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天国の扉  作者: 藤井 紫
第一章 奴隷皇子と亡命の魔女
45/193

15-4

 ヴァロニア王国、ヘーンブルグ領 アレー村――。


 アレー村では、これから来る冬に備えて本格的に冬支度が始まっていた。

 村を取り囲んでいる森の広葉樹の葉は散り始め、色が少しずつ赤錆や黄色に変化してきている。

 切り立った海沿いの一番高い丘には、村の所有する風車小屋がある。

 朝から絶壁を下から上に冷たい風が吹き上げ、高台にある風車を力強く回している。昼になっても風の勢いは止まらず、海側の高台では寒さが一層増すようだった。

 村の集落から風車小屋までの一本道は、そこを通るのはほとんど荷馬車ばかり、そのため風車小屋へ向かう道には草が生えず、土がむき出しになった二本のみごとなわだちが出来ていた。


 秋に吹く強い風が雲をかき乱し、薄く引き裂かれたような雲が空一面をおおっている。

 真上にある太陽の日差しは雲にさえぎられ、村を吹き抜ける風は冷たい。

 秋とは思えぬ冷え込みに、荷馬車を御していた少年は身をふるわせた。少年と荷馬車は、丘の上にある風車小屋へと向かっていた。

 二本の車輪が轍をなぞり、空の荷台はガタガタと揺れる。荷台の前方で、長い手綱を握る少年のゆるく波打った短い黒髪も同じように揺れていた。


 丸い胴体に円すい屋根の建物が近づいてきた。十字に組まれた四枚の羽根が、風を受けて力強く回転している。ごうんごうんと重い石が回る音が外にまで聞こえていた。

 黒髪の少年は、風車小屋の前に荷馬車を乗り着けた。羽根車の裏手にまわり木の扉を開けると、中からはますます轟音が響いてくる。

 少年は大声で風車小屋の番人の名を呼んだ。

「こんにちは! オーバンさん」

 小屋の中心には、太い木の支柱がぐるぐると回転している。その周りに付けられた大きな石の車輪が、平らな石のテーブルの上を、ごろごろと重たい音を立てて滑走していた。

 石臼の引いた粉が小屋の中を舞っている。床も白く粉をかぶり、足を踏み入れるごとに靴が白くなっていった。

 小屋の中を見渡しても風車守は見当たらない。小麦の粉っぽい香りにむせそうになりながら、少年は奥へと入り込んだ。

 そして二階へのはしごを見あげて大声で叫んだ。

「こんにちは! オーバンさん?」

「おぉう! おはよう、ホープか」

 時間はそろそろ昼が近いというのに、朝の挨拶が返ってきた。グレーの髭をたくわえた中年男が、四角く切り取られた二階への入り口から顔を出し、ホープの顔を見るとすぐにはしごを降りてきた。

 オーバンのグレーの髪も白い粉をかぶってすっかり白髪になっている。

「今日もいい風だね。教会の分は出来てる?」

「ああ、二十袋だ。ここから持っていけ」

 オーバンは、壁沿いに積み上げられた袋を一つ軽々と持ち上げるとホープに渡した。袋の重さにホープが少しよろけるのを見て大口を開けて笑った。

「相変わらず、ひょろっちぃなぁ」

「だから風車守にはならなかったんだよ」

 ホープは重たい袋を肩に担ぎなおすと、荷馬車に積みに小屋を出た。

 風がない日、風車小屋の主が崖の上から海に向かって釣り糸を垂らしているのを、ホープは知っている。秋の初めから風の強い日が続き、収穫後ということもあって、最近オーバンはずっと働き詰めだ。

 去年は小麦が不作で、仕事の少なかったオーバンも、今年はどこか楽しそうだった。

 ホープは小麦粉の入った袋を一袋づつ肩に担ぎ、前に停めた馬車の荷台に積んでいった。何度も扉を出入りし、ようやくその作業にも終わりにさしかかった。

「これで最後だよ。ありがとう!」

 ホープが小屋の入り口の敷居をまたぐと、粉の挽き加減を見ていたオーバンが顔を上げホープに手をふった。が、オーバンは慌てた様子でホープを呼び止めた。

「おいっ! ホープ! お前怪我してるじゃないか」

「え?」

 呼び止められ、ホープが肩に小麦粉の袋を担いだまま振り返ると、オーバンは大きな石臼の横をすり抜けてきた。髪や顔、体中に白粉をはたいた様になりながら、オーバンはホープの右腕をそっとつかんだ。

 ホープはつかまれた自分の右腕を見て、黒い目を大きく見開いた。

「わっ! なんだこれ!?」

 驚いて担いでいた袋を下ろすと、床から白い粉じんが舞い上がった。

 服の袖に血がにじみ、茶色の布地が黒く染まっていた。指先から腕へと血が流れた跡があり、白い手に赤黒く乾いた血がこびりついていた。

「おい、えらい血だな。大丈夫かい?」

 オーバンが心配そうにホープを眺めたが、血はすでに止まっているようだ。

「おかしいな。痛くもなんともないんだけど……」

 ホープは足元の袋が血で汚れていないことを確認すると、外に飛び出て積み終えた袋も汚れていないか調べた。

 不思議なことに小麦粉を入れた袋の方には全く血はにじんでいなかった。大切な糧食が駄目にならず、ホープはほっとした。

「いつこんなケガしたんだろ……」

 ホープの右手の親指と人差し指が、なぜか強く脈打つように微かに震えていた。

 ホープは一瞬不思議な感覚にとらわれた。昔から、双子の姉のジェードに何かあった場合にこんな感覚にとらわれることがある。

(……ジェード?)

 徐々に右腕が痺れてくるのを感じ、ホープはしばらく右腕を押さえ続けた。



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