地の天使の末裔の話が紡がれる。


 ハリーファは、まだ熱でぼんやりする頭で、乳母の話す聖地オス・ローの話にじっと耳を傾けた。

 リューシャの話を聞きながら、ハリーファはいつの間にか目をつむり、再び夢の中へと落ちていった。




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