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天国の扉  作者: 藤井 紫
第一章 奴隷皇子と亡命の魔女
23/193

9-2

 まるで建物のように積まれた箱の間を、ジェードは一つ一つ眺めながら恐る恐る歩いた。しかし足取りとは裏腹に心は小躍りするようにわくわくしている。故郷の村の、年に一度の祭りでもこんなに胸がおどったことはない。

 城門近くには、二羽の大きな鳥が首に縄が掛けられ、馬を繋ぐ木にくくられていた。その姿はジェードの視線をくぎづけにした。

(何!? あれは鳥なの!?)

 遠めに見ても背はジェードよりずっと高そうだ。二羽の大鳥のギョロギョロとしたきつい視線は、どこを見ているのかさっぱりわからない。二羽は向かい合って、体のわりに小さな翼をバサバサと音を立てて羽ばたかせ、まるで喧嘩をしているかのようである。ジェードは少し離れた場所から、子どものように胸を高鳴らせながら二羽の様子を眺めた。

 城門の方に視線をめぐらすと、乾いた砂色の毛の不思議な動物が目に入った。立っているものと、座っているもの、全部で合わせて十二頭はいる。馬と同じようにくつわを付けられ、その先を地面に置いた大きな石にくくりつけられていた。

 半分くらいは、背に朱色を基調としたマットが背に掛けられている。それには極彩色の糸で何重もの菱形の刺繍や、綺麗な房が縫い付けられていた。色とりどりの服を着ている彼らの姿はかわいくて、ジェードは思わず笑みがこぼれた。その姿はまるで『おめかし』をしているようだ。

 先程の大きな鳥とは違って、『彼』らは暴れることもなくのんびりしている。大人しそうな様子にジェードはそっと『彼』らに近づいてみた。すると、『彼』らを驚かせてしまったようで、突然立ち上がると鼻をブルルと鳴らした。

 立ち上がると馬よりも背の高い『彼』に、ジェードは驚いて一歩下がった。だが、優しそうな瞳がジェードを見ているのに気づくと、そっとそばに近づいていき、横から『彼』の足にふれた。

(なんてふかふかなの……! 気持ちいい……)

 ふかふかの毛並みがあまりに気持ち良くて、ずいぶん長いことさわっていたようで、『彼』が尻尾を振ってジェードをたたき、まるで苦情を言っているようだった。

(触りすぎちゃった? ごめんね)

 ジェードが心でつぶやいた。

 やはり動物は人間の心を読むことが出来るようで、『彼』はジェードの方にゆっくりと顔を向け、瞬きして長い睫毛を上下させた。


 結局ルカは門前広場には姿を現さなかった。

(きっと仕事を抜け出せなかったのね。こんなに楽しいのに、残念だわ……)

 商隊の見学に夢中で、ジェードは時間が経つのをすっかり忘れていた。




 自分の影が靴の長さより長くなったら、昼の休憩も終わりだった。

 昼からは【王の間】の掃除、ランプのオイルの補充、乾いた洗濯物を取りに井戸端まで行かないといけない。

 いつもより少し時間が遅れてしまい、ジェードは慌てて【王の間】に戻った。

 いつもは居ないくせに、こんな風に遅れた時に限って、ハリーファは応接室に出てきて本を読んでいる。

 右手首の怪我が思わしくないのか、左手で胸に本を押し当てて支え、指先で器用にページをめくっていた。

「ハリ、……起きてたの?」

 ジェードが声をかけると、ハリーファはいつも通り不機嫌になった。

「……俺は昼はいつも起きてるし、大体今何時だと思ってるんだ」

「ごめんなさい……、すぐに仕事に戻るわ」

(楽しすぎて時間のことを忘れちゃってたわ……)

 ジェードが素直に謝ると、ハリーファは呆れたように息を吐いた。

「獣臭いな。何処へ行ってたんだ」

 さっきの『彼』の匂いだろうか?

「さっき広場で大きな動物を見たの! あんな大きなのは初めてだわ! 何か知ってる?」

 さっきまでの興奮した気持ちを抑えきれず、それを表すように舌足らずで答えたジェードだったが、

「……馬のことか?」

 と、ハリーファの返事はそっけない。

「もぅ、馬なら知ってるわ!」

 ハリーファに冷ややかな視線を向けられ、ジェードは高揚した気持ちが冷めてくるのを感じた。

 ジェードががっかりしていると、ハリーファが思い出したとばかりに声をかけてきた。

「あぁ、アルザグエからの行商隊が来てるのか?」

 ジェードの顔がパッと明るくなった。ハリーファが商隊のことを知っていたので、色々と聞きたい気持ちがジェードにわきあがってきた。

「そう! それよ!」

「大きな動物って、駱駝ジャムルのことを言っているのか?」

「あの子、ジャムルって言うの? 聖地の土と同じ色の毛をしてるの。馬よりも背の大きな子よ! 優しい顔で、背中の大きな!」

「あぁ、そいつは駱駝で間違いない。大きな鳥なら駝鳥ナーマだ」

「そう! 大きな鳥もいたわ! あんなの見たの初めて!」

 ジェードが故郷の村でたわむれていたのは羊の群れと馬だった。山羊や家畜としての鶏等もいたが、野性でも鹿や兎、鳥くらいしか動物を見たことはない。

 ジェードにとってこんなに心がおどったことは初めてだった。

 ハリーファが初めて見た動物の名を教えてくれて、ジェードの目が輝いた。再び胸に興奮と感動がよみがえってきた。

「もう行商隊の来る季節だったのか」

 心なしかハリーファの口調が優しくなった気がした。

 ハリーファの右手がいつまでも治らないので、軟禁はまだ解かれていない。この部屋に閉じこもっていると、季節もわからないのかもしれない。

「アサドは居てたか?」

「アサドって?」

「『獅子アサド』だ」

「獅子!?」

 ジェードはハリーファの言葉に驚きの声を上げた。さっきから驚きの連続で、自分が子供のようにはしゃいでいる。


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