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天国の扉  作者: 藤井 紫
第四章 天使の子 悪魔の子
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47.黒い異心(二)

 ハリーファが【王の間】に戻ると、ソルが待ちわびていた。

「おかえり、ハリーファ皇子」

 ソルはゆっくりと長椅子から立ち上がる。サライに似た顔で出迎えられ、ハリーファは言葉に詰まった。

「随分遅かったな。皇女さんと積もる話でもあったのか?」

 テーブルの上には、ジェードの短剣が置かれたままだった。

「約束通り、短剣をここまで持ってきたんだ。残りの報酬をもらわねぇとな」

 ソルの満足そうな笑みを受けて、ハリーファは寝室から薬筒を持ち出した。それをテーブルに立てて、自分も椅子に座る。

 伸ばされた黒い手が、薬筒を取った。重さを確認したあと、ふたを外して中を確認する。納得した様子のソルは、薬筒を懐にしまうと、ハリーファの向かいの長椅子に再び腰をかけた。

 すぐに帰るつもりではなさそうなソルに、ハリーファは語りかけた。

「もう来れないかと思っていたんだが、アーランを上手く利用したな」

「オレは報酬はきっちり頂戴するからな」

「アーランの母の病死の件、俺もだが、お前も疑われているぞ」

「ふん、バカ言ってろ」

 ソルは眉をしかめた。

「オレが命を伸ばしてやってたくらいだってのに」

 ソルの表情に不満は表れているが、いつも通り心の声は聞こえない。

 アーランからハリーファの異能を聞かされたソルは、初めてハリーファに会った時からずっと、今でも心の内を隠し続けているのだろう。もう、ハリーファには他の理由を考えられなかった。

『今後、()()()の邪魔をしないで』

 アーランの言った言葉を思い出し、ハリーファも眉間にシワが寄る。アーランとソル、おそらくラシードも、ハリーファに心の内を知られないように隠しているのだろう。

「それより、アーランの妊娠は、事実なのか? まだ十三歳だぞ」

 アーランの懐妊は、短剣を持ち込むための偽りではないのかとハリーファは疑っていた。

「モリス信仰では女は十で成人なんだろ。何か問題あるか?」

「国の法では、成人は十四だ」

「そんなこと、法でどうにか出来るもんじゃねぇだろ。それに、嘘なんかじゃねぇよ。皇女さんが今日まで葬儀と葬儀礼拝に来られなかったのは、悪阻で調子が悪かったからだ。もし嘘で皇女さんを利用するだけなら、もっと早くに来られたんだ。葬儀礼拝の名目があれば、毎日でも皇宮(ここ)へ来る理由になったんだからな」

 三カ月もの間、皇宮に来れなかった理由(わけ)を、ソルは口惜しそうにこぼした。

 確かにソルの言う通りだった。

「それなら、晦日(みそか)礼拝までは毎日でも来れるということか」

「いや、皇女さんはここに残る。オレが次に来るのは、晦日礼拝のある七日後だ」

 もやもやするハリーファの気持ちなど知らず、ソルは話出した。

「今日は追加で報酬をもらわねぇとな。前に頼まれてた【エブラの民】の居場所、わかったぜ」

 その言葉に、ハリーファは目を見開いた。座ったままソルの方に身を乗り出して、声を高めた。

「本当か! 【エブラの民】は何処にいるんだ? まだ生き残っていたのか?」

「……あ、ああ」

 食い気味のハリーファの姿に、ソルの方が驚いて身を引いた。

「アルザグエの、ルブナンって言う部族カビーラが、真当な【エブラの民】の生き残りだ」

「まだ、生きているのか? お前は彼らに会ったのか?!」

 ハリーファはソルの話に食い入った。しかし、ソルの方は少し残念そうに口をすぼめた。

「いや、オレが会ったわけじゃない。国境で集めた情報だ」

「……そうか」

 ハリーファは、気持ちを落ち着けるために深く呼吸をした。

「ルブナンらは、土地を巡って何十年も争ってる他の部族と違って、海沿いに壁を建ててその中に定住してるらしい。外にはめったに出てこねぇらしいけど、たまに出てきたのを見た話だと、ルブナンたちは全員白い髪に白い服、それと瞳は菫色らしい。【エブラの民】で間違いないだろ?」

