表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天国の扉  作者: 藤井 紫
第一章 奴隷皇子と亡命の魔女
30/193

11-4

魔女ウィッチ? 何だ、それは?」

「……魔女は悪魔と契約して、能力を身につけた人間のことよ」

「悪魔と契約?」

 ハリーファは興味を示し、ジェードの方に体を乗り出した。

「命と引き換える以外に、悪魔と契約が出来るのか?」

「えっと……」

 ジェードは少し息苦しくなってきたが、ハリーファの質問に答えようと努めた。

「悪魔と契約って、その……からだの関係を持つことよ。悪魔と契約すると、特殊な能力が身に着くの」

 この国に魔女は存在しないのだろうか。ハリーファに説明する為に、ジェードは言葉を選んだ。

「特殊な能力というのは何だ?」

「人にはない能力よ。不老不死や読心術だって聞くけど」

 ジェードは内心はっとした。

 魔女は読心術を使う。だとするとハリーファは魔女なのではないだろうか。

 ハリーファはジェードを見つめて話を真剣に聞いている。その瞳の上の髪色を見て、ハリーファへの魔女の疑いは即座に晴れた。

「後、髪が……、魔女になると、髪が黒く変わるんだって」

 その説が本当なら、金色の髪のハリーファが魔女のはずがない。いや、そもそもまだ子どものハリーファが悪魔と契約などするはずがない。

 ハリーファはジェードの黒髪をじっと見つめる。

「じゃあ、お前はウィッチなのか?」

 その言葉に、ジェードは顔が赤く染まった。ハリーファと同じように、ジェードだってまだ成人前の子どもなのだ。

「わ、わたしの髪の色は生まれつきよ!」

 ジェードだけではなく、村中、いや領中みんな黒髪だ。だから、故郷の村では魔女の黒髪のくだりは省かれて伝えられている。シナーンに言われるまで、忘れていたくらいだ。

「ではお前の姉上は? 悪魔と契約を交わしたのか?」

「姉さんがそんなことするはずないわ!」

 ジェードは大きな声で怒鳴った。

「姉さんには恋人がいて、赤ちゃんが生まれる予定だったのに」

「夫ではなく恋人? 結婚はしていなかったのか?」

 ハリーファが姉のことを疑っているように感じた。事実、姉は悪魔の子を身籠った魔女だと言われたのだ。

「姉さんは魔女じゃないわ! だって天……」

 ジェードは口をつぐんだ。【天使】の事をハリーファには話せない。

(【天使】様がルー姉さんは魔女じゃないって言ってくれたもの)

 ジェードの顔は今にも泣き出しそうだった。

「……姉さんに言われたの。絶対に恋人のことは人に話しちゃダメだって。悪魔の子だと疑われても、恋人のことは言っちゃダメだって言われたの」

 辛い記憶を思い出して、ジェードの目から涙がこぼれた。今までハリーファに涙を見せたことは一度もなかったが、胸の内に一人で抱えていた思いがあふれ出した。

 村では言えなかった言葉がこぼれる。

「わたしも……、誰も、姉さんを助けられなかったの……。姉さんは魔女じゃないのに……」

 ジェードは、立っていられなくなり床に座りこんで嗚咽をもらした。

 この時初めて、自分の心の内をさらけ出して泣き続けた。四年間、誰にも言えず心の奥で凍りついていた気持ちだ。

 ハリーファはジェードを黙って見おろしていた。

 しばらくすると、ハリーファは足元に座りこんだままのジェードに問いかけた。

「お前は聖地へ神に会いに来たと言ってたな。あの時聖地で、お前は救いを得たか? 姉上は救われたか?」

 ジェードは頭を垂れたままゆっくりと横にふった。

「そうだろうな。神は生と死以外の何も与えてはくれない。救いはお前自身の心が生み出さないといけない」

 アルフェラツと同じ事を言うハリーファに、ジェードは驚いて顔をあげた。

 ハリーファの表情からは怒りも哀れみも読み取れない。

 日頃冷たいハリーファだが、今まで嘘をついたりごまかしたりすることはなかった。

 だからこそ、いつものようにはっきり否定して欲しい。そう願いながら問いかけた。

「ねぇ、ハリ、教えて。魔女ウィッチ神魔ジンは、本当に存在するの?」

 まるで天使に対して祈るように真摯に問いかける。

(お願い。いないって言って)

