12-2
「宗教的にじゃなくて、国ではいくつで成人なの?」
「ファールークの法では十四だ」
ジェードはちょうど三ヵ月後に十四歳になる。その時、十三の忌年もようやく明ける。三ヵ月後に自分が大人になれているとはとても思えない。
「この国は法よりも信仰の教義の方が守旧されているからな」
「だからって、十四でも、やっぱりまだ子どもよ」
ハリーファは腰布の端を詰め込み、服の裾や胸元を引っ張って服を整えた。
「なら、お前は何歳なら成人として認めるんだ?」
そう問われてジェードはクライス信仰の十六歳を思い浮かべた。だが、答えるよりも先にハリーファが口を開いた。
「クライス信仰は十六で成人だったな。クライスは禁欲主義者なんだろ? 『禁欲』」
ハリーファがいつもとは違う韻律でジェードの名を呼んだ。その韻律には聞き覚えがあった。ファールーク皇国に連れてこられた頃、リューシャが同じ韻律でジェードの名を呼んだのだ。だが、ジェードにはその呼び方の意味する事はわからなかった。
ハリーファがなぜ天使を禁欲主義者と言うのか、すぐには理解出来なかった。家奴隷達やシナーンから聞いた話をあれこれ思い出して、ようやく天使信仰が一夫多妻制だということに気づき、頬が赤くなった。
一信仰のヴァロニアでは他の宗派は『異教徒』だと聞かされ、教義はもちろんのこと、名前もろくに知らされていない。
天使信仰の成人の儀式とは一体どんなものなのだろうか? ジェードの好奇心がかきたてられた。
宗教的な儀式ではないが、ジェードの故郷のアレー村では、毎年成人を迎える男女を祝う小さな祭りが行われる。十六歳は職に就いて四年目と言うこともあって、その祭をきっかけに結婚する男女も多い。アルザグエの行商隊には負けるが、ジェードはその祭りが大好きだった。
「ねぇ。成人の式典ってどんな式典なの?」
「教典を読み上げて、その後酒を口にするだけのつまらない儀式だ」
ハリーファの言葉の意味に反して、ジェードの目が輝いた。
「教典って、モリス信仰の聖典のことなんでしょう?」
「ああ、そうだ」
「ハリが教典を読むの? 聞きたいわ! ねぇ、一緒にいっちゃダメかしら?」
ハリーファは年下なのに、ジェードから無意識に兄たちに頼みごとをするように甘えた声が出た。
そんなジェードの態度をハリーファは全く気にもとめていない様子で、
「どうせすぐに終わるぞ。まぁ、着いてくればいい」
と言うと、素足に靴をはいた。
「行くぞ」
ハリーファはジェードが運んできた食事には目もくれずに、ジェードを連れて本宮の礼拝堂へと向かった。
* * * * *
本宮への立ち入りを禁じられていたハリーファも、今日は中に入ることを許されていた。
建物を取りかこむ回廊を渡り、本宮の入り口を入る。
中は大きな丸天井のホールになっている。見張りの兵士に先導され、ハリーファとジェードはホールの真ん中を突っ切るように歩いていった。
天を仰ぐと、夜空を見上げているような黒く大きく丸い天井が遥か頭上に広がっている。
壁には幾何学模様を組み合わせた太陽や星の装飾が施され、床には色の違う大理石が紋様を描きながら敷き詰められていた。
その上に、黒と金を基調とした長い絨毯が、入り口からホールの奥へと続く道のように敷かれている。
ジェードは、初めて目にするホールを見上げ、思わず感嘆の声をもらした。
だが、ハリーファも兵士も無言のまま、振り向きもせず進んでいく。ジェードは慌てて二人を追いかけねばならず、天井の壮麗な装飾をゆっくりと眺めることはできなかった。
ホールの奥まで行き着くと、そこにはレリーフの彫られた両開きの木の扉があり、片方が開いたままになっていた。
扉の前で兵士に先を譲られ、ハリーファは黙って部屋の中へと入っていった。
ジェードは小走りで、その後についていった。
礼拝堂は独立した建物ではなく、本宮の一階のホールの奥にある小さな部屋のことだった。
ジェードが想像していたよりもずっと狭い部屋だ。すぐ外のホールが大きいため、余計に狭く感じられた。それでも村の教会よりは広い。
礼拝堂の中に入ると、真正面には質素な造りの木の机が一つ。足元にはくすんだ紅色の敷物が敷かれ、机上には古びた分厚い大きな本が置かれている。
後方の壁際には扉の左右に、低い背もたれとひじ掛け付きの木の椅子が四脚ずつ置かれているだけだった。
床や壁は一面、良く磨かれた灰色の石が張られていた。
礼拝堂の中はひんやりとしていて、普段全く感じることのない湿度をかすかに帯びていた。