 ハリーファは急に立ち上がった。【エブラの民】の場所がわかったら、ハリーファは居ても立っても居られなかった。

「お前は【エブラの民】の住む場所まで行けないか?」

「オレは南には入れない」

「そうか。お前の代わりに誰か(アルザグエ)に行ける……」

 大名士ラシードならソルの他にも奴隷がいるはずだ。南に入れる仲介人(シムサール)もいるだろう。ラシードが何かを企んでいるというなら、交渉次第でハリーファに力を貸してくれるのではないだろうか。

「ラシード……」

 ハリーファのつぶやく声を聞いて、ソルの眉がぴくりと動いた。

「今日、ラシードは来ていないのか?」

 その言葉に、ソルの表情が固まった。

「……来てねぇよ」

 聖書を持ってきた時にも、少し落ち着かない様子だったこともあったが、心の中が伝わってこなくとも、ソルの動揺が見てとれる。

「ラシードは、晦日礼拝には来るか?」

「どうだろうな」

 めずらしくソルの言葉が揺れた。

「葬儀礼拝はあと六日ある。それに、妻の母親の葬儀だ、晦日(みそか)礼拝に出る義理もあるはずだ。残り七日のうちに、ラシードを【王の間】(ここ)に連れて来い」

 ハリーファの依頼を聞いて、ソルは視線を床に落とした。

「それは……約束できねぇな」

 ハリーファはソルの横顔を見つめる。苦しそうな表情で、黒人少年が奥歯をかむ音が聞こえるようだった。

「ソル、ラシードが皇宮(ここ)に来た記録は、俺の生まれた日が最後だ。それ以降、十三年間一度も皇宮(ここ)へ来ていない。(おおやけ)にはされていないが、ラシードが来た日、ここで七歳の子どもが何者かに殺されている。その犯人は見つかっていない。

 俺はアーランがラシードに嫁がされたのは何かおかしいとずっと思っていた。ラシードの事を調べて気付いたが、アーランはラシードの監視役なんだろう。さっきのアーランの様子だと、宰相の思うようにはなってないみたいだがな」

 別にハリーファはラシードの過去の所業を責めるつもりも、今何をしようとしているのかなども興味はない。自分の悲願である【エブラの民】を呪いから救うと言う目的を達成したいだけだ。

「ラシードが何を企ててるのかは知らないが、おそらく俺はラシードの役に立つと思うぞ」

 ハリーファにたたみかけられて、ソルはしばらく黙っていた。

 やがて、深く長く息をはくと、ぐっと顔を上げた。声を低めてゆっくりと口を開く。

「脅しかよ、ハリーファ皇子……」

 真っ直ぐにハリーファを見据える瞳は、やはり菫色に見える。【エブラの民】の瞳の色だ。

「オレは、家奴隷たちの噂どおり、最初はあんたのことを、てっきり可哀相な第二皇子なんだと思ってたよ。皇宮から出ることも許されねぇで、こそこそとオレを使いっ走りにするくらいだ。ロクな奴隷も持ってないってことだ。

 あんたのことは、ただの金づる程度にしか思ってなかったけど、それは間違いだったな。

 ラシードはオレの主人(サイード)だ。ラシードがあんたと会うかどうか、オレが決められることじゃないが、……交渉はしてみる」

 ソルはまだ煮え切らない態度だったが、ハリーファはうなずいた。

 そしてハリーファは、壁際の棚の上の箱の中から何かを取り出してくると、ソルに差し出した。

「これを、ヴァロニアに届けて欲しい」

 以前ジェードが家族に宛てて書いた手紙を、ソルに手渡した。巻いて折りたたんだ紙に、紐がかけられているが、封印(シール)はされていない。

「……ヴァロニア?」

 そう聞いて、ソルはハリーファに不審な目を向けた。

「一番南のヘーンブルグ領だ」

「オレが行けるのは国境までだ。そこから先は保障できねぇぜ」

「だが、お前に頼めば何でも手に入るんだろ」

 ハリーファは真顔で言う。

 ソルはハリーファから手紙を受け取ると、少し眺めてから服の中にしまいこんだ。

「あんたの女奴隷(ジャーリア)さ、ヴァロニア人らしいな。……あんた、本当は何者だ。ヴァロニアの密偵なのか? それとも人質か? あんたこそ、独りで何を企んでる? 次来た時には話してもらうからな、【王】(ハリーファ)殿下」

 ソルはそう言い残すと、【王の間】を出ていった。




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