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天国の扉  作者: 藤井 紫
第四章 天使の子 悪魔の子
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48.弔い

 第四夫人の葬儀から百日目を迎え、晦日みそか礼拝が礼拝堂で執り行われた。

 ここ七日間ほど、曇天が続いているため、朝の礼拝堂はいつも以上に冷えている。

 礼拝堂に集まってきた晦日礼拝の列席者は、人数合わせをした葬儀初日より少し多い程度だった。

 ハリーファが礼拝堂に着くと、先にいた列席者たちの心の声が聞こえてきた。それは、初日と同じように、いまだにハリーファが何者かわからずに噂する宮廷奴隷たちの声だ。

(あれが第二皇子か)

白人奴隷(マムルーク)ではなかったのね)

(あれで本当に皇族の血を引いてるのか?)

 心の声だけでなく、実際にひそひそと話す声もハリーファの耳に届く。

 一番前の上席に父親の姿を見つけ、ハリーファは避けるように、一番後ろの列に腰をおろした。

(あれは、第四夫人(アイシャ)様のところに通っていた黒人奴隷だわ――)

(アーラン様も来られるのか?)

 陰口の標的が別の人物に変わった。その人物を確認しようと、ハリーファは入口に目を向けた。

 そこには葬儀に合わせて体裁を整えたソルの姿があった。葬儀用の礼装姿で悠然と歩み、ハリーファとは反対側の葬列に並んだ。

 しかし、ソルは一人だけで、ラシードの姿はない。アーランも礼拝堂には来ていなかった。


 百日目の晦日礼拝が始まり、宗教家(イマム)が葬送の(ことば)を述べる。

 その間も、参列者たちの心の声がハリーファの耳には聞こえてきた。夫人との別れの悲しみにくれる者もいれば、アーランや第一夫人のことを噂する者と様々だった。

 それらの(ざわ)めきに耐えられず、ハリーファはうつむき目を閉じた。

 そんな中でも、ソルの心からは何も聞こえてこない。一時だったとは言え、ソルにとって、皇宮(ここ)に何度も足を運んでは所縁(ゆかり)を持った第四夫人(アイシャ)の葬儀だ。何か想うことはないのだろうか。

 ハリーファは目を開けてソルの方をそっと見やった。

 ソルはただまっすぐに、葬送の詞を述べる宗教家(イマム)を見ていた。

 その横顔に、目が離せなくなった。

 いつも表情豊かなソルの顔から、まるで海風が()いだように感情が消えていた。

 その表情は、サライにも、アルフェラツにも面影があった。

 ハリーファの心臓がドクンと強く打つ。

 (とぶら)う者の顔だった。

 【天国の扉】を開けて仲間を送る儀式を行う【エブラの民】の、あの美しい景色がハリーファの脳裏に浮かぶ。祈りの詞も、人々の心のさざめきも聞こえなくなり、ハリーファだけは無音の幻想に包まれた。

 まるで神聖なものを見るように、ハリーファは祈りの間中、ずっと黒人少年の横顔を見つめ続けた。


 祈りが終わると、上席にいたジャファルが立ち上がる。列席者は静かに頭を垂れ、通路をあけた。ジャファルは葬列の真ん中を通って、礼拝堂を出て行った。

 そのジャファルの動きを、黒人少年はずっと目で追っていた。それまで無感情だったソルの顔は、また風が吹き始めたように表情を取り戻している。

 ソルは目を大きく見開き、何か不思議なものでも見たかのように、瞬きもせずジャファルの姿を見つめていた。

 宰相の退出後、葬儀に列席した者たちは、奥から順に、続々と礼拝堂を退室する。衣擦(きぬず)れと足音で、礼拝堂は静寂を失った。

 そんな中、ソルが退出するところに、ハリーファはさりげなく隣に並んだ。そして、肩を並べるソルに聞こえるように、小声で(ささや)いた。

「今日、メンフィスにアーランを連れて帰るのか?」

 アーランは今日の晦日礼拝に列席していなかった。

「いや。まだ安静が必要で、しばらく部屋からも出れねぇみたいなんだ」

「そうか」

 二人は小さな声で話続ける。

「あんたの父親、初めて見た」

「どうせ俺と全く似てないとでも言いたいんだろう」

「いや……違うんだ。ラシードに似ててさ、……すげぇ驚いた」

 それでさっきはあの表情だったのか、と胸に落ちる。ソルの言うように、ファールークの一族は、皆アーディンやユースフの面影があるのだ。

 しかし、今ここにラシードはいない。やはりラシードが皇宮に来ることは叶わなかったのだろう。

 ハリーファは、後で【王の間】に来るようにソルに視線を送る。

 ソルがうなずいたのを確認し、二人はホールで別れ、それぞれ違う出口から本宮を後にした。





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