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天国の扉  作者: 藤井 紫
第一章 奴隷皇子と亡命の魔女
26/193

10-2

「……不気味って? どういうこと?」

「ハリーファに、心を見透かされているような気がしないか?」

 そう言われて思い返す。

 大して話してもいないのに、ハリーファは答えてくれるような気がする。逆に、いつも会話がかみ合っていない気もする。しかし、そんな人知を超えた力を疑うようなことは全くない。

「そんな風に思ったことはないわ……」

 ジェードは素直に答えた。

「人の心を覗くなんて、悪魔の仕業よ。人にはできないわ」

 ジェードの言葉に、シナーンはフンッと笑う。

「私は、ハリーファは神魔ジンに取り憑かれているのではないかと思っているのだ」

神魔ジン……?」

 初めて聞く言葉に首をかしげる。

「知らぬか。神魔ジンというのは、西大陸モリスの伝承で、人間と神の中間の存在の精霊のことだ。神魔に取り憑かれた人間は、人の心を見透かし、その姿さえも変えることが出来るらしい。お前も私達兄弟は似ていないと思っただろう?」

「そうだけど……」

(もしハリが神魔に取り憑かれているのなら、わたしがハリを殺そうとしてることも、気づかれてるってことじゃない……)

 なんとなくルースの話してくれた、ちょっと不思議なお話程度にしか思えない。

「異国の伝承は信じられないか? ヴァロニアの魔女ウィッチと同じだぞ」

魔女ウィッチ……」

 そう聞いてジェードは眉をしかめた。

 人に取り憑くという、人間と神の中間の存在、神魔ジン

 悪魔と契約し特殊な能力を身に着けた、魔女ウィッチ

 東大陸フロリス西大陸モリスの伝承は異なるが、どこか似ている気もする。

「これでも私は異国の伝承についても少しは詳しい方だぞ。悪魔と肉体関係を持って魔女ウィッチとなると、髪の色が黒に変わると聞いたが。姿を変えるところも神魔ジンと同じではないか?」

「わたしは……魔女が本当に存在するとは思えないわ」

 しかし、ジェードは聖地でのことを思い出した。

 天使は確かに『魔女は存在する』と言った。ならば、神魔ジンも存在するのかもしれない。

「私は、ハリーファが神魔に取り憑かれているのかどうか確かめたいのだ」

「……わたしには関係ないわ」

「お前も天使信仰者なら、悪魔の存在を否定できないだろう。神魔も魔女も、悪魔の存在あってのものだ」

 シナーンは立ち上がり、ジェードに顔を近づけ少し声を落とした。

「聖地でハリーファに何が起こったか、お前は見ていないか? 【王の間】に閉じ込められる前に、一度見たきりだが。聖地から戻ったハリーファは、何かに取り憑かれたように顔が変わっていたぞ」

 聖地での出来事を聞かれドキリとする。

「私は弟に取り憑いているものの正体が知りたいんだ」

「……でも、どうやって確かめればいいの?」

 シナーンは壁際の棚の方へ行った。そして引き出しから何かを取り出した。

「これを使うといい」

 シナーンはジェードに瑠璃色のガラスの小瓶をそっと手渡した。

「これは?」

「毒だ」

 ジェードは驚いて小瓶を落としそうになり、慌てて両手で握りしめた。

「お前なら簡単だろう?」

 ハリーファが毒を飲んで死ねば、ジェードは天命を果たせる。

「ハリが死んでしまったら……?」

「ハリーファは何物にも憑かれてなかったと言う訳だ。その時はお前を私の奴隷にしてから解放してやろう」

「でも、もしハリが、本当に神魔に取り憑かれていたら……?」

「神魔に取り憑かれた人間は死なない。その時はお前が死ぬことになるかもしれないな」

 ジェードは思いがけず手に入れた毒を服の中に隠して、シナーンの部屋を去った。



 シナーンの部屋を出て、ジェードはすぐに【王の間】に戻る気分にはなれなかった。

 アーチ屋根の回廊の端にすわり、頬杖をついて庭園をぼんやり眺めた。

 太陽が真上を通りすぎ、それまで日陰だった回廊にも少しずつ西から日が差し始めた。暑さでこめかみにうっすらと汗がにじんだが、ジェードは不穏な気持ちを包み隠すように膝を抱えた。

 朝と夜に祈りは続けているが、ファールークの皇宮に来てから【天使】からの答えはない。

「天使様……どうかわたしの迷いにお答えください」

 ハリーファを殺すことは天命なのだ。天使が告げたのだから、答えはわかっているはずなのに。ジェードは助けを求めるかのように、空を見上げてつぶやいた。

「お前の【天使】は空に居るのか?」

 背後で聞き覚えのある声がした。

 ジェードは驚いて声のした方を振り返ると、金色の髪の少年が立っていた。

「ハリ!?」

 ジェードは慌てて、余計なことを心で考えないようにした。

「もうあそこから出ても良いの?」

 立ち上がって、衣服に付いた砂をはらう。二人の目線の高さがほぼ同じになる。

「ああ、さっきやっと許可が出た。部屋の前の見張りが居なくなって清々する」

 ハリーファは今までに見せたことのない清清しい顔をしてジェードに近づいてきた。

 強い日差しに慣れているのか、太陽の光にさらされても目を細めることすらしない。明るい場所で見るハリーファの瞳の色は透き通るような翠で、まるで物語で聞いた『宝石』を見ているようだった。

 澄んだ翠の色に思わず心を奪われる。

「お前がいつもの時間に戻ってこないから、心配していたんだ」

 ハリーファの言葉に、意識が引き戻される。以前遅刻してからというもの、必ず早めに【王の間】に戻るようにしていた。

「どうせ逃げてないかどうかの心配でしょ」

 答えながら、ジェードは心では何も考えないようにした。

 シナーンの言っていたように、ハリーファの透き通る翠色の瞳で見つめられると、まるで本当に心の中まで見透かされているようだ。

「お前が逃げるなんて思ってないさ」

「……わたしのこと全然信用してないくせに」

 ハリーファがどういうつもりで言ったのか分からなかったが、いつものようにジェードは言い返した。

 とっさに後ろに隠した手には、先ほどシナーンから渡された瑠璃色のガラスの小瓶が握られていた。


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