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天国の扉  作者: 藤井 紫
第四章 天使の子 悪魔の子
122/193

46-2

 ジェードが洗い終わった洗濯物を抱えて【王の間】に戻ると、応接室には黒い人物だけが立っていた。

 またジャファルかとジェードは身構えた。

(……誰?)

 黒人少年は、扉の開く音を聞いて入り口の方を振り返る。ジェードと目が合うと、片方の口角をあげた。

「ハリーファ皇子に、ここで待つように言われたんでね」

「……」

 黒人少年の存在に、ジェードの胸の鼓動が強くなった。

 少年の顔はやはりアルフェラツに似ている気がして、不安な気持ちが顔に出そうになる。ジャファルの方がまだましだった。

 奥のハリーファの寝室の扉は大きく開いており、そこにハリーファの姿はない。一体どこへ行ってしまったのだろうか。

「あぁ、ハリーファ皇子なら、すぐに戻ってくると思うぜ」

 黒い客人は、ジェードを見もせずに言うと、長椅子に腰かけた。

 少年は、先日ぶつかった時と比べ、今日は上品な黒い長衣を着ていた。頭にもきちんと布が巻かれている。肌の露出が多くないことにジェードは少しほっとした。

 ジェードは少年の前を通りハリーファの寝室に入っていった。持ってきた新しい布をいつものようにベッド敷いて整える。そして寝室から出るとき、さっきまで開け放たれていた寝室の扉をそっと閉めておいた。

「ハリーファ皇子の奴隷は、あんただけ? 他にはいねぇのか?」

 寝室から出てきたジェードに向かって、少年が話しかけてきた。

「しゃべれねぇのか? それともしゃべらねぇように命令されてるのか?」

「……命令なんてされてないわ」

「ふぅん」

 顎に手をやりながら、少年はジェードを見つめてきた。ジェードはこめかみに落ちてきた髪を耳にかけた。

「あの……、この前のことだけど……」

 ジェードの言葉に、少年は不思議そうな色を浮かべた。

「この前?」

「聖典を持ってきてくれた日のことよ……」

「あぁ、そうか、前にも会ってたか」

「驚いちゃって……。助けてくれたのに、ごめんなさい……」

 あの時、少年の手を取ることを拒んだことを詫びた。ジェード自身、ハリーファが言うように、黒人を侮蔑しているのか自分でもよくわからない。

「わたし、黒い肌の人を見慣れていなくて……」

 ジェードの様子を見て、少年はハッと笑った。

「そっか。あんたも、ハリーファ皇子とは違う意味で世間知らずなんだな。今まで、黒人(ザンジュ)を見たことないのか?」

 世間知らずと言われ、ジェードは自分の中の黒い肌に対しての抵抗感に、罪悪を感じた。

「あんたさ、元は家奴隷だったのか? 大方、皇子様(ハリーファ)お気に入りで、宮廷(ここ)から外に出れねぇ箱入りなんだろ?」

 少年の言う通り、王宮に暮らす家奴隷は、外出しない限り、白人の奴隷達と小麦色の肌の皇族しか見ることがない。そして、女の家奴隷たちが外出する機会はほとんどない。ジェードの素性を知らない者がそう思うのも無理はない。

「櫛やら何やら贈ってもらえるくらい、皇子様に気に入られてるんなら、皇宮から出してもらえなくてもしょうがねぇな」

 ジェードは小さく頭を横にふった。

「そうじゃないわ。わたしはヴァロニアから来たから、ここでは知らないことばかりなの」

「……ヴァロニア!?」

 ヴァロニアと聞いて、突然少年は声を高めた。ジェードを見る少年の目が大きく見開いた。

 ジェードはその声に驚いて、思わず一歩後ずさった。

「……東大陸(フロリス)人の女奴隷?」

 少年はまるで独り言のように、ジェードに対して口を切った。

「そうか、あんた……ヴァロニア人だから皇子付きの奴隷になれたんだな。いや、でも、いつ、どうやってファールークに?」

 どうやってと聞かれても、村を追い出されたことを言いたくない。ジェードは口を閉ざした。

 少年は立ち上がると、黙っているジェードをじっと見すえる。ジェードのそばに来て声を少し低くした。

「二年前のハリーファ皇子の誘拐事件に、あんたも関わっているのか?」

「……誘、拐?」

 すぐには意味がわからなかったが、ジェードがハリーファと聖地で出会った時のことだと気がついた。思わず、はっと顔に出てしまう。

 ジェードの反応を見て、少年の眉がピクリと動いた。

「誘拐じゃないんだったら、逃亡か? ハリーファ皇子と落ち合う約束をしてたのか? それとも、あんたの手引きで、ハリーファ皇子はヴァロニアへ逃げようとしていたのか?」

「ち、違うわ……」

 ハリーファは、【エブラの民】の呪いを解かなければいけないと言っていた。きっと、それがあの時聖地にいたことに関係しているのだ。アルフェラツを【エブラの民】と間違えていたのだから。

