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天国の扉  作者: 藤井 紫
第四章 天使の子 悪魔の子
101/193

38-2

 天使の末裔と言われた【エブラの民】も、混血を許すことは出来なかったのだ。

 サライが同族に命を奪われたのは、ドームから勝手に外出していたからではない。おそらく外界の男、ユースフの子どもを(はら)んだことが原因に違いない。

 なぜこんなに種族と種族の間に隔たりがあるのだろうか。殺されなければならないほど、血が混じることに何の不都合があるというのだろうか。

 昔、聖地にはたくさん混血児がいたというのに。聖地が荒廃した今、彼らはどこに消えてしまったのだろうか。

 ハリーファは口惜しさに思わず唇をかんだ。

 ソルの母親はどんな思いでこの少年を産んだのだろう。心の読めないこの少年は、今までどんな思いで生きてきたのだろう。部族違いの両親を恨んだりしたのだろうか。だが、ハリーファは怖くて口に出すことができなかった。

「今内紛はどうなってる? 治まっているのか?」

「オレはもう、十年近くメンフィスで暮らしてるんだ。詳しい事はわかんねぇよ。でも、それが次の仕事なら調べてくるぜ?」

「いや……、いいんだ……」

 目に見えてわかるほどにハリーファは気を落としたが、ソルにはその理由まではわからなかった。

「なぁ、今度はあんたの番だ、ハリーファ皇子。あんたの母親(ウンム)は宰相の女奴隷(ジャーリア)なんだろ? それでこんな所に住まされてるのか?」

「いや、お前の言う女奴隷は乳母だ。俺の母親は別の女だ」

 そう聞いて、ソルは不思議そうにハリーファを見つめる。

「母親はファールークの血筋の女なのか?」

「ああ、宰相の姉の娘だ」

 そのくらいならラシードかアーランに聞けばわかることのはずだ。

「ふーん、それにしちゃあ、あんたはファールークの皇族の顔立ちと違うんだな」

 そう言って、ソルはハリーファの顔をじっと見つめる。

 実のところ、生まれてからずっと皇宮内で暮らしているハリーファは、自分の顔を鏡で見たことがない。それに本当の母親の顔も、過去の記憶でしか知らない。ハザールが会った母親(ファティマ)は、髪や瞳の色は違うが、ファールークの顔立ちだったはずだ。

「……そうなのか?」

 そう答えながら、ハリーファは(ファティマ)の父親の血を濃く受け継いだのだろうかと考えた。

「本当はあの女奴隷が母親なんじゃないのか?」

「あり得ない」

「じゃあ、なんで第二皇子のあんたが宮廷に(とど)まってる? 宰相(ワジル)を継承しない皇族の男子はここには残れない決まりのはずだろ?」

 ラシードの父ハリードはかつての第二皇子だ。その話を聞いて、ハリーファの処遇を疑問にでも思ったのだろうか。母親や乳母のことも、アーランから聞いていれば知っているはずだ。そもそもこの少年は本当にラシードの奴隷なのだろうか。にわかに疑わしくなってくる。

 今日も今までと変わらず、ソルの心の声はまったく聞こえてこない。しかし、ハリーファの出生を疑っているのは間違いなさそうだ。

「もしそうだったとして、そんなことが何になる」

「宮廷内のゴシップは、案外良い金になるんだぜ」

 黒人少年の漆黒の瞳はハリーファの心を見透かすかのようだ。

「……金が欲しいなら仕事をやる。お前、オス・ローまで行くことは出来るか?」

「オス・ロー?」

 ソルは眉をよせる。

「昔ドームと呼ばれていた場所を知っているか? オス・ローの一番南側だ。そこにヴァロニア製の短剣が落ちているはずだ。()びていても刃毀(はこぼ)れしていても構わない。それを探してきて欲しい」

 ハリーファの依頼に、ソルは何かを深く考えているようだった。

「それはちょっと難しいな……。そうだな、いつもの十倍なら行ってもいいぜ」

 ソルにふっかけられ、ハリーファは不愉快な感情を顔や言葉に出すまいと押し黙った。

「それが無理なら、オレはオス・ローへは行かない。自分でオス・ローに行くんだな」

 良い答えを催促するように、ソルはじっとハリーファの目を見た。

「……わかった、頼む」

 ハリーファに商才が無いことをソルは気づいているようだ。

「それと、悪いが、次にここに来れるのは一月後だからな」

 そう言うと、ソルは長椅子から立ちあがった。

「アーランの母上の方は大丈夫なのか?」

「ああ、問題ない」

 じゃ、と手をあげて去っていくソルの瞳は、光の加減で一瞬菫色に見えた。





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