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【完結】天国の扉  作者: 藤井 紫
第四章 天使の子 悪魔の子

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39-2

(ヴァロア家の封印……)

 ソルが顔を上げて男を見やると、男は黙ってうなずいた。

「期限は今日よりきっちり三年だ。三年を過ぎた場合、この件は破約とする」

 ソルは丸められていた書状を四つに折りたたむと、(ふところ)にしまいこんだ。

 書状に『魔女』の文字が見えたが、敢えて言及はしない。魔女狩りはヴァロニアの人々を扇動するための人柱なのだとソルは理解していた。おそらくここに書かれている罪人を見つけてヴァロニアに差し出せば、この『魔女』は処刑されるのだろう。だが、同情する必要などない。罪人の行く末など、自分には関係のないことだ。

「わかった。見つけたらまた連絡する」

 その後、前報酬として、男たちからヴァロニアとシーランドの状勢について情報を聞きかじる。

 男たちは櫂をこぐと、早々に海岸を去っていった。

 小船の姿が肉眼では見えなくなると、ソルは懐からさっきの羊皮紙を取り出した。

(ランスの封印(シール)、これは本物だな……)

 ソルはふいに、三ヶ月前に請け負った依頼を思い出した。

(前もヴァロニア人探しだったな……)

 記憶を手繰るようにひとりごちる。

「確か、ジェード・ダーク……」

 もしかすると、ジェードとジュストは兄弟なのではないだろうか。

 しかも、今回はどうやらヴァロニア王家が絡んでいるようだ。では、以前受けたヴァロニア人探しはどこからの依頼だったのだろうか。

 ソルは二つの依頼を比べて考えを巡らせた。これは、うまくすればヴァロア王家を脅迫する火種となるかもしれない。そうなれば、ラシードの野望を叶えられるのではないか。

 ソルは書状を見つめ、一人ほくそ笑んだ。


 太陽の位置は少しずつ高くなり、ソルの足元の影も少し短くなっていた。今すぐ南へ馬をとばせば、太陽が最も高くなる夏の時間にはオス・ローにたどり着けそうだ。

 ソルは口笛を鳴らして黒馬(アキル)を呼び戻すと、すぐに聖地オス・ローへと向かった。




*   *   *   *   *




 聖地と呼ばれた地は荒廃していた。

 一日で一番日の高い時間。黒馬はオス・ローの丘の下にたどりついた。

聖地巡礼(ハッジ)か」

 初めて聖地に足を踏み入れたソルは、馬上で一人つぶやいた。ターバンと砂避けの隙間から力強く生気を帯びた黒い瞳が、オス・ローの丘を見あげた。

 聖地と呼ばれる場所は全てが薄茶色の世界だ。風もなく、砂も動かない。崩壊したまま放置された街には、生気が全く感じられなかった。

 石で枠どられた用水路や、水を丘の上までくみ上げる設備、住居などの跡も見て取れたが、ソルの目にはもはや滅びた遺跡としか映らなかった。

(これが聖地か。こんな聖地に、価値なんかねぇな……)

 前世紀の遺物を眺めながら、ソルは瓦礫の中を丘の上に向かって馬を進めた。

 かつて大通りであった道を進む。

 仰いだ空には雲一つなく、陽光が砂の地面を容赦なく照りつける。砂地や瓦礫からゆらゆらと陽炎が立ち込め、ふり返って坂の下を見ると、逃げ水が坂をのぼって後を追ってきた。

 ソルは途中で馬からおりると、手綱を引いて坂道をゆっくりとのぼった。来る前に調べたとおり、南の丘を上りきると城砦らしき跡地があった。

「ここか」

 愛馬に待つように言い聞かし、城砦(ドーム)の入り口に立つ。

 周りをぐるりと囲い侵入をはばむ壁や、入り口の大きな石の扉が、かつてはあったのだろう。今は、壁は崩れ、扉もない。

 ソルはふり返り、下方に広がる瓦礫の街を眺めた。戦いで崩れる前、オス・ローの街はこの城砦を中心に北へと広がっていたのが想像できた。大通りを中心に、左右には土煉瓦の家が軒を連ね、狭い通路には日よけの布が張り巡らされる。そんな光景が容易に思い浮かぶ。


  東からも西からも、人々は癒しや赦しを求めこの聖地へやってきた。

  世界中の医者がこの街に集まり、治せない病はなかったという。

  神の末裔がこの城砦の中に暮らし、訪れる人々に救いの扉を開けていたときく。


 再び城砦(ドーム)の方に向き直り、昔の情景を、壁と石の扉のそそりたつドームの姿を心に描く。

 思い描いた空想の景色に、ソルは不思議な既視感を覚えた。

 扉の前で絶息した母親。父も自分も命を奪われるところだった。助けを求めても、石の扉は重く閉ざされたまま開くことはなかった。

 決して自分には開かれない扉だ――。

「ふん、何が『訪れたものを救う』だ……」

 崩れた壁の残骸に足をかけ、悪態をついた。

「こんな聖地じゃ、オレの病もラシードの病も治りやしねぇ! 誰もオレたちを救えやしねぇよ!」

 周りに誰もいないとわかって、ソルは嗚咽のような叫びを吐きだした。その声も砂に吸い込まれていった。

 ソルは気を取り直し、ためらうことなくドームの中へ踏みいる。

 城砦(ドーム)の中は城下の街と同じく、建物は崩れ瓦礫と化していた。割れた土煉瓦が転がる中、踵が砂をふむ音しか聞こえてこない。

 城砦の中は宮廷よりも広かった。ソルは視線を地面にめぐらせながらあてどなく歩いてみたが、ハリーファの言っていた短剣は見当たらない。

(おいおい、こんな広い場所で、短剣たった一本、見つけられるのか? 特長も聞いてないってのに……)


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