 ジェードはたどたどしく口を開いた。

「わたしは、聖地でハリに、出会って……、それで……た、助けられて……」

「あの聖典と短剣は、あんたの落し物だったのか?」

 少年の質問に、ジェードは黙ってうなずいた。

「なるほどね」

 少年は、ジェードに誘いをかけるかのように甘く語りかける。

「ハリーファ皇子は、この宮廷に軟禁されてるだろ? 本当に皇子なのかどうかも、怪しいと思わないか? 異国人のあんたにだって、それ位わかるだろ? ファールークの皇族なのに、あいつだけ金髪で白い肌、それにこの処遇だ」

「怪しくなんてないわ。ハリと宰相は目がとても似ているし、一人だけ肌が白いのは、ハリのお祖父さんが白人だったからよ」

「ふぅん、祖父(ジャッド)白人(ビード)? なら皇子の母親(ウンム)は? 知ってるのか?」

「もう亡くなってるわ」

 ハリーファの血筋を詮索してくることに、ジェードは嫌悪感を覚えた。

 ジェードの気持ちを悟ったのか、少年はちいさく笑うと、ハリーファの事から話題を変えた。

「それにしても、あんたはどうやって封鎖された国境を越えてきた?」

 少年の質問の意味が、ジェードにはわからなかった。

 どうやって、とはどういうことなのだろう。国境には壁が作られているわけでもない。地面に線が引かれているわけでもなかった。ましてや国境には見張りもいなかったのだから、いつ国境を越えたかさえ気づかなかったというのに。

「どう言うこと……?」

 本当に何もわからないジェードの態度に、少年は眉をよせた。

「オレも、国境までは何度か行ったことがあるんだ。だけど、あそこを越える気にはさらさらなれない。あそこには、目には見えない壁がある。……あんたは何も感じなかったのか?」

 少年は凝然(ぎょうぜん)としてジェードを見つめた。

「ヴァロニア、いや、東大陸(フロリス)全体が一民族一信仰だから、西大陸(モリス)の人間よりもずっと偏見は強いはずだ。国境を越えたら、ヴァロニアは白人だけの国だろ。さすがにオレでも、そこに踏み込むような、くそ度胸はねぇんだよ」

 他国に関する知識を持ち、白人だけの国に入ることに拒絶感を感じる少年と違い、ジェードは聖地や西大陸(モリス)に関して何も知らなかった。黒い肌を見たのも、聖地で会った【天使】(アルフェラツ)が初めてだった。

西大陸(モリス)には色んな人種が居る。けど東大陸(フロリス)人なら、黒人(ザンジュ)なんか、今まで見たことねぇんだろ。どうりで、オレのこと怖がるわけだ」

 少年はジェードに詰め寄った。ジェードを壁まで追い詰めると、両手を壁について逃げ場をふさいだ。

 ジェードは思わず身を引いた。少年から顔を背けると、壁際の棚が目に入る。その棚の上には、ハリーファが見ていた本や書物が積まれている。ハリーファが適当に積み上げていたものを、ジェードは綺麗に整えて積み直したのだ。

 その本が少し移動しているような気がした。ジェードが【王の間】に戻るまでの間に、この少年が勝手に触っていたのだろうか?

 ハリーファの不在中に何か探られていたのではないかと、少年に対して不信感が湧き上がってくる。

 まだ戻らないハリーファに、ジェードは心の中で助けを求めた。

「オレが怖いのか? なんなら脱いで見せてやろうか? 黒人(オレ)もあんたら白人(ビード)と何も変わんねぇぜ」

 からかうように、ジェードを追い詰めて言う。黒人少年は腕の中のジェードを見すえた。

 ジェードは恐怖心を頑張ってふりはらった。相手は同い歳くらいの少年ではないか。しっかりと黒人少年に向き直る。

「もう黒い肌の人も怖くないわ!」

 少年の顔は、間近で見ると男っぽいが、やはりアルフェラツによく似ていた。黒い瞳が、間近では(すみれ)色に見えた。

「いや」

「……?」

「今あんたが怖がってるのは、黒い肌(ザンジュ)じゃねぇ。(ラーギル)だ」

 ハリーファからは感じた事のない視線を、この黒人少年からは感じる。ジェードを女として見ている目だ。

「ヴァロニア人ってことは、クライス信仰だもんな。そうだよな」

 少年は壁にもたれているジェードの頭の後ろに手を差し込み、髪を留めていた櫛を抜き取った。まとめられていたジェードの髪が肩にふわりと落ちる。櫛はそのまま黒い指先から離れ、カチャンと音を立てて煉瓦(れんが)の床を転がった。

白絹(ハリール)の肌か。確かに綺麗だ」

 ささやきながら、少年の手がジェードの頬に触れようとしてくるのを察し、ジェードは首をすくめて拒否した。

「さわらないで!」

 そう言うと、少年はすぐに壁についていたもう一方の手も離し、ハハッと笑った。

「皇子様の女奴隷に、手出しなんかしねぇよ」

 悪びれなく言う少年の言葉は、ジェードにはすべていつわりのように聞こえた。


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