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天国の扉  作者: 藤井 紫
第五章 呪われた兄弟
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60.王と名もなき者の眠る墓

 シュケムの西、王の墓場に着いたのは真夜中だった。

 ソルは馬を降り、前方の景色を見渡した。

 そこには古びた墓碑が並び、その中心には 『ファールークの息子ユースフ』 と刻まれた石碑がひときわ大きくそびえ立っていた。

  砂と風に削られ、文字はかすれている。だが、それでもかつての王の名は、静寂の中でなお威厳を放っていた。

 ラシードや宰相一族の始祖、その兄であり、ファールークの建国の王の墓だ。

 しかし――今や砂に埋もれ、忘れ去られた存在だった。

 だが、その隣に、不自然なほど小さな墓碑が並んでいる。まるで誰かが隠すように建てたかのように。

 『忘れられた者』

 不吉な言葉が刻まれたその墓標に、ソルは思わず眉をひそめた。

(……ここには二人、埋葬されているのか?)

 ソルはユースフの墓を探しに来ただけだった。

 だが、名も知れぬ者とかつては偉大な王が並んで眠ることに違和感を覚える。

 そんなことが、ありえるのか? もしかしたら、ハリーファは何か知っているかもしれない。

(さすがに、墓荒らしなんてしたくねぇんだけどな)

 だが、今はそれよりも、『鍵』が必要だった。ルブナンの言う『鍵』は、ユースフの遺品の中にあるはず。

 彼は息を吐き、静かに瞑目すると、躊躇いを振り払うように墓の入口を押した。

 古びた扉は重く、軋むような音を立てながら開いた。

 中に踏み込むと、冷たい空気が肌を刺した。石造りの地下室には、燭台もなく、暗闇が広がっている。

 月明かりが頭上から降り注ぎ、影が不気味に揺らめく。青白い光が内部の装飾品の輪郭を浮かび上がらせた。

 ソルは手探りで進み、ユースフの棺の側に置かれた金属細工の装飾品を確認する。

 その中に、目当てのものがあった。

 ――細やかな細工が施された腕輪。これの他に腕輪らしきものははない。

(……これは?)

 手に取った瞬間、妙な感覚が走る。

 この腕輪の持ち主はこの墓に眠る王ではない。これが【エブラの民】の『鍵』であることは間違いないと、直感で理解できた。

 ソルはその腕輪をなくさないように、自分の右腕に通した。

 さらに、棺の側にはいくつかの遺品が並べられていた。

 金属製の指輪、花の装飾の施された鋼の櫛など、ソルの目にはどれも価値のなさそうな品々だった。金や宝石のような価値のありそうな物は、墓の中には何もなかった。

(……念の為、全部持って帰るか)

 ソルはそれらを袋に詰めると、静かに墓を後にした。

 外に出ると、ふと背後に何かの気配を感じる。

 しかし、振り返ってもそこには何もなかった。

(……気のせいか)

 ソルは気にせず、馬に飛び乗ると、そのまま皇宮へと向かった。




*   *   *   *   *




 ジェードはシナーンの私室へと呼び出された。

 まだシナーンの女奴隷となってから日も浅いが、彼の意図は読めないままだった。

(今度は何を聞かれるの……?)

 そう思いながら部屋に入ると、シナーンは机に向かい書類をめくっていた。

 しかし、彼はジェードの足音に気づくと、すぐに顔を上げた。

「ジェード、お前、本当にただの羊飼いか?」

 唐突な問いに、ジェードは戸惑った。

 以前、疲弊するほどに、ジェードの素性や郷里の事を問われたと言うのに。

「本当は、ヴァロニアの貴族ではないのか?」

「いいえ……私はアレー村の羊飼いよ。ヘーンブルグ領の貴族は領主様だけよ」

 シナーンは椅子に深くもたれかかりながら、静かに息をついた。

「ギリアン・フォン・ヴァロアが、お前を『客人』として饗すよう言ったのだ」

「……それは、本当に王太子様だったの?」

 ジェードが疑うので、シナーンは、言葉に少し怒りをにじませた。

「何を疑うのだ。お前は知らないかもしれないが、私はこの国(ファールーク)の宰相なのだぞ」

 シナーンは聖地に行き、ハリーファが抜け出したあの時、本当に王太子と会っていたのかもしれない。時期を考えると、おそらく間違いないだろう。

 しかし、ジェードは驚いた。ヴァロニアの王太子が、会った事もない自分のことを口にするなんて。

 それは遠く手の届かない高貴な存在が、自分を認識しているということだった。

「……王太子様が、私のことを饗すようにと?」

 ジェードはシナーンの言うことを不審に思いながら答えた。

「それに、王太子はこうも言っていたぞ。お前は『大切な友人の双子の姉』だと」

 シナーンは頷きながら、机に指をトントンと打ちつける。

「つまり、お前の双子の弟……ホープだったな。ヴァロニア王太子の『大切な友』だということになる」

 シナーンはジェードの表情をじっと見つめ、彼女が何を考えているのかを測るように言った。

「ホープが、王太子様の友……? そんなこと、ありえないわ」

 ジェードにはまったく理解できなかった。

 ホープもヴァロニアでは平民で、アレー村の教会で働いている。特別な身分でもない。

 それなのに、なぜ王太子が『大切な友』と呼ぶのか?

 まさか――ホープが、自分を助けるために動いてくれているのでは?

 思いも寄らない疑念が、ジェードの心に浮かぶ。

 父と母が自分を逃がしたという事は、ジェードを追う者がいたはずだ。

「……なにかの罠じゃない? 本当に、本物の王太子様だった?」

 ヴァロニア王太子が、ただの羊飼いだった自分など知るはずがない。

「わたしの家族は全員平民だし、ヘーンブルグに貴族なんて領主様しかいないし……」

 ジェード言葉を止めた。姉のルースは、領主の館で女中をしていたではないか。

 そして、領主の子どもを身籠っていた可能性がある。その事実を知っていたのはジェードだけだ。その事が関係しているのだろうか?

 それとも、本当にホープが自分のために何かしたのだろうか。

 ジェードの沈黙が、シナーンの苛立ちをかきたてたようだった。

「確かにギリアンは自分の身元を証明するものを持ち合わせていなかった。だが、お前と同じような、ウェーブの黒髪に、白い絹肌の男だったぞ」

 ジェードはさらに困惑した。

 王太子様が黒髪――?

 ルースの話では、ヘーンブルグ領の外には、金髪の人しか居ないと言っていた。なのに、王都ランス領に暮らす王太子が黒髪?

 ハリーファからは、かつてのヴァロニアの王太子が、黒髪だったと聞かされたが、信じてはいなかった。うろ覚えだが、百年以上まえの話ではなかったか。

 たしか、ヴォード・フォン・ヴァロアの話だ。聖地での戦争に敗れた後、ヴァロニアに戻る途中、皮膚が黒くなってゆく死病にかかり、ヘーンブルグ領で亡くなったと言う伝説の英雄だ。

「お前はヴァロニア人だろう? ならば、王太子を知っていて当然だろう」

「……王太子様に会ったことがないのに、わからないわ」

 ジェードは首を横に振った。

 シナーンは静かに目を細めてジェードを睨む。

 そのときだった。

「ニャアアアアア!」


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