 ハリーファがそれらの存在を否定するなら、アルフェラツだって本当は天使ではないかもしれない。そうならば、アルフェラツが言ったことにに従わなくて良いのではないか。ジェードは祈る思いでハリーファの答えを待った。

「……天使と悪魔がこの世に存在するなら、魔女ウィッチ神魔ジンも存在する」

 自分の問いを、今こそ否定して欲しいと願ったが、ハリーファからの答えはジェードの望む答えとは違った。

「うぅっ……」

 ジェードは悲哀の表情になった。

 ハリーファがジンの存在を否定しなかった。

 ハリーファは嘘をつかないとわかっていたはずなのに、どうしてジェードの望む答えを言ってくれないのかと、怒りが悲しみになってあふれ出す。

 ポロポロとこぼれる涙が、頬をつたってジェードの唇や顎をぬらす。止めようと思っても、こぼれてくる涙をどうにも出来なかった。

「お前は聖地で天使に会ったんだろ。矛盾したことを言うな」

「で、でも、アルフェラツ様は、自分のことを天使だとは一度も言ってなかったわ」

 ジェードは感情に任せて、アルフェラツの正体と名前を口にしてしまった。

「いや、『アルフェラツ』は天使の名前だ」

「どうして、ハリが天使様の名前を知ってるの?」

「俺は悪魔の名前も知っている」

「……悪魔……?」

 ハリーファの言葉を受け止められず、ジェードは頭を横にふった。

「ハリ、……あなたはもしかして神魔ジンに憑かれているの?」

(やっぱり人の心を見透かしているの?)

 ジェードは、涙でぬれてぐしゃぐしゃになった顔を、手のひらでぬぐった。

 そして、真っ直ぐにひたむきな視線をハリーファに向けた。

 ジェードのまっすぐな視線から逃れるように、ハリーファは目をそらす。

「……俺は、神魔ジンに憑かれてなど、いない……」

 この時、ハリーファのいつもの自信や明瞭さが、どこか欠けているようにジェードには感じられた。




*   *   *   *   *




 結局、その夜、ジェードは一晩中部屋で泣き続けた。

 おかげで、今朝は目がはれてしまって頭痛がひどい。鏡がないので、一体どんな顔なのかはわからないが、井戸端でもみんなにひどい顔だと言われてしまった。

 ハリーファの朝食には、昨日決めたように、もう小瓶の液体を混ぜずに出した。するとやはり、それを見抜いたかのように、ハリーファは食事に口をつける。

 泣きはらしたジェードとは違って、ハリーファは何かすっきりした表情を見せていた。

「ジェード、お前に教え忘れていたことがある。奴隷が死罪になる事は、主人殺しと逃亡だ。覚えておけ」

 朝からハリーファに言われて、ジェードは冷や汗が出るのを感じた。知らなかったとは言え、もしハリーファが死んでいたら、自分は処刑されたのだ。

「今日までに俺が死ななくて良かったな」

 いつもなら言い返す場面だが、昨夜の疲れでジェードは黙っていた。

(良かったって、どういう意味なのよ……)

 ジェードが心の中でハリーファに文句を言うと、ハリーファはどこか楽しそうに笑みを浮かべる。

 目の前でむっとしているジェードを気にする様子もなく、ハリーファは久しぶりの朝食を口に運び続ける。

 その様子を、あまりにもじろじろ見ていたからか、ハリーファから声がかかる。

「食うか?」

「け、結構よ」

 また物欲しそうにしていると思われたかと思うと、恥ずかしさで顔が熱くなる。

――お前が食べればいい――

 ハリーファは、食事を食べない時はいつもジェードにそう言っていた。

 だが、ふと思い返すと、小瓶の液体を入れた時だけは、ハリーファがジェードに食べろと言ったことは一度もないのではないか。

 そんな事に気が付くと、ほてりは収まり、代わりに疑問が沸きあがってくる。

(やっぱり心を見透かしているの? ねぇ、どうなの? 答えて、ハリ)

 その時、ハリーファはふいとジェードの方を見た。

 ジェードの心臓が跳ね上がりそうになる。

 だがハリーファは何も言わず、人の心を見透かしているのかどうかの確信は得られなかった。




(※)魔女ウィッチには男性もいますが、男のウィッチでも日本語では『魔女』と訳されています。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