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天国の扉  作者: 藤井 紫
第一章 奴隷皇子と亡命の魔女
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9.南からの行商隊

 家奴隷たちのまかないは日に一回、朝食の残り物で昼にだけ用意される。

 ジェードは家奴隷と同じ扱いだったので、昼間に家奴隷達と同じ様に、一日一回の食事を自分で厨房へ取りに行く。それを夜と朝の二回に自分で分けて食べていた。

 自分で持参した椀に、その日の賄をよそってもらえるが、そこにさじなどは添えられない。謀反を起こさないように配慮されているようであった。



 ファールーク皇国にも春が訪れ、夏に向けて井戸の水位が少しずつ下がり始めたころ。

 この日は厨房がいつもより騒がしかった。

 いつもなら料理人たちは既に調理を終え、夕食の支度を始めるまでは休憩をしているはずだ。ジェードが自分の食事を取りに行く時間は、厨房は大抵もぬけの殻で、大きな鍋のそばに一人だけ痩せた家奴隷の男が座っている。

 だが、今日は厨房に料理人が三人、ばたばたと調理に勤しんでいる。いつも鍋のそばにいる家奴隷の男も料理人の手伝いをしていた。

 ジェードがお椀を持ってきたことに気づいた痩せ男は「今日は自分でよそっておくれ」と騒がしい中声を張った。

 ジェードは鍋から硬めに炊かれたお粥を木の杓ですくった。ふと、近くの調理台の上に目をやると、そこには綺麗にカービングされた果物とそれ彫ったと思われる細身のナイフが横たえられている。

 いつもの時間は、鍋番以外は誰もいない厨房は、調理道具はすべて片付けられている。賄い食をよそうための木杓にさえジェードはふれられない。

 だが、今日は料理人も慌しく働いていて、誰もナイフを放置したままだということに気がついていない。ジェードがさっと視線をめぐらしたが、四人ともジェードに背を向けたままだった。

 ジェードはそっと調理台に近づき、ナイフに手をのばした。

 その時。

「ジェード!!」

 後ろから突然名前を呼ばれ、胸が早鐘を突いた。

 厨房の入り口に現れたルカが、ジェードに気づき小走りに寄ってくる。

 ナイフを盗ろうとしていた手を、ジェードはさっと引っこめた。

 ルカは大きな盆を抱えていて、そこには不揃いの椀が六つほど重ねて乗せてあった。仲間の分も食事を取りに来たようだ。

 ナイフを盗ろうとしたところを見られたのではないかと、ジェードは血の気が引いた。だが、ルカの笑顔から杞憂であると知って胸をなでおろした。

 ルカはジェードの心の内など何も知らず、ナイフが置かれたままの台の上に、持ってきた盆を無造作に置く。重ねていたお椀を一つずつ並べながら、ジェードに話しかけてきた。

「ねぇ、ジェード、知ってる? 今日は南方からの行商隊が来てるんだって!」

 ルカはお椀の一つ一つに食事をよそいながら話した。

 年に数回、南方のアルザグエからの行商隊がやって来るらしい。厨房が騒がしいのもそのせいだった。

 ジェードが学校で習った世界地図には現在ファールーク皇国領土の中央の地までしか載っていない。左の大陸のその更に奥にある土地の名前など聞いたこともない。

「後で一緒に見に行きましょ! もしかしたら、誰かがわたしを人付きの奴隷として買い取ってくれるかもしれないし!」

 ルカは目を輝かせてジェードを誘った。

 両手で抱えるように持ち上げた盆をにらみつけると「わたし、これを置いたら、なんとか仕事を抜け出してくるわ!」と付け加えた。


 ジェードは一度【王の間】に戻ってから、ルカの言うように門前の広場へと向かった。

 この時間は閑散としている城門の前の広場から、離れた所まで人や動物の喧騒が響いてくる。いつもの砂や草木とは違う、甘ったるい匂いや獣の匂いが広場を漂っていた。

 広場を囲うように鮮やかな朱色の絨毯が敷かれ、その上に様々な細工品などが、ところせましと並べられている。

 白い肌や少し浅黒い肌の行商人と、皇族付きの奴隷達や、家畜の仕入れに来た家奴隷達が門前の広場に沢山集まっている。そこに異国人のジェードが混じっても誰も気に止めないほど、広場は活気に満ちていた。

 人にぶつからない様に、広場に敷かれた朱色の絨毯の前を歩くと、行商人達はジェードにも声をかけてきた。時折知らない言葉が混じる話し声は、ジェードにはまるで不思議な呪文の様に聞こえる。絨毯の上には、色んな大きさの皿、椀、杯など様々な形や大きさを取り揃えた銀器が並べられていた。

 隣を見ると、透明、緑、青、赤色の硝子で作られた雫のような形の瓶が沢山並べられていた。太陽の日差しが硝子の曲面に反射して、周囲に薄い色付きの影がきらめいている。

「きれい……」

 硝子瓶をうっとり眺めながらジェードはその前に腰をかがめると、手のひらで色とりどりの影を受けとめて遊ぶ。

 乾燥させた葉っぱや、白い石が山のように盛られた前を通ると、最初に漂ってきた甘ったるい香りに包まれる。

 別の場所ではいくつも並べられた小さな皿の上に、透明、黄、茶色の液体が入れられていた。花の甘く優しい香り、柑橘類の甘酸っぱい香り、不思議なスパイシーな香り、蜜のような奥深い香り。複数の香りが入り混じって心地よい香りを織りなしていた。

 行商人達が唱える不思議な呪文が飛び交う中を、ジェードは魔法にかけられたかのようにふわふわした足取りで歩きまわった。

 赤絨毯で囲われた円の内側には、木箱が順序良く積まれていた。木箱の側面は格子になっていて、ジェードから一番近い箱の中では茶色い鶏がバサバサと羽根を散らかしている。

 その隣の同じ形の箱の中では、耳のない兎のような小動物が鼻をひくひくさせて緑の葉っぱをかじっていた。ジェードが指でその耳なし兎の鼻をつついてみると、兎似の動物は食事の邪魔をされ迷惑そうに短いひげを少しゆらした。

 他にも様々な小動物達が、同じように格子の箱に入れられていて、小さな声をあげていた。


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