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天国の扉  作者: 藤井 紫
第一章 奴隷皇子と亡命の魔女
24/193

9-3

 ハリーファは足を組みかえて、ジェードが驚く様子を面白そうにながめている。

「獅子って本当にいるの? あれは架空の動物じゃないの?」

 さっきまで嬉々としていたジェードの顔が、少し不安そうになった。

 東大陸フロリスに獅子は存在しない。だけどジェードはルースのしてくれた小話で聞いたことがある。

 金色のたてがみと、闇の中で緑に光る目の、凶暴な獣の王だ。それはしばしば、金色の髪と緑色の瞳のシーランド人の容姿にたとえられた。獅子はシーランド王の異名でもあり、ヴァロニアの大人たちは時折『悪さしてると獅子が来て喰われてしまうよ』と言って子供たちを戒めていた。

 そう考えると、ハリーファも、金の髪と、翠の瞳を持ち、シーランド人と同じ容姿だ。

「去年は居てたぞ。獅子アサドはなかなか見ものだった。祝事がある年なんかはよく居るんだけどな。今年は居なかったのか」

「あの動物たちはここで飼われるの?」

 シーランドでもヴァロニアでも、王族達が自分達の権威を示すためやその家系の象徴に、異国の珍しい動物を愛育するような話もルースから聞いたことがある。

「さぁ? 食用だろ?」

 さらりと返すハリーファの言葉に、ジェードは目を見開く。

「食べるの? もしかして獅子も?」

「いや、さすがに獅子は食わないな。モリスでは獅子を神の象徴だとする教えも多いからな」

「神の象徴……」

 そう言われてジェードはふと【天使】の事を心に思い浮かべた。天使の姿は黒い肌に白い髪で、金色の鬣、緑の目とは程遠い。

 そして【天使】に教えられた天命も思い出した。

 ハリーファと話して浮かれていた心は、徐々に沈んでいった。




*   *   *   *   *




 数週間後、ジェードはある事が気になって、ハリーファの食事風景をまじまじとながめずにはいられなかった。

 皇族の食事は相変わらずとても手の込んでいるものばかりで、肉なども原型がわかるものはない。

(どの料理にあの駝鳥が入っているのかしら?)

 昨日家畜舎からあの駝鳥の姿が消えたのだ。ハリーファの言うように食用に使われたのかと、ジェードは気になって仕方がない。

(あんな大きな鳥をどうやって絞めるのかしら? 鶏と同じようにするには首が長すぎよね?)

 ジェードの頭の中で駝鳥の首が絡まった。

(血抜きも羽をむしるのもすごく大変そう)

 およそ穏やかでない事を考え巡らせていた。想像すれど答えが分かるはずもなく、疑問は膨らむばかりだ。後で厨房に行って聞いてみよう。

 そんなことを考えていると、突然ハリーファが噴き出すようにむせだした。

 ハリーファの顔は緩み、なぜか隠すように小さく笑っている。

「大丈夫?」

 水のグラスを差し出すジェードを見上げ、くくくと笑いをこらえながらハリーファが問いかけてきた。

「いや、お前は、ちゃんと飯を食ってるのか?」

「た、食べてるわよ! ご心配なく!」

(いやだ! そんなに物欲しげにでも見えたの!?)

 ハリーファは水を飲み干すと、思い出したように言った。

「そういえば、お前、最近厩舎に行っているらしいな」

 ハリーファはまだこの部屋から出られないはずなのに、何故知っているのかとドキリとする。

「前から注意しようと思っていたんだ。昼に何処に行こうが、お前の自由だが、あんまり人が居ない場所をうろうろするな。皇宮の中といっても粗暴や奴らも居るからな」

「…………」

 急に自分の行動を注意され、若干心配しているところも含めて、まるで父親と対峙している様な錯覚を覚えた。

 が。

「それと、皇宮から逃げようなんて、決して考えるなよ」

 父親らしからぬ言葉で脅迫される。

(逃げようなんて思ってないわよ……)

 ジェードの顔が少し曇った。今はまだ、逃げようとは思っていない。まだ、ハリーファを殺せていないのだから。

 ジェードが厩舎に通っていたのは事実だ。聖地に置いてきたウーノのことが気になっての行動だった。

 あの時、一緒にここに連れてこられていないか知りたくて、頻繁に厩舎に足を運んでいたのだ。

「何度厩舎に行っても、お前の馬は居ないぞ。ヴァロニアの馬ではオス・ローと西大陸モリスの間の砂漠は越えられない。それに、オス・ローからヴァロニアの国境までは半日も走れば十分辿り着ける。だからきっと、お前の馬は自力でヴァロニアに帰っただろ」

 そう言われてジェードは少し気持ちが楽になった。

(ウーノ、無事でいてほしい……)

 こればかりはハリーファの言葉を信じたかった。



 ジェードは朝の食事を片付けた後、洗濯物を抱えて井戸に足を運んだ。いつものように井戸端にはルカ達がいて、今朝もジェードがやってくると話に花を咲かす。

「奴隷皇子様の右手の具合はどう?」

「何も言わないけど、まだ良くないんじゃないかな。さっきも左手で食事していたわ」

「右手が良くならないと、馬も乗れないし、剣のお稽古だってムリね」

 ルカは年配の女奴隷に、何か良い薬はないのかと聞いた。

「奴隷皇子様は、今まで一度も、乗馬も剣術指南も受けてないだろ。お怪我が治っても、乗馬も剣の稽古もしないんじゃないかい?」

「外に出てくれないと、わたしが奴隷皇子様に会える機会がないわ」

 残念そうに話すルカや洗濯女たちの言葉に、ふとジェードは心に引っかかるものがあった。

 馬に乗れないというのなら、――()()()ハリーファはこの皇宮から聖地までどうやって来たのだろうか。

 それにどうして。剣術を習っていないと言うなら、兵士達をためらいもなく、あんなに簡単に殺せたのだろうか。

 ジェードの心にもやもやとした疑問が浮かぶ。

 しかし、しばらくすると洗濯女達の明るい笑い声と水音に、不穏な考えは洗い流されていった。


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