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天国の扉  作者: 藤井 紫
第一章 奴隷皇子と亡命の魔女
43/193

15-2

 シナーンは、悄然とするハリーファに背を向けると、今度はジェードに話しかけた。

「ジェード、私の奴隷となるなら、お前が欲しいものを何でも与えてやろう。そうだな。何なら、お前を解放してヴァロニアに帰してやってもいいぞ」

 ハリーファは、ジェードがシナーンの提案をのんでしまうのではないかと不安になった。シナーンがジェードに小瓶を渡したのも、本当はハリーファからジェードを引き離すためだったことに、ハリーファは気づいていた。

 ジェードは少しためらいを見せたが、小さな声でシナーンに答えた。

「……わたしが欲しいのは、ハリの命よ」

「ふん。思ったよりは頭が回るようだな」

 ジェードの言葉を断りの皮肉と聞いたシナーンは、両手を腰にあて不愉快そうに息を吐きハリーファを見やった。

 ジェードの答えにハリーファは安堵した。その様子を見ていたシナーンの心の声が聞こえてくる。

(ハリーファ、逃げようなど考えず、ここで不自由なく暮らすといい。おそらくそれがお前にとっての幸福だ)

「たとえお前に父上の血が流れてなかったとしても、お前にはファールークの血が流れている。それは間違いない」

 そう言って、シナーンは【王の間】を出ようとしたが、ふと足を止めた。

「ハリーファ、最後に一つだけ聞いておきたい。お前は【王】の記憶があるのか?」

 シナーンの問いにハリーファは小さく答えた。

「……ある……」

「そうか」

 ハリーファの返答を聞いて、シナーンの口調が激しくなった。

「ならば、自分ばかりが犠牲者だとは思わぬ事だな」

 そう言うと、シナーンはジェードの横を通り抜け、【王の間】から出ていった。

 【王】の記憶を持つハリーファだからわかることだが、ファールークの一族は、皆どことなく【王】や【宰相】の面影がある。

 シナーンの言う通り、シナーンも、そしてジャファルも、宰相こそ【王】の罪に巻き込まれた犠牲者だ。

 去っていくシナーンの姿を見て、ハリーファは【王】の罪の重さをかみしめた。



 シナーンの靴音が消え、入り口の扉の閉まる音が応接にも聞こえた。

 ハリーファとジェードが取り残された部屋は、静寂に包まれた。

 しばらくして、ジェードはようやく割れた水瓶の欠片を拾おうと、床にしゃがみこんだ。欠片は大きく鋭い刃物型に砕けているものもある。

 ジェードはその切先をじっと見つめた。

(これで――)

 ハリを殺せれば天命が果たせる――。そう浮かんだ時、考えるのを止めた。心で考えるとハリーファに聞こえてしまう。

 ジェードは慌てて欠片をつかんだ。すると、右手の人差し指に破片の切先が突き刺さった。傷口から赤い血がこぼれだす。

「……痛っ」

 血はまたたく間に大きく盛り上がり、ぽたぽたとしたたり落ちた。石の床の上に、小さなアザミのような赤褐色の花が咲いていく。

 次々に床に落ちる赤黒い血の鉄のような匂いが、ジェードに聖地での光景を甦らせる。目の前で、三人の兵士がハリーファに殺された時のことを思い出した。

 ジェードは眩暈を覚え、床に手をついた。

「大丈夫か?」

 そばにしゃがみこんだハリーファは、ジェードの手から握られたままだった大きな欠片を奪った。

「……ご、ごめんなさい、すぐ片付けるわ……」

 言うが、景色が揺れて見える。

「先に止血をしろ」

 ハリーファはジェードにそう言うと、自分は割れた欠片を拾い始めた。

 落ちていた他の欠片をハリーファが拾う間も、ジェードの指先からしたたる血が床を赤く染める。傷口を反対の手で押さえても、血はどんどん流れ出る。

 ハリーファは拾った欠片をまとめて端によけた。それが終わると、いつまでも床を汚しているジェードの右掌をつかみ、顔の高さまで引き上げた。手首をとらえ、一点を強く押さえる。

 流れる血は指先から腕をつたい白い腕に赤い線を描く。そのまま肘までいくと、赤い雫となって落ちた。

 ハリーファに手首を力強くつかまれ、ジェードの指先がしびれてきた。同時に指先と心臓が同じ速さで強く脈打つのを感じる。ジェードの肘から落ちた血は衣服に赤くにじんでいった。

 腕をつたって流れ続ける自分の血が、聖地でのことをますます鮮明に思い出させる。

 ――あの時、ハリーファから殺意を感じた。次に殺されるのはジェードだったはずだ。

 きっとハリーファにとっては、自分などいつでも簡単に殺せるのだ。オス・ローで兵士たちを殺したように。

「お前には俺は殺せない」

 目の前に居るハリーファがつぶやくように言う。翡翠色の瞳が、真っすぐにジェードを見つめている。

「俺を殺して罪を犯しても、神はお前を救ってはくれないぞ」

 辛辣な視線がジェードに向けられた。

 だが、ジェードには、その言葉がジェードの瞳に映っている、ハリーファ自身に向けられているように思えた。

「……聖地で、兵士たちを殺したことを、悔いているの……?」

「俺は悪魔じゃない。過去も、今も、人を殺めて悔いない日なんて一日だってない」

「……じゃあ、殺さなければ良かったじゃない」

 口ではハリーファを攻めるが、心の中では自分自身に対して言い訳を考えていた。

(わたしはハリを殺さなきゃ……。天命なんだもの……)

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