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天国の扉  作者: 藤井 紫
第一章 奴隷皇子と亡命の魔女
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8.異国人の女奴隷

 ジェードには、早朝の水汲み、配膳、洗濯、掃除、そしてハリーファの右手が使えない間は食事の介助などの仕事が与えられた。ハリーファが必要としていることと、ジェードが出来ることと言えばその程度だ。


 宮廷で暮らす人々は、比較的涼しい朝や夕方に生業(なりわい)をこなし、炎天時は部屋の中にこもって暑さをしのいで過ごす。

 皇族達が昼間に睡眠をとり、夜中は起きていることが多いと聞いて、太陽とともに生活していたジェードは驚きを隠せなかった。

 家奴隷という家に仕える奴隷たちは一日中働き続けるが、皇族付の奴隷にとって昼間は自由な時間となる。

 ハリーファという皇族付の女奴隷となったジェードも、日中は自由な時間を与えられた。ジェードは【王の間】の中にじっとしているはずもなく、この時間に宮廷の中を散策することが一日の楽しみとなっていた。

 城壁の中は広く、うかつに歩くと道に迷って【王の間】に戻れなくなりそうなほどだ。毎日少しずつ行動範囲を広め、頭の中には【王の間】を中心とした宮廷内部の地図が、少しずつできあがっていた。

 うまくすればここから逃げ出せないかとも考えていたが、当然出入り口は警備が厳しい。

 入らせてもらえない場所や、ジェードには何か良く分からない場所も沢山ある。厩舎や厨房裏の家畜小屋、小さな畑を見つけると、退屈しのぎによくのぞきに行った。ウーノがどうなったのか気になって頻繁に厩舎をのぞいたが、その姿が無いことに落ち込んだ。

 奴隷として生活を始めて三週間も過ぎると、ジェードはようやく異国の皇宮での生活に慣れてきた。

 ハリーファは、夜はもちろん、昼間もまだ一人寝室にこもっていることが多く、起きているのか寝ているのか、ジェードにはわからない。【王の間】の奥の奴隷用の部屋で生活しているジェードは、なるべくハリーファとは顔を合わさないように心がけた。




 早朝、ハリーファは女奴隷(ジェード)が水瓶に水を注ぐ音で目を覚ます。

 その水音が止むと、再び水をくみに【王の間】の扉を開ける音が聞こえる。腹立たしいことに、そのすぐ後に、扉前に立つ兵士が施錠をする鍵の音が鳴った。

 ジェードは一日分の水を確保するために、皇宮内に在る貯水井戸と【王の間】を毎朝三往復している。それが終われば厨房にまわり、ハリーファの朝の食事を持って戻ってくる。

 いつもとほぼ同じ時間をかけ、ジェードが【王の間】に戻ってきた。

 異国の生活に少し慣れてきたようだが、主人であるハリーファに対しては若干反抗的な態度をとる。

「起きて、ハリ。食事を持ってきたわ」

 まず、呼び捨てだ。ハリーファをこんな風に呼ぶのは異国の無能な女奴隷だけだ。決して皇子だの、殿下だの、正式な名前でハリーファのことを呼ぼうとしない。

 ジェードはトレーを持って、【王の間】の応接の奥にある寝室の扉を、ノックもせずに身体で押し開けた。扉が開くとかすかに風が流れ、窓にかけられた白いすかしの布が心地よくゆれる。ハリーファはまだベッドに横たわっていた。

 ハリーファは目を覚ましてはいたが、うつ伏せのままふり返りもしない。左足はずいぶん回復し、杖がなくても歩けるようになった。しかし、右手首の具合はまだ悪い。【王の間】から出られず、日々いらだちがつのる。

「ねぇ、早く体を起こしてよ。食事を置けないわ」

 足つきのトレーの上には、奴隷たちが決して口にすることのない料理や果物が、たくさんの器を使って並べられている。

「いらない、お前が食べればいいだろ」

 ハリーファはふり返りもしないで答えた。配膳をしているジェードはハリーファの食事量を知っている。ここ数日、ハリーファは朝も夕も、あまり食事に手をつけていなかった。

「ずっとまともに食べてないじゃない」

 ジェードの口ぶりは、文句を言いながらもまるで健康を気づかうようだ。だが、ジェード自身もそれに気づくと、そんな自分にも腹を立てたようで、

「じゃあ、庶民がどれほどの飢えを味わっているか、一度知るといいわ」

(この料理に、どれだけ無駄と手間がかかっているのかわかっていないのね)

 持ってきたトレーをベッドに置くことなく、むっときた気持ちをあらわにして寝室を出ていった。

 ジェードが去ったあと、ハリーファはゆっくりと身体を起こした。体重がかかった右手首にまだ鋭い痛みが走る。右手首を押え、顔をしかめた。




 ハリーファの朝食の配膳を終えると、次にジェードは再び井戸端に向かう。

 その時間に井戸に集まるのは、そのわきで洗濯をする家付の女奴隷たちだ。毎日五、六人が身をよせあって、話に花を咲かせながら洗濯をする。彼女たちの年齢は様々だが、全員白人で黒や栗色の髪だ。

 井戸端小屋や、そこで働く家奴隷たちの姿は、ジェードに村の生活を思い起こさせた。

 ジェードは井戸端の家奴隷たちに、はじめからずいぶん助けられた。朝と夕方、一日に二度顔をあわすとこもあって、若い家奴隷たちとは気心が知れ、彼女たちの仕事のかたわらで立ち話に加わったりもした。

 宮廷で唯一頼りできそうなリューシャとは、あれ以来会っていない。家奴隷の話では、ジェード以外の皇族付きの奴隷たちは、井戸まで直接足を運ぶことはないそうだ。

 いつものように洗濯女にハリーファの衣服を渡した。今朝はハリーファの機嫌が悪く、寝具を取りかえることができなかったので数枚の服だけだ。

 洗濯女のなかの一人、ジェードより少し年下くらいの少女、ルカがいつものように話しかけてきた。


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