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天国の扉  作者: 藤井 紫
第五章 呪われた兄弟
158/193

62-2

 ヴァロニアに新年の訪れを告げる風は、冬の嵐を呼び起こした。

 戦場に吹く風は冷たく、吹き抜けるたびに血と鉄の匂いが混じった。

 誰が決めたのか知らないが、冬に戦争はしない――それがこの地の慣例だった。

 だが、ヴィンセントには そんなものは関係ない 。


 ランス東部・ガイアール領。

 そこは反王太子派――シーランド陣営が支配する要衝だった。

 だが、王太子軍は夜明け前に雪を踏みしめながら進軍し、敵城の目前まで迫っていた。

 警鐘が鳴り響き、城壁の上で兵士たちが騒ぎ始める。

 角笛の音が響いた瞬間、戦いは始まった。

「敵襲!」

「王太子軍が城門を狙っています!」

 戦場に張り詰めた緊張の中、王太子軍の本陣では、短く角笛が鳴った。

 ホープは自分の鼓動が速くなるのを感じながら、ヴィンセントに目を向けた。

 ヴィンセントは いつものように冷静だった。

 地図を広げ、敵城への侵攻経路を確認している。

「やはり、迎え撃つつもりか……」

 ギリアンはその言葉に目を細めた。

「ヴィンセント、どうする?」

 ヴィンセントは地図から目を離さず、淡々と答えた。

「君が決めろ。私たちは君に従う」

 ギリアンは短く息を吐き、決然と宣言した。

「城門を破る」

 ホープは驚いてギリアンを見た。

 王太子の表情には 迷いがなかった 。

「撤退ではなく?」

「ここで引けば戦いは長引くだけだ。それならば、この場で決着をつける」

 ホープは無意識に唾を飲み込んだ。

(……王太子様は変わった)

 かつて臆病と揶揄された王太子が、今、自ら前に進もうとしている。

 その姿に、ホープは勇気をもらった。

「ならば、突撃準備だ!」

 ヴィンセントの声が響き、指揮官たちが兵を集める。

「ホープ、お前も行くか?」

 ヴィンセントが問うと、ホープは深く頷いた。

「……行きます!」


 ガイアール城の戦い。

 突撃の合図が鳴ると、王太子軍の歩兵たちは盾を構えながら前進した。

 城壁の上からは矢が降り注ぎ、盾に当たって鈍い音を立てる。

「第一部隊、城門へ!」

「弓兵、援護射撃!」

 城門の前で攻城兵器が動き始め、丸太を打ちつける音が響く。

 ホープは前線に立ちながら、視線を王太子ギリアンに向けた。ギリアンもまた、剣を抜き、兵たちを鼓舞していた。

「負けるな!  城門を突破するぞ!」

 ホープは力強く剣を握りしめた。戦場は恐怖に満ちているが、それでも前に進むしかなかった。

 しかし、その時だった。


シュッ――!


 ホープの背筋が凍る音がした。

 彼の視線の先、城壁の上から狙いを定めた弓兵が――王太子ギリアンを狙っていた。

「殿下――!」

 ホープは考えるより先にギリアンへと駆け寄り、矢が放たれるのと同時にギリアンを突き飛ばした。

 次の瞬間、衝撃がホープの左肩を貫いた。

 視界が白く瞬き、鋭い痛みが全身を駆け巡る。

「……ホープ!!」

 ギリアンの声が遠くに聞こえた。

 ホープは膝をつき、痛みに耐えながら肩に突き刺さった矢を見た。

(……よかった……王太子様は無事だ)

 意識が遠のきそうになる中、誰かが駆け寄ってくるのが見えた。

ヴィンセントだった。

「ホープ!」

 ヴィンセントはホープの肩を押さえつけ、矢を折った。

「まだ動けるか?」

「……戦えます……!」

 ホープは痛みに耐えながら、再び剣を握った。

 城壁の上の敵兵が、恐れと困惑に満ちた声で叫ぶ。

「……王太子は魔女を味方につけたのか?」

「聖女じゃなかったのか……?」

 ヴィンセントは矢を払うように剣を振り上げた。

「どちらでもいいさ――この戦場で、お前たちが屈する相手は『王太子軍』だ」

 悪魔の軍勢が闇の中を進む。

 王太子軍がさらに前進し、ついに城門が大きく軋んだ。

 ホープは息を整えながら立ち上がり、再び戦場へと身を投じた。




 日が昇る頃には、王太子軍はガイアール城を陥落させた。

 ヴィンセントの指揮、ギリアンの決意、そしてホープの献身が勝利を呼び込んだ。

 左肩に傷を負ったホープは、療養しながらも誕生日を迎えていた。

 その夜、王太子軍の幕営の外で、ギリアンがホープのもとを訪れた。

「……あの時、君が僕を庇ったこと、忘れない」

 ギリアンは短くそう言うと、何かを差し出した。

 ホープが受け取ると、それは精巧な細工が施された短剣だった。

「これは……?」

「僕からの贈り物だ。君が欲しいものは、こんなものではないのは知っているけれど。もう少しだけ、一緒に戦ってくれるかい?」

 ホープは驚きながらも、それを受け取った。

「……はい、喜んで」

 その刃が、ホープ自身の未来の誓いを刻むものとなると、この時はまだ知らなかった。

 この日、ホープは血と鉄の匂いの中で、自らの生きる道を選んだ。それは、ホープの十六歳の誕生日の記憶として深く刻まれることになった。



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