66.新たな夜明け
戦火の煙がまだ空に残る皇宮。
【王の間】は燃え落ち、その瓦礫が庭に崩れ落ちたままの状態だった。
そして今、皇宮内の一室では、静かに評議会が開かれていた。
長いテーブルを挟み、皇宮の実力者たちが集まっている。
皆、疲れ切っていた。
およそ二百年続いた支配の秩序が崩壊し、新たな国家の形を決める責務が彼らに課されていた。
王なき国に、誰が新たな旗を掲げるのか。
その中央に座るのは、黒髪の女――第一皇女、アーラン・アル・ファールーク。
彼女の前には、第二皇子ハリーファと、その隣に控えるジェード。
そして、壁際に凭れかかっているのは、影のような男――ソル。
誰もが、次の言葉を待っていた。
アーランはゆっくりと視線を上げる。冷たい瞳が、室内を見渡した。
「……宰相シナーンは討たれた」
低く、無機質な声が響く。
室内の誰もが、それを理解していた。
皇宮を支配していたシナーンは、もはや存在しない。
――革命は完遂された。
「これから、この国の未来を決める」
アーランの言葉に、諸侯たちは顔を見合わせた。
この場にいる者たちは皆、次の政権を決定するために集められた者たちだ。
ファールークの未来が、今ここで決まる。
最初に口を開いたのは、軍の指導者だった。
「新たな王を立てねばなりません。ファールークの秩序を取り戻すために」
誰もが予想していた言葉だった。
そして、その視線が向かう先は、ハリーファだ。
「第二皇子ハリーファ殿下こそが、次の王にふさわしい!」
他の者たちも次々に頷く。
「ハリーファ殿下の王位即位を!」
「正統な王族の血筋を継ぐ者こそが、新たな支配者にふさわしい!」
しかし、その言葉に、ハリーファ自身が首を横に振った。
「俺は王にはならない」
室内がざわめく。
「しかし、あなたはファールークの正統な血を引く王族……」
議員たちはざわめいた。
「俺は、革命を起こしたわけじゃない」
ハリーファは静かに言った。
「俺は、自由になりたいんだ」
ハリーファが囚われの皇子だったことを知る者たちは、何も言えず口を閉ざす。
室内は静まり返った。
「では、誰がこの国を導く?」
「第一皇女アーラン様こそ、ふさわしいのでは?」
誰かが呟いた瞬間、空気が変わった。
確かに、革命後の宮廷を実質的に掌握しているのはアーランだ。
彼女は皇宮を統率し、シナーン派閥だった諸侯や兵士たちをも従えている。
しかも、革命の真の指導者、ラシードの正妻である。
「アーラン様が王におなりください!」
諸侯たちは次々に彼女の名を口にした。
評議の間に響いたアーランの落ち着いた声。
「この国をどうするか、今ここで決めねばならない」
諸侯たちは顔を見合わせる。
「しかし、新たな王を――」
「王はいらねぇ」
壁際に凭れかかったソルが、低く言い放った。
「オレたちが戦ったのは、新しい王を立てるためじゃねぇ。王政そのものを潰すためだ」
評議会の者たちが顔を見合わせる。
「……だが、統治者がいなければ国は崩壊する」
「では、ラシード様はどうですか」
「ラシードは、既に死んでいる」
その言葉が広間に響いた瞬間、場が静まり返った。
「……何? 既にとは、どういうことだ」
「ラシード殿が……?」
誰もが、驚愕に目を見開いた。
革命を導いたはずの男は、既にこの世にいなかった。
「ならば……」
誰かが呟く。
「やはり、アーラン様こそが、ラシードの志を継ぐ者ではないか?」
静かに広間の視線が集まる。
黒髪の皇女は、まるで彫像のように微動だにしなかった。
「あなたは、ラシード様から帝王学を学ばれていた」
「やはり、あなたこそが、新たな王としてこの国を導くべきだ」
アーランがゆっくりと席を立ち、諸侯たちを見渡す。
「王座は焼け落ちた。ファールークという名も、過去のもの」
アーランの声が響く。
「しかし、秩序なき混乱は許さない。私は王ではなく、統治者として、この国を導く」
静寂の中、彼女は言葉を続けた。
「この国は、新たな名で生まれ変わる」
一人の老臣が、重い声で口を開いた。
「ならば、新国家の名を……決めねばなりませんな」
長い沈黙が訪れたが、反論する者は居なかった。
「これからの我らの国の名は――」
アーランは、迷いなく言葉を紡いだ。
「ラシーディア」
重々しく、新しい国の名が刻まれる。
「……ラシーディア……?」
誰かが反芻するように呟いた。
「導く者の国、という意味か」
ソルが薄く笑い、片目を細める。
「ファールークの呪縛は終わった。これからは、誰の天命でもなく、自らの意志で道を切り開く時代だ」
アーランは静かに頷いた。
「我らの国は、ラシーディアとして新たに始まる」
諸侯たちは一瞬の沈黙の後、次々に頷き、膝をつく。
「……ラシーディアに栄光あれ!」
燃え落ちた皇宮に、新たな国の名が響き渡った。




