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天国の扉  作者: 藤井 紫
第五章 呪われた兄弟
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62.十六歳の誕生日

 誕生日の夜、皇宮では新年の宴がまだ続いていた。

 特に今年はシナーンが宰相に就任したことで、いつも以上に騒がしかった。

 年末から何かと呼び立てられ、とくに夜は忙しく、ジェードの心も落ち着く暇がなかった。


 今日は十六回目の誕生日――

 けれど、【王の間】に軟禁されているハリーファと顔を合わせることはなかった。

 ジェードの部屋は、シナーンの私室の近くに配されている。

 昼になってようやく自室へ戻ると、室内にわずかな気配を感じた。

 影が揺れたかと思うと、突如として誰かが飛び出し、ジェードを捕らえた。

 悲鳴を上げる間もなく、唇の上に強い手が押し当てられる。

「しっ! 声を出すな」

 心臓が激しく打つ。

 口をふさいでいる男の肌は黒かった。

 ジェードが落ち着きを取り戻したのを見計らい、男は手を緩める。

「……ソル! 驚いたじゃない。……どうしたの? その眼帯……」

 ソルはジェードの問いには答えず、懐から一本の鍵を取り出した。

 そして無造作に差し出す。

「これを渡しにきた」

 ジェードは鍵を見て、息をのんだ。

「……これは、【王の間】の鍵?」

 まさか――ソルがハリーファからの贈り物を届けに来たのだろうか。

 一瞬、期待が胸をよぎる。

「これ、ハリからなの?」

「いや、オレからのプレゼントだ」

 ジェードは肩の力が抜けるのを感じた。ソルが自分の誕生日を知っているはずもない。

「絶対に見つからねぇように、いつも身に着けとけ。ハリーファに会いに行くのは勝手だが、見つかった時のことも考えろよ。今後、お前にしかできねぇことがあるはずだ」

「……そうね、わかったわ」

 ソルはジェードの手を取り、鍵を握らせる。

「あ、ありがとう」

 ジェードが小さく微笑むと、ソルは目を細める。

「あなたはハリに会ってるの?」

「部外者が口出しすんな。お前は、宰相様(シナーン)と仲良くしてな」

 部外者――その言葉に、胸がちくりと痛んだ。

「ねぇ、ソル、あなたに頼みたいことがあるんだけど」

「……手紙か?」

 ソルはため息混じりに言い当てる。

「ヴァロニアに、わたしの弟に、届けてもらえないかしら」

「代償は? 言っておくけど、オレは無料(ただ)では働かないぜ」

「代償……、わたしは何も持っていないんだけど……。もし何かわたしで協力できることがあればするわ。それじゃダメかしら?」

「そうだな……」

 ソルは少し考え込み、口の端をゆがめた。

「じゃ、一回でいい。オレの頼みを聞いてくれるか?」

「……わたしに出来る事なら」

「よし、交渉成立だ。あんたが出来ないようなことは頼まねぇよ」

 ジェードはぱっと笑顔になった。

「ハリーファ皇子を殺せとか、そんなことは言わねぇから安心しな」

 ソルはそう言って立ち上がると、気配を消すように部屋を出て行った。

 【王の間】の合鍵は、聖十字のペンダントと一緒に鎖に通しておこう。

 ジェードは首の後ろに両手を回す。

 その時、ふと左肩に違和感を感じた。服が濡れている?

 ハリーファやアーランに仕えていた時とは違う、宰相の女奴隷に相応しい、刺繍の入った上質な服だ。赤い花の刺繍が施されていたので気付かなったが、右手で左肩の後ろに手を伸ばすと手のひらに血糊が着いた。

(血……? ソルが怪我でもしていたのかしら……?)

 血が付いた服を着替えると、部屋の隙間からアサドがひょいっと入ってきた。

 毛並みは夜よりも黒く、どこか誇らしげに見える。

「アサド、どこに行ってたの? 首に何か絡まってるわ」

 薄い青色の絹だった。誰かが意図的に巻きつけたのだろう。小動物の首に巻くなんて、質の悪い悪戯ではないかと、すぐに外してやった。

 その時、チャリンと小気味よい音が鳴り、小さな何かが床の上をころころと転がっていく。

 ジェードが追いかけて拾い上げると、指輪だった。

 大きさからして女性の指に合わせて作られたものだ。

 ヴァロニア語でもファールーク語でもない、絵文字のようなものがうっすらと刻まれていた。

『得たもの全部』

 何故か、そう書かれているような気がした。

 おかしな内容だと思いながら、指輪など身近に見たこともなかったので、興味から指にはめてみる。すると、誂えたかのようにジェードの薬指にぴったりだった。

 アサドの毛には、小さな草の種がくっついていた。

「あなた、どこに行ってたの?」

 ジェードは種を指で摘みながら、ふと思い出す。

 この種子は、皇宮の裏手の、手入れの行き届かない場所に生えていた草。

 【王の間】の周りにも、同じものがあった。

「……まさか……」

(ハリ……?)

 毛についている種子を取ってやると、アサドは自分でも毛繕いを始めた。

 アサドを抱きかかえ頬擦りし、匂いを確かめる。

 この猫(アサド)はハリーファが買ってくれた最高の贈り物だ。

 ジェードはあの市場の日のキスのことを思い出し、ますます黒猫に顔をうずめた。触れた場所が熱を持ったように、今も記憶が蘇る。

(シナーンの女奴隷は、全然安全なんかじゃないわ)

 独りため息をもらす。

 指輪を外し、黒くなった聖十字のペンダントと、ソルから渡された【王の間】の鍵と一緒にチェーンに通した。

 それを胸元に収めると、アサドの黒い毛に顔をうずめた。

 黒猫は、満足そうに喉を鳴らしていた。